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73 地理と街

「water flow:α; do emerge;」

本人はちゃんと発音しているつもりらしいが、どこかおかしい。

水の球体は、一瞬ルーシェの右手の人差し指の前に現れたかと思うと、その形を保つことなく消えてしまった。


ルーシェがあからさまに落胆したような表情を浮かべる。

「集中は?」

「してる、つもりなんだけどなあ」


それから俺は、思い当たることがあってルーシェに尋ねてみた。

「ルーシェ、『emerge』ってどういう意味かわかる?」


不意を突かれたように、「え?」、と声を上げてから、当然のようにルーシェは、

「『想像』みたいな感じじゃないの? だって、『イメージ』でしょ?」

ああ、やっぱりか。


俺が少しばかり憐みの視線を向けると、ルーシェは分かりやすく狼狽えた。

「え、え、違うの?」

「違うよ」



「像」や「印象」を意味するカタカナ語の「イメージ」は「image」と綴る。

「想像」を意味する「イマジネーション」は「imagination」で、「image」から派生する言葉だ。

そのことをルーシェに説明すると、今度は開き直ったか不満げな表情を浮かべて、


「じゃあ、『emerge』はどういう意味になるの?」

「『出現する』とか、そういう意味になるかな」


そういうとルーシェは、ポン、と左手の拳で右の手のひらを打つ大げさな動作をして、

「ああ、なるほどね!」

と笑った。


「どうして水の球を生み出す魔法なのに『イメージ』なのか不思議だったんだよね……。そういうことなら納得」

「そうだよ。だから発音も、『イメージ』というよりは『イマージ』の方が近いかもしれないね」


英語の発音をカタカナ表記するのはどちらにしても限界があるけれど、そのくらいの発音を意識して考える、という程度で十分だろう。

ついでに、英語の「image」の発音は「イメージ」というより「イミッジ」という方が近いのだが……、まあそこまでは言わなくてもいいだろう。




「water flow:α; do emerge;」

再びルーシェが詠唱すると、今度はちゃんと安定した水球が出現した。


ルーシェが軽く指をスナップさせると、水球は指先から下に向かって飛び出し、洗い場の床に弾けて消えた。

ちなみに、ここは市長の屋敷の一角にある風呂場であり、それゆえ俺(正確にはノエリア)もルーシェも裸である。


従って、俺の目の前にはかつての同級生女子の魂(?)が入った少女の裸体があるわけであるが……。俺はもう考えるのをやめようと思った。気にしたとしてどうしようもないのだ。

舞花が俺に、「ねえ、背中流してよ?」と言ってきたとして、もはや俺はそれを恥ずかしがってはいられない。目の前の体はルーシェのものであり、俺の今の体はノエリアという少女のものなのだ。


いやしかし待て、お前はいいのか舞花。かつての同級生男子に背中を流してもらって。しかしその表情に恥ずかしがっているような色は全く見受けられない。自分の身体じゃないからいいのか? それとも何も気にしないのが普通なのか……?


悶々とする俺をよそに、ルーシェはリネンのような生地のタオルを俺の手に乗せて、白くきめの細かい肌の背中を俺に向けた。

俺は考えることをやめた。




翌日の授業は「地理歴史」だった。リアナは疲れなのか眠気なのか、少し気だるそうにしている。

家庭教師の仕事でも魔法科学ばかり教えているわけではない。魔法学院を受けるのだから当然、魔法科学の占める割合は高いが、他の科目も無視はできないものだ。


授業は河川都市、特に河川の合流点にできる都市についてだ。

教科書では河川都市の例として、隣国アイリックにある大都市「レストピアネクタ」が挙げられていた。

「大きな河の周りに町ができるのね……うまく想像ができないけれど」


当たり前のことであるが、この世界の教科書に写真などというものは載っておらず、それゆえ文章と図から想像するしかない。俺は元の世界の教科書に載っていたベオグラードの写真なんかを思い出すが、それを絵に描いて見せるわけにもいかない。

どうしたものか。


そこで俺はふと思いつくものがあって、地図帳を取り出した。

ヴェルダ市には大きな河川は流れていないが、北方、ランロルド辺境伯領にかけての間に、ネイ川という大きな川が流れている。そのネイ川の分岐地点(上流から見れば合流地点)に、適当な街がないかと探した。

「うーん、そうだね……。ここなんてどうかな、ベイヴィトラって名前の街」


リアナは俺が地図上で指さした街を少しのぞきこんで呟く。

「その町、都市っていうほど大きくはないわよ。どちらかというと集落って感じね」

そうなのか、地図上では町の名前が書いているだけなので分からない。だが予想通り、リアナはこの街を知っているらしい。


「まあでも、ここも同じようなものだよ。川と川の合流地点に集落があるでしょ、河川都市はこれがもっと大きくなったような感じかな、大きな川を挟んで両側に町ができたりしてね」

「ふーん……」


言いながらも、リアナはあまり納得いかないような表情だったが、それも仕方あるまい。

河川都市レストピアネクタとは規模が違いすぎるのだろう。何かもう少しうまく説明できればいいのだが。

俺は写真というものの偉大さを改めて感じていた。

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