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72 ルーシェと魔法


俺が食事を終え、セラフィが運んでくれた紅茶をいただいていたタイミングで、市役所の仕事が残っていたものを終えたらしい市長が食堂に入ってきた。


「あ、お疲れ様です市長」

「ん、ああ、ノエリア君、お疲れさま」


「ご主人様、今お食事をお持ちしますね」

セラフィはそういって調理場へと戻る。


「ああ、ありがとう」

市長はセラフィの方を振り返ってそう声をかけながら、窓を背にした席に着いてリアナの方へと視線を向けた。


「今日はギルドで依頼を請けたそうだね、どうだったかな?」


リアナはそれを言われて、一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「うまく倒せたわよ。ノエリア先生がね」

「ん、ああ、そうか」


市長はそれでおおよその事情を察したようだ。苦笑する市長に、思わず俺も恐縮してしまう。まあ、いくら大人びていても、リアナは10代前半の女の子だ。この反応は仕方ないだろう。


「あ、そういえば」

リアナは何かを思い出したように急に表情を変えて言った。

「モートンさんが、ヴェルダ市に来るそうよ。サンガル村の村長に手紙が届いたって、孫のカトリーヌさんが言っていたわ」


市長にとっては予想通りであったそうで、「そうか」、と軽く頷いた。


「商人の遣使節に出るには、このあたりの方が都合良いだろうからな。氷の街じゃ、いろいろと不都合もあるのだろう。まあ、それならばこの街に来るのはもう少し先だろうが」

「氷の街、ですか?」

「ああ、そうだよ。ランドルド辺境伯領は別名、氷の街だ。このランス王国の北部に位置していて、大氷河があることで有名だよ」


大氷河、か。そんな所に領地を持つと大変そうだな、などと適当なことを俺は考えていた。




部屋に戻ると、扉の前ではルーシェが待ち伏せしていた。

俺は思わず身構える。


「どうしたの、ルーシェ」

「いやあ、別に。セラフィさんが今日のお仕事はもう終わりって言ってくれたからさ」


用事がない割には扉の前にずっと立ち止まっている、この女は何を企んでいるのか。

「今日も冒険者組合に行ってきたの?」


「ああ、そうだよ。猪を倒してきた」

「猪!? それは凄いねえ……」

まあ、そういう反応になるだろうな。元の世界では日常、街に生きていて猪に遭遇する機会なんてほとんどない。


「わたしの背よりも高いような大猪をね。ルーシェは、今日は何をしていたんだ?」

部屋の中に入りながら、俺は言う。当然のようにルーシェも部屋入ってきた。


「あたしはねえ、……ウサギ狩り!」

嬉しそうに満面の笑みを浮かべて話すルーシェ。


というかウサギ狩りって、まさか今日の夕食のあのウサギは野ウサギをわざわざ狩ったものだったのか。

「ウサギ狩りって、わざわざ狩りに出たの?」


ルーシェは俺の質問に対して首を横に振った。

「お昼に外の掃除をしてたら、野ウサギが庭に入ってきてるのを見つけてね、セラフィさんが、せっかくだから捕まえて夕ご飯にしようって」


なるほど、そういうわけか。

その時一瞬、窓の外で物音がしたような気がした。気のせいだろうか。


「魔法で捕まえたの?」

「うん。セラフィさんの火の魔法で怯んでるところを、あたしが網ですばっとね」

それはなんとアナログな。


いや、魔法がデジタルというわけでもないかもしれないが、ついそう思ってしまう。

すごいでしょ? とばかりに目を見てくるルーシェに、反応に困ってしまう。


「そっか、それはよかったね」

声に苦笑の色が混ざっていることを察したのか、

「もしかして馬鹿にしてる?」

と軽く詰め寄られた。いや、馬鹿にしているわけじゃないんだが……。


「それでルーシェ、部屋に入ってきてどうしたの? 何か用があったんじゃない?」

俺は何とか話を逸らそうと試みる。

話を逸らされたのが不愉快なのか、部屋の中で舞花と呼んでくれないことが不満なのかは分からないが、ルーシェはむっとした表情を浮かべる。だが、質問には答えてくれた。


「あのね、魔法の練習に付き合ってほしいの」

なんと。以前魔法関連の参考書を貸した覚えがある。あれからメイドとしての仕事の間にひそかに勉強していた、ということか。いやしかし、

「練習って、ここで?」


既にもう窓の外は夜の帳が下りている。まさか、部屋の中で魔法の練習をする気か?

「違うよ。水魔法の練習だもん」


言いながら、舞花は冗談を言うときにいつも浮かべる嫌な笑みを見せ、俺の方ににじり寄ってきた。

「だからさ、お風呂場で一緒に練習しよ?」


この女、元の世界ではこんなに積極的に関わってくる人間じゃなかったはずなのだが、いったいこの数か月で何があったのか。そんなことを思いながら、俺はルーシェ―いや、舞花に引きずられるようにして部屋を出た。

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