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70 大猪と風魔法

大猪は、ますます興奮状態になっている。もはや風魔法の牽制は長続きしない。リアナが後ろに下がった今、大猪の狙いはこの小さな身体ひとつだ。

迷ってはいられない。


俺は、ポケットの中に忍ばせておいた魔素フェリの小片を取り出した。武器屋でブーメランを買った時に、店主がくれたものである。


少し小さめで、できるだけ鋭利なものを選ぶ。

俺は、ジャグリングと同じ要領でそれを真上に投げると同時に、詠唱を開始した。


「wind blow:γω; do squall ; concentrate」

「concentrate」はエネルギーを集中させることで、範囲を狭める代わりに威力を大きくする指示文だ。

突風の魔法を、落下してきた小片にめがけてぶつける。


この世界の大猪は結局のところ、元の世界とあまり変わらないただの猪なのだ。サイズこそ大きいが、魔素を体内にほとんど持たず魔力は扱わない。


そして猪が森から里に出没し、農地を荒らし、それを討伐せねばならない。元の世界なら、取るべき方策といえば、罠や麻酔銃で動きを封じるか、さもなくば猟銃で狩ってしまうことである。


爆音とともに発生した、空気砲のような狭い範囲の強烈な突風は、軽い魔素フェリを急激に加速させ、そのまま大猪の首元めがけて一直線。銃弾のようにとはいかないまでも、十分な威力を伴って大猪の首元へと突き刺さった。


間髪入れず、俺はもう一つ小片を投げ上げ、同じように詠唱する。

「wind blow:γω; do squall ; concentrate」


魔力の消費は、当然のようにゼロだ。

先ほどと同じように加速させ、今度は大猪の顔のあたりを狙う。大猪が咆哮をあげるのとうまくタイミングが合って、鉄片は口の中を貫いた。


大猪が血のような液体をを口から吐き出した。今のはダメージが大きかったのか、こちらへと突進しようとしていた大猪の動きがにわかに鈍くなる。


この隙を狙って俺は、さらに追い打ちをかけるように幾つもの鉄片を撃ち込んだ。

小片が突き刺さった場所から、赤い血が滲み出ているのがわかる。こちらに突進してくる間を作らせないために俺はある程度の間をとりながら鉄片を撃ち込み続け、着実に急所にダメージを与えていく。


まだ足りないか。

俺はほとんど風魔法しか使っていないので、魔力値にはまだ余裕がある。


「fire burn:θ,wind blow:αω;synthetic ,do conflagrate and do squall ; concentrate」

魔素フェリに炎を纏わせて撃つ。慣れない火魔法、少し魔力消費が大きいが仕方ない。


そして、熱されたその小片は大猪の心臓部へと厚い皮膚を貫いて侵入していった。

俺の方へと視線を定めて突進してこようとしたその猪は、前足を一歩踏み出すと同時にバランスを失いよろけるようにして横に倒れ、身体を地面に打ち付けてドンッという音とともに地を揺らした。


「……やった」

だが、完全に倒せたわけではない。おそらくだが、大猪はまだ絶命してはいないだろう。単純に「倒れた」にすぎない。


すぐさま俺は大猪に駆け寄り、持参していた片手ナイフで心臓を力いっぱい突いた。皮膚は思ったほど固くないが分厚い、小さな身体を目いっぱい使ってなんとか急所を貫く。


少し、いやかなり気味が悪いがこれは必要な処置だ。ギルドで教わったことだが、魔法を用いての魔獣との戦いでは、討伐したつもりが気絶していただけで討伐できていないということがよくあるのだ。なのでゴーレムなどと異なり死んだことがはっきりと確認できない相手については、戦いの後必ず急所を突いておくように指導されている。


俺は安堵のため息を漏らし、そして即座に後ろを振り返った。

「リアナ!」

地面に膝をついて座るカトリーヌさんの隣で、リアナは仰向けに倒れていた。


駆け寄ると、カトリーヌさんが俺の方に顔を向け、そして、安心させるように笑顔を見せた。

「治癒魔法を使わせていただきました、治癒魔法は白魔法の一種ですから。今は眠っているだけですよ」

「ありがとうございます」


よかった。リアナは魔法での戦いにはそれなりに慣れてきていたとはいえ、体はまだ幼い女の子に過ぎないし、受け身をとる訓練などを受けているわけでもない。

あんな巨体の攻撃を受けて、無事でいられる保証はないのだ。


「ノエリアさんも危なかったですね、大丈夫でしたか?」

「はい。なんとか……。でも、まあ、これでも冒険者ですので」


俺ももう少し気を付けて戦わなければ。あの攻撃がうまくいっていなかったら、俺もどうなっていたかわからない。そうなれば俺が怪我を負うだけでなく、興奮状態の大猪が村へと放たれてしまいさらなる被害が出てしまっていたかもしれないのだ。


やはり集落の近くで魔獣と戦うのは危険だ。せめて森の中に誘導してから攻撃を仕掛けるべきだっただろうか? まあ、結界があった以上は難しかったかもしれないが。

俺はリアナの様子を見守りながら、今の戦いの反省をする。


「それにしてもすごい戦いでしたね! まさか風魔法で大猪を倒してしまうとは」

カトリーヌさんの賛辞に、俺は素直にありがとうございましたと答えておく。


魔素フェリの小片に風魔法と火魔法の合成魔法をぶつけることで、銃として用いる。発想としては単純だ。問題は、音速をも上回るような銃弾の速度を再現するのはどう考えても困難ということ。実際、それほどの速度が出せたようには思えない。それはそうだろう、たかが風だ。


しかし、俺が用いた魔素フェリの小片にはちょうど撒菱のような棘があった。それにより、大猪の体を貫き通すことができたのだろう。とはいえ、今回の戦いがうまくいったのは、やはり当たり所がよかったという運の要素がかなり大きかったが。


この魔素フェリ片にこんな使い方があるとは思わなかった。これをくれたあの武器屋の老爺には感謝しなければ。


「とりあえず、わたしの家に戻りましょうか」

「そうですね」


と俺は答えかけて、大切なことをし忘れていたことに気が付いた。

「あ、でも待ってくださいね。武器と角を回収しないといけませんから」

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