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80 事件の後で

「それでこの男、どうするの?」

アレシアさんが縄で縛られた盗賊の一味の男を指さして尋ねた。

「州域の保安所に連れて行く。ただその前に、盗賊について聞けることは聞いておかなければならないな」


保安所というのは、いくつかの市をまとめた単位である州を管轄している警察のような組織らしい。市内には罪人を拘留するための場所はあっても実際に裁判をしたり刑罰を与えたりする場所はないようだった。

「そうね……旧坑道跡に大きな盗賊がいるとすれば、うちの市に被害が出るのは時間の問題でしょうからはやいうちに叩いておきたいわ」


「それにしても」

アレシアさんは袋の中にあった大量の偽造金貨を見て言う。

「こんなものが出回っていたら大変なことになっていたわね。今日の時点で見つけられて幸いだったわ」

「気が付いていないだけで既に出回ってしまっている、という可能性は否定できないがな」

アーネスト市長は自嘲気味に笑った。


「その可能性は低いんじゃないでしょうか?」

「あら、どうして?」

「冒険者ギルドに行ったとき、魔術電池づくりが好きなお爺さんがいて、その人が言っていたんです。市街の外れの酒屋で飲んでた体格のいい男の人たちが、ジンク使うかアルジャン使うかと言い合ってたって。これって、頭金を銀貨で払うか、それともジンクで偽造するかで揉めてたってことじゃないですか?」


アルジャンとはすなわち銀のことだ。銀の元素記号Agはギリシャ語argyrosアルギュロスに由来するしフランス語で銀といえばアルジェントだからほぼ間違いない。

銀を使うか亜鉛を使うかで揉めるなんて、なかなか考えにくい話に思える。この2つが似ているところと言えば単体の見た目くらいのものだ。頭金に銀を使って払っても、金を用いた詐欺が成功すれば十分な利益になるが、もし詐欺に失敗すれば頭金の額だけ損をすることになる。しかしだからといって頭金に偽造硬貨を使えば、本命の詐欺を実行する前に偽造貨幣の存在が露呈してしまう可能性がある。それで揉めていたということだろう。


「なるほど……そういうことか。それだけ注意深くしていたなら、本命の屋敷を騙し取る前に市場に偽造貨幣を流しはしないか。よくできた偽造硬貨とはいえ、貨幣の扱いに慣れている人間がみればすぐに違和感を覚える程度のものだからな。まあ、単純に頭金の支払いだから用心しただけ、という可能性も否定はできないが」


「それは確かにそうですね……。とりあえず、街の皆さんに注意喚起はした方がいいのかもしれません」

「そうだな、早いうちに周知するようにしよう」

「あら、ノエリアちゃんはアーネストの秘書にでもなったみたいね」


アレシアさんがからかうように言う。

確かに、今のは少し出過ぎた発言だったか。俺はあくまでも家庭教師として雇われた身だ。今回は興味本位で首を突っ込んでしまい俺が関わる結果になったが、今後はもう少し振舞いに気を付けなければ。俺が市政に口を出す権利はないのだから。




その後男は目を覚まし、市長二人と自治所――市の警備隊みたいな組織――のリーダーである若い男の三人による詰問を受けた。


しかし、

「俺は盗賊の下っ端みたいなもんで、ただこの金貨と偽の身分証使って屋敷の代金を払ってこいって言われただけだぜ。これが偽者だってことすら知らなかったんだ」

「屋敷を騙し取りに来たのに偽造金貨とすら知らなかった? そんな話通用するわけないだろ、こんな大量の金貨なのに軽いなと思わなかったのか?」

「俺本物の金貨なんて手に持ったことねぇよ!」


と、いう感じに自治所リーダーと盗賊男との平行線のやりとりに終始し、得られた情報は「ユーバ村近くに拠点みたいなのがあるかもしれない」ということだけだった。


ユーバ村といえばあの旧坑道があった、俺とリアナがウッドゴーレム討伐の依頼を請けた森がある村だ。やはりあの旧坑道が拠点になっているとみてほぼ間違いないだろう。

結局その後、この付近のいくつかの市の警察を担っている保安所の人が来て、男を連れて行った。


ちょうどその時、中から土木ギルド長の男が現れた。

少し不安げな表情を浮かべてアーネスト市長の方に目を向ける。

「賊が捕まったのは良かったが、しかし、屋敷はどうすればいいのやらだ。買い手がつかなきゃあれを建てるために働いてくれた大工達も食っていけなくなる」


確かにそうだ。既に建物は完成している、建物の所有権は宙に浮いたままなのだ。誰も買う人間がいなければ、建築にかかった費用はすべて損失になってしまう。そのことをギルド長は危惧しているのだろう。


しかし、それに答えたのはアーネスト市長ではなくアレシア市長だった。


「ああ、その事なら気にしなくて大丈夫よ」

「はあ、あんたは、ヨルム市の市長さんか、一体どういうことだ?」

「もう呼んであるから、五日後までには来るはずね」「一体誰が?」

「モートンよ」

アレシアさんは言った。


「もともとは賊の男から屋敷を買うつもりだった商売人ね。彼にとっては想定より少し高い取引になるでしょうけど、賊に騙されたモートンにも責任はあるからその責任をとって屋敷を買い取れという手紙をもう出してあるの。じきに来るでしょう。『確定した取引はすぐに済ませるべき』ってよく自分で言っているような男だから」

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