それは柳の枝の如くにしなりて
じゃり‥‥
柏木の足元で砂利が擦れる音がする。
眼前には、ロープの端をしっかりと掴んでいる桜生がいる。
初めて見る男だが、とても初見とは思えない。間違いなくコイツが『片桐桜生』だ。それ以外には考えられなかった。
「‥‥うむ。いい殺気をしておる」
柏木が桜生を睨みつける。
なるほど、聞いてはいたがその体格は柏木と比べるべくもない。せいぜいが80~90kg程度と見ていいだろう。思ったとおり、体重差なら1.6倍ほどにもなる。
だが。
その鋭い眼光と発するオーラの『それ』は最早、人間のものとは思えなかった。まるで、獣のような‥‥?
これが普通の申し合いならば、何の躊躇も必要なかった。
このまま力任せに引き込んで、そのままブン殴れば全てが終わる。
だが、『何か』が引っかかる。
ここまで策を弄してきた桜生が、何の考えもなく力勝負を挑むのだろうか?
「ふん‥‥まさかとは思うが‥‥このまま『力比べ』しようってんじゃぁ‥‥ないよな?」
ギリ‥‥
細いロープがしなる。
「ロープ・デスマッチを気取る気か‥‥?」
尚も柏木が問う。
コイツ‥‥何を考えてやがる‥‥
「‥‥。」
桜生は柏木の問に、何も答えなかった。
人間は何かを問われると、無意識のうちに『その回答』が仕草や顔に出るものだ。
だが、この眼前に居る桜生には『それ』が一切見えない。まるで『本能のまま』に、何も考えていないようにさえ感じられた。
もしかすると、こちらがクヨクヨ考えるのは下策なのではあるまいか。
それよりもむしろ何も考えずに『一気に』攻め込んだ方が相手に隙を与えずに済む‥‥とか?まるで、野生動物を相手にするかのように。
「ふん‥‥無言の行か‥‥良いだろう。なら、こっちから行くまでよ!」
グイッとばかりに柏木がロープを強く手繰る。
「‥‥っ!」
その瞬間、桜生は一気に飛び込んで柏木との間を詰めに掛かった。
『よもや』の展開である。
まさか正面切って突っ込んでくるとは思っても見なかった。或いは、そこまで侮られていたのか‥‥。
「ふ‥‥ざけるなぁぁぁ!」
激高した柏木が、猛然と右の豪拳を叩き込んで行く。狙いは無論、桜生の顔面だ。当たればKOでは済まないだろう。顔面というか頭蓋骨骨折くらいは覚悟しなくてはなるまい。
しかし。
パシ‥‥!
小さな音がして、桜生の左手が柏木の右腕を逸らす。
「うっ‥‥!」
外したかっ‥‥!
柏木は自分の不利に気付いていた。
桜生の右腕が、伸び切った柏木の外肘にピタリと当たっている。
如何に柏木が豪腕とは言え、伸び切った肘を外側から攻められれば無傷では済まない。
尚も、桜生の左手には先程のロープが握られていた。
しまった‥‥!逆関節か!
柏木が桜生の狙いに気付いた時は、もう遅かった。
肘に当てた腕を『てこ』にして、桜生がロープを渾身の力で引き絞る。
「ぐ‥‥!」
柏木が『耐えよう』とした瞬間、
バンっ!
突然、桜生が掴んでいたロープを離した。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
大きく撓った逆関節が一気に戻る。
思わず、柏木は右肘を押さえて蹲った。この一瞬、柏木は桜生を見失ったのだ。
「しまっ‥‥た!ヤツは何処だ‥‥!」
気付いた時には、すでに桜生は柏木の背後に回り込んでいた。
そして、まるで大蛇のように無慈悲な腕が、柏木の首に巻き付いていく。
「くっ‥‥そ‥‥!」
どうにか首に力を入れて、これを躱そうとするが。桜生の腕は『喉』ではなく『頸動脈』を締めていた。
如何に剛力とは言え、脳に行く血液を止められれば一溜りも無かった。
柏木の意識は僅か数秒の内に、混沌の中に沈むことになった。
ドスン‥‥!
130kgの巨体は如何ともし難く、その場に崩れ落ちてしまった。
今回に出てくる、桜生が使った「柳返し」という腕攻めからの「チョークスリーパー」への流れは、別作の『華星に捧ぐ』で主人公クラウドが用いたものです。
再利用というか、セルフオマージュというか‥‥
一応、世界観的には繋がっているので。
ちなみに、「柳返し」は私のオリジナル考案です。