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81 家庭教師の後日談

その日の夕方、俺はリアナと並んで夕食をとっていた。

今日のメニューは豚肉のスープと麦パンだ。


パンにはレタスと薄切りの獣肉が挟まれていて実においしい。何の肉なのか後でセラフィかルーシェに聞いておこう。


「今日はどこに行ってたの?」

「大工ギルドだよ」


リアナがスプーンを手から滑らせ、驚きの表情で俺を見た。

「え、なにノエリア先生大工仕事はじめるの?」

「いや、少し用があっただけだよ」

「ああ、そうなのね。何をしに行ったの?」

俺は今日あったこと―偽造金貨事件―の顛末を述べた。


「へぇ、そんなことがあったのね」

と納得するようにしてからリアナは、

「そっか、やっぱりノエリア先生はすごいわね」

と呟くように言った。


「そんなことないよ。わたしはただの家庭教師だよ」

「だって、その偽物のお金っていうの突き止めたの、ノエリア先生なんでしょう、きっと」


俺は市長と書斎で会話したことまでは言っていない。だが、リアナは「何となくそんな気がする」といった。俺は、特別否定はせず、その代わりに一つ聞いておきたかった話題へと移った。

「そういえばリアナ、最近夜中に庭で、魔法の練習してるでしょ?」

するとリアナは悪戯を見つかった子供のような、ばつの悪い苦笑いを浮かべて、

「バレてたのね」

と答えた。


「私の魔法弱いし、不注意だし、いっつもノエリア先生に迷惑かけてばかりだから、それで……」

「それは違う、リアナ」

俺はリアナの言葉を敢えて遮った。


「わたしの魔法だって強いのは風魔法だけで、他は―火魔法なんて特に―リアナの方が強いし慣れてる、私の風魔法だけじゃ敵なんてなかなか倒せないからね。それにリアナの魔力はわたしよりもずっと多いでしょ、リアナの持久力のおかげで、わたしは作戦を考える時間ができる。リアナの思ったことをすぐ行動に移せる力がなかったら、あの洞窟が盗賊の住処だってわからなかった。リアナは色んなことで戦いの役に立ってくれてるし、わたしがリアナに支えられてることだってたくさんあるんだよ」


リアナはその俺の言葉には何も答えなかった。ただ食事の手を止めて聞いてくれてはいたようだった。

「だからさ、夜中に一人で練習するんじゃなくて、するなら私の一緒に練習しようよ、ね?」

リアナはこくりと頷いて、

「ありがとう、ノエリア先生」

とだけ言ってくれた。




「fire burn:κ;do conflagrate;」

地面の上に置かれた廃材が、リアナの魔法によって発火し、煙を立てる。


数日後、俺たちは市長の自宅とギルド街の間にある開けた場所に魔法の練習に来ていた。ここなら地面がむき出しの土なので、火魔法を使っても不用意に燃え広がる心配がない。

ルーシェもついていきたがっていたが、セラフィに制されたようだ。


「water flow:λ,wind blow:ν;synthetic , do stream and whirlwind」

水を生成し、それを強風によって一気に木材にぶつけているようだ。

「どう?」と言わんばかりにリアナが俺の方を振り返る。その表情はとても楽しそうだった。


「さすが、リアナ」

俺も同じように、別に用意した廃材に向けて魔法を放つ。

「fire burn:κ;do conflagrate;」

火がある程度燃え広がるのを待って、今度は消火にとりかかる。

「water flow:ω; do rapid-stream;」


強風が木材にぶつかる。木材自体が風で飛ばされては困るのである程度向きを調整しなければならない。だがそれが裏目に出たのか、炎は風であおられはしたものの消えるまでには至らなかった。少しやり方を変えよう。

「till soil:π;do emerge; to this」

大量の土を生成し、木材の上に覆いかぶせる。木材はすっかり生成した土に覆われたようだ。


「へえ、それで火が消せるの?」

「空気が絶たれるからね。空気がないところでは炎は燃えることができないから」


ちょうどその時、俺たちの背後から声をかける人の声があった。

「ん……? そこのお嬢さんは、アーネストさんのお嬢さんじゃないですか」

リアナは男の声に少し警戒しながら振り返り、そしてその男の顔を見て苦笑した。


「いつも父がお世話になっております。モートンさん、父に御用ですか?」

モートンと呼ばれたその男は、ひょろりと背の高く、表情の柔らかな男だった。年の頃30といったところか、市長よりはいくらか若く見える。


この人がどうやら大商人であり偽造金貨事件の遠因となったモートンという男らしい。大商人というからにはもう少し威厳や風格がある人物かと思っていたが、それは偏見だったようだ。こんな見かけでも実はやり手の商人なのかもしれない。

「おおい、モートン商人」


屋敷の方から、市長がルーシェを連れて歩いてきた。モートンを迎えに来たのだろう。こういう役目は見習のルーシェではなくセラフィの担当な気もするが、セラフィが気を回したかルーシェが頼んだかのどちらかだろう。多分前者な気がする、あの人は何だかんだ人に甘い。


「アレシア市長が急に呼びつけたみたいですまなかった。話は聞いてくれているかい?」

「いえ、こちらこそ今回はご迷惑をお掛けしたみたいで。先ほど土木ギルドで屋敷の代金を支払ってきましたよ。天秤ばかりを導入しているんですね、そこまでやるギルドは少ないので驚きましたよ」


今回のことを機に導入した金貨の真贋を確かめるための秤のことだろう。

市長の後ろではルーシェが何をやっていたのか聞きたくて仕方がないという感じで俺の方にちらちらと視線を投げている。モートンもそのメイド少女の存在に気づいたらしく、


「あれ、市長さん。この子は新しいメイドさんですか? セラフィさんはどちらに?」

「ん、ああ、彼女は見習いのメイドだよ。セラフィは遣使節に行くことになったから、そのためだよ」

「あ、はい、ルーシェと申します。よろしくお願いします」

しかしモートンはルーシェの自己紹介はあまり耳に入っていないようで、

「セラフィさんも遣使節なんですか! それは初めて聞きました」

と声を高くして言った。


リアナが俺に小声で、

「あの男、セラフィに惚れてるのよね。取引はうまいくせに、こういうのは下手なのよ」

と耳打ちした。なるほど、そういうわけか。




その一週間ほど後、保安隊の人に率いられた自治所の人とベテランの冒険者たちによって無事に盗賊は捕えられ、保安所へと送られたらしい。もちろん全員が捕まったわけではないだろうし逃げ延びた人間もいるだろうが、ひとまず街を脅かしていたならず者たちの組織は壊滅と相成ったわけだ。不足気味だったジンクも無事に新たに供給されたらしく、冒険者組合ではまた魔術電池づくりをする老爺の姿を見かけることができた。


俺の家庭教師少女としての見知らぬ世界での生活は、こうしてしばらく平穏に過ぎていった。

ひとまず今回で(正確には次回の第4章章末の投稿で)2章以降の伏線の多くを回収し終えたということで、この物語の一つの部は終了となります。ここまでお付き合いいただいた読者の皆様には感謝しかありません。

ですがもちろん、回収しきれていない諸々の伏線もありますのでこの物語自体は完結ではありません(プロットだけはあります)。ただ今の私の力量ではこの先を同じようにして書き進めることは難しいということもあり、この切りのいいタイミングでしばらくの間活動休止させていただこうと考えています。誠に身勝手な判断ではありますがご承知ください。

ありがとうございました。

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