79 推論と結論
「あ、ノエリアちゃん! 久しぶり」
アレシアさんは土木ギルドの中に入ってすぐ俺の姿に気が付いたようだった。
「お久しぶりです」
アレシアさんはどこか楽しそうな表情で、ノエリアの金髪をわしゃわしゃと弄んだ。
「アーネスト。結局こいつは何なの? 盗賊の一人?」
「ああ、といっても下っ端だろうけどな」
それからアレシアさんは天秤の上に置かれたままになっていた硬貨に気づき、手に取った。
「偽造金貨ね……。これ、あなたが気付いたの?」
「いや、ノエリア君だよ」
「ホント? すごいわね、ノエリアちゃん。そんなこと、なかなか思いつかないわ」
俺が偽造金貨に気が付いたのは実は理由があった。この世界に来るほんの少し前、元の世界の現代文の授業で江戸時代の偽造金貨にまつわる文章を読んでいたのだ。ただそれだけのことである。
しかしそんなことを知るはずもないアレシア市長は身をかがめて俺に視線を合わせ、
「アタシの娘にならない?」
口調は冗談めかしているようだが、目がマジだ。
俺は丁重にお断りをし、話の筋を元に戻した。
「銅貨にジンクをまぜたもの、ですかね」
「それは実験してみないとわからないな。しかし、よくできている」
「そうね、金貨を見慣れていない人だったら騙されてもおかしくはなさそうだわ」
確かによく見れば色も少し暗いし光沢もない。だが、それは金貨という比較対象があればこその話だ。俺自身もつい三日前市長に金貨を一枚見せてもらうまでは、この世界の金貨がどのような見た目をしているのか分からなかったのだから。
三日前。
市長との話の中で、俺はある一つの可能性に思い至った。
「偽造金貨の原料に使う、という可能性はありませんか」
「偽造金貨?」
「ジンク泥棒と鉱山の盗賊、それから屋敷を建てようとした身元の曖昧な男。この三つが一つにつながっているとしたら、それはジンクを屋敷の購入に利用しよう、としているということにはならないでしょうか」
「ふむ、どういうことだい?」
「ケルヌ鉱山の廃坑道に行ったとき、銅鉱のようなものが大量に残されているのを見たんです。ジンクと銅を混ぜれば、金色に近い金属ができるはずです。つまり、屋敷を買おうとしている男は盗賊の一味で、その購入に金貨の代わりに銅とジンクで造った贋物の金貨を使うことで、屋敷を騙し取ろうとしているんですよ」
男はサント市の旅館の人間だという話だったが、それは所詮その人間の身分証明カードを持っていたという話に過ぎない。この世界には写真がないのだから正確な本人確認などしようがないのだ。おそらく、盗賊がその本物のサント市の旅館の人間を襲うなり捕えるなりして、身分証を奪ったというところだろう。
「なるほど、だが、屋敷を買ってどうするんだね? 金の扱いに慣れていない大工職人をその場で欺くことくらいはできたとしても、贋物はいずれすぐにバレる。騙し取った屋敷を根城にすることはできないだろう」
確かにそうだ。だが、俺はむしろそれを尋ねられたことでもう一つのつながりに気が付いた。
「だからこそ、モートンさんに売り払ってしまうつもりだったんじゃないでしょうか」
偽造金貨で屋敷を買い、その屋敷をそのままモートン氏に売り払って金貨を得る。そういう算段なのではないだろうか。
「なるほど……しかし、モートンはケルヌ鉱山主の紹介で屋敷の購入を決めたという話じゃなかったかい?」
「ということは、ケルヌ鉱山主も盗賊とグル、ということになりますね」
いや、と市長は微妙な表情を浮かべる。
「それはないだろう。あの男は潔癖な性格だ。盗賊と簡単に手を結ぶとは思えないし、盗賊と手を組むメリットもあまりないだろう」
なるほど……。
「そういえば、この前に来ていたのは鉱山主の弟さんでしたよね、代役か何かで」
「ああ、たしか鉱山主が体調を崩してるという話だったな。弟がいるのは確かだよ。ただあまり仲良くはないと聞いていたんだが、しかし改めて言われてみると妙だな……」
そこで俺の脳裏には、鉱山で見た光景がフラッシュバックしていた。
「そういえば、鉱山にあった白骨遺体……」
俺は嫌な可能性に思い至った。
「鉱山主の弟が鉱山主を殺して乗っ取った、という可能性は……」
「……考えられなくはないな」
「だから旧坑道の盗賊捕縛の依頼が出ていなかったんでしょうか」
「依頼? 何の話だい?」
ギルドに行くたびに違和感はあったのだ。鉱山主の弟は賊に対処するために冒険者ギルドに依頼を出すといっていた。にもかかわらずあの坑道付近に関わる依頼が俺の目に留まることは一度もなかったのだ。だから俺は初め、賊の問題はすぐに解決されたと思っていた。しかし、そうではなかったのだ。
俺はそのことを簡単に市長に伝えた。
「なるほど。確かにそれは不可解だな。決めつけはできないが、鉱山主の弟が一枚噛んでいる可能性は十分にありそうだ」
「そうですね。坑道を盗賊に使わせ鉱山主の弟という立場を利用してモートン氏を誘導するというだけの補助の役割なのか、それ以上なのかはわかりませんが」
「そうだな。おそらくモートンがこのあたりの地域に物件を探しているという話は鉱山主かだれかを経由して伝わっていたんだろう。信用できる名前を出して、安い物件を示せばモートンを食いつかせるのは難しい話じゃない。金を先払いしてくれるほど不注意な男ではないが、権利証明書さえ見せれば偽造金貨が発覚する前に売却を済ませてしまうことは十分可能、ということか。あとはモートンから受け取った屋敷の代金をもって行方をくらませればいい」
これで一応筋は通る。そして金貨を偽造しようとしたところ銅貨はあるがジンクが足りない。ジンクなら採掘場に行って買うより無防備な運搬車を襲った方が早い、ということだったんだろう。
「それじゃあ、どうしましょうか?」
「盗賊に逃げられる前に動くべきだろう。ただ、今の話は憶測でしかない。まずは三日後土木ギルドである屋敷の代金の支払いに立ち会おう。そこで偽造金貨かどうか確かめればいい」
「元の世界の現代文の授業」のくだりは現代文Bの教科書に載っている「ホンモノのおカネの作り方(著・岩井克人)」を想定しています。