77 ノエリアと推理
俺は思っていたことをそのまま口にする。
「盗賊と鉱石という組み合わせを聞くと、ケルヌ鉱山のことを思い出します」
「やはり、そうか」
市長は真剣な顔で首を小刻みに振った。
恐らくだが、まだケルヌ鉱山の旧坑道跡を根城にしている盗賊は生き残っているのだろうと思う。
「私は新しく市街に越してくる人間と盗賊との間に、何かつながりがあるのではないかと疑ったんだが……」
ここで例の屋敷が再び話に現れてきた。
「屋敷の名義の人間を調べたが、サント市に住む宿屋の人間だったよ。特に盗賊との関わりはなさそうだ」
サント市といえば、ヨルム市のさらに先に行ったところにある市だ。俺はまだ行ったことはないが。
サント市の宿屋の人間がヴェルダ市に家を買う、というのは2号店でも開く気なのだろうか。だとしたら相当に羽振りがいいのだろう、などと勝手に想像する。
そういえば、と気になることがあって俺は市長に質問した。
「その屋敷の費用ってどうやって払われるんですか?」
「金貨の一括払いだよ。向こうがそう指定してきたらしくてね。確か3日後に土木ギルドで支払いだが、それがどうかしたのかな?」
「いえ、少し気になったので。土木ギルドで支払うんですね」
「ああ、だが土木ギルドで直接金貨の支払いがあるのはかなり久しぶりのことだよ。普段は市が依頼した公共事業がほとんどだ」
「普通、屋敷を購入するのって一括払いなんですか?」
「どうだろう。この屋敷は父から受け継いだもので、私が買ったものではないからね。大半の貴族はそうだと思うよ。まあ新しく街にやってくる商人なんかだと、一括払いが主流だろう。借用書は信用ならないといって嫌がる大工が多い」
そういうものなのか。まあ、この世界にちゃんとしたローンの仕組みがあるとも思えないし、一括払い以外に選択肢はないのかもしれないが。
「それじゃあ、頭金も金貨ですか?」
いや、と言って市長は首を振った。
「銀貨だよ、正銀貨20枚」
正銀貨20枚といえば、金貨2枚と同価値だ。俺の感覚的には、日本円で40万円といったところか。しかし、なぜわざわざ金貨ではなく銀貨なのだろう。銀貨20枚なんて結構な重さがあると思うのだが。
「そうですか……」
気づけば夜も更けてきている。市長とかなり長話をしてしまったようだ。
俺は礼を言って市長の部屋を去ろうとしたところで、一つ聞きそびれていることがあることを思い出した。
「そういえば、モートン商人がどこのお屋敷に越してこられるのか、市長は心当たりがおありですか?」
「ん?」
市長はあからさまに不思議そうな顔をする。
「モートンは新しく家を建てるのだろう?」
「いえ、既存の建物でいい物件を紹介されたからそれを購入する、という話だそうですよ」
カトリーヌさんは確かにそういっていたはずだ。
「そもそもモートンはここ1,2年この市に来ていないはずだが」
「人づてに間接的に物件を紹介された、ということではないでしょうか」
市長は眉間に皴を作って、何か考え込むような表情を浮かべている。
「それはありえないはずなのだが……」
「どうしてですか?」
そして市長はゆっくりと口を開いた。
「この街に今、空いている物件などひとつもないからだよ」
……は?
だとすれば考えられる可能性は2つ。
一つはモートン氏がその紹介者に騙されている可能性。もう一つは市街に物件を売ろうとしている人物がいる可能性だ。
だが市長は、物件の売却を検討している人物にも心当たりがないという。当然といえば当然だ。市街に大きな屋敷を持っている人間なんて、そう多くはいない。そしてそれらの人々はこの市の有力者と表現して差し支えないだろう。屋敷の売却を考えているとすれば、市長の耳にも情報が入るのが自然だ。
ではモートン氏は騙されているのか? だがリアナたちからの話に聞いた印象では、モートン氏はそう簡単に騙されてしまいそうな人物には思えない。そもそもそんなに簡単に人に騙されていたら商人なんてやっていられないだろう。
どういうことだ? 何かがおかしい。
引っ掛かりのような感覚は増すばかり。だが同時に俺は、問題を解くために必要な情報はこれで出そろったのではないかと感じていた。
情報が足りなければ答えは絶対に出ない。だが情報がそろってさえいれば、考えれば必ず答えは出るはずだ。