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76 書斎の話し合い

<ジンク鉱運搬馬車 盗賊襲撃事件に関する報告>


市長が俺に見せた資料の最上部には、そう書かれていた。

ヴェルダ市に向けてジンク鉱を運搬していた馬車が盗賊に襲われるという事件が発生した。盗賊は乗っていた御者と商人を殺し、馬車ごと乗っ取ってしまったようだ。

街道に二人の男の死体が打ち捨てられているのが発見されていて、馬車はそのまま行方知れずらしい。


「ジンク鉱なんて、盗難してもさして利益になるような貴重な金属ではない。そもそも大量の金属を運搬するなんていうのはかなりの重労働だから、盗賊が好んで狙うような物資とは言えない」

「だから、護衛をつけていなかった、というわけですね」


そうだ、と言わんばかりに市長はうなずいた。

「これがゴールド鉱のような希少金属を運搬する馬車なら護衛もたくさんついていただろうけどね。とりあえず、商人ギルドには長距離輸送の時には護衛を必ず雇うようにと通達を出したところだよ」


なるほど。まあ、輸送で出る利益と護衛を雇う費用のバランスとかもあるのだろう。単位量あたりの単価が安い品物はあまり輸送にお金をかけてはいられないものだ。


「その事件のせいで、ジンク鉱の流通が減っているということですか?」

「主な原因はそれだね。ジンク鉱というのは魔術電池には必須だけど、他でそれほど利用するものではないから、月に一回ほど付近の鉱山から運搬してもらっている程度だからね。一応臨時で商人ギルドの方に再輸送してもらうよう頼んではあるけれど、鉱山側への通達も必要だから、今すぐというわけにはいかないだろう」

「なるほど、そうなんですね」


俺はうなずきながら、頭の中で情報を整理した。

ジンク鉱の不足は盗賊が原因。運搬車を襲うこと自体は難しくなかったのだろう。むしろ、目的の方がよくわからない。


「ジンク鉱を奪うことで、得ってあるのでしょうか……?」

「どうだろうね。まあでもジンクも金属の一種である以上は、売ればお金にはなるかもしれない。だが、さっきも言った通りジンクというのはそんなに需要量の大きいものではないうえに、必要な街に必要な量が供給されている物資だ。適当な他の街に大量のジンクを売りに行ったところで、大した買い手がつくとも思えないな」


「なら、ジンクの不足によって得する人間、というのはどうですか?」

「不足によって?」


アーネスト市長は一度聞き返してからすぐに質問の意図に思い至ったようで、ああ、と頷いてから答えを返した。

「ジンク自体が欲しいわけではなく、この街でジンクが不足すること自体が目的というわけか。そうだな、例えば個人鉱石商でジンクを扱っている人間なら、ジンクの不足によってジンクの相場が上がれば多少は得をするだろう」


「個人鉱石商、ですか」

ギルドに所属しないで働く人間もいる、ということか?


「だが、ジンクは所詮ジンクだ。常に必要とされている金属ではないから、フェリなどとは異なって相場が安定しているんだよ」


なるほど。供給が不足しているときにどうしても欲しい、というようなことが起こりにくいのか。ならば、わざわざ相場が高くなっているときに買おうとはならず、需要が減少して相場が元に戻る、というわけか。

ならば一体、どんな目的があったというのだろうか。


するとそこで、市長が何かに思い至ったというように口を開いた。

「護衛職の冒険者たちにとっては、この件は得なのかもしれないな」

どういうことだ?

俺は数秒考えてから、さっきの市長の言葉を思い出して納得した。


「仕事が増えるから、ですか」

「ああ。今回の事件で、貴重品の運搬以外にも念のために護衛をつける商人は増えただろうから、彼らなら得をしているかもしれない」


なるほど、理屈は通る。護衛を普段からしている冒険者なら、どの運搬車に護衛が付いていないかを把握するのも容易だろう。

「だが、護衛というのは冒険者ギルドではなく、各冒険者に直接依頼するのが通例だ。荷物と命を預けるわけだからね」


そうなのか。確かに、護衛の依頼が掲示板に張り出されているのはあまり見たことがないような気がする。

「経験豊富で信用のある冒険者が依頼されるのが通例だよ。だから、護衛職の人間にならず者はまずいない。それに、彼らはそもそも商人たちにかなり顔が知れている。そこまでのリスクを冒す必要があるほど彼らが仕事に飢えているとも思えない」


「方法としてもかなり迂遠ですからね。仕事を増やしたいなら、護衛の必要性を訴えるとかいろいろと方法はあったはずですから」

護衛職の冒険者の犯行、発想としては面白いが現実的には無理がありそうだ。


「そうだな。なら、盗賊が襲った相手が偶然この運搬車だった、と考えるのが一番自然か」

「襲ってみたらジンク鉱運搬車で、何もないよりはましと考えてジンク鉱を馬車ごと奪っていった、というわけですか」

「ジンク鉱の運搬なら後ろに目隠しもつけないはずだから、運んでいるのがジンク鉱だというのは遠目でみても分かるとは思うのだが。あるいは、いくらか頭の悪い盗賊なのかもしれないけどね」

「なるほど……」


確かにそうか。むしろジンク鉱のようなものなら、目隠しをつけずに大した物を載せていないとアピールすることの方がかえって盗賊除けになるのかもしれない。

「なら、馬車が狙いという可能性は?」


「ないとは言えないが、しかしジンク鉱運搬の馬車を盗賊が奪ったところで何に使うのかが分からないな。むしろ、馬車には一つ一つ識別番号が彫られているから、悪事の足がつく原因にさえなると思うが」

そこでアーネスト市長は言葉を切って、この会話をいったん終わらせる。


「まあ、盗賊なんていうのは何を考えているのか分からないものだよ。ジンク鉱を何か別の金属かと勘違いしたのかもしれない。それよりも、だ」

そして市長は、俺の方に視線を投げた。


「ノエリア君は、今までの話で何か引っかかるようなことはなかったかい?」

市長の問いかけに、俺は素直に頷いた。

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