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68 結界の理論

かなり理屈っぽい回です

他の理論回もそうですが分からなくても本筋には関係ないですのであまり気負わずお読みください

「大猪は普段、森の中に棲んでいます。ですが、結界が弱くなっているところをついて森から出てきてしまうことがあるのです。大猪は魔力をほとんど持たない、魔獣というより獣と呼んだ方が近い生き物ですので結界に引っ掛かりにくいんですよね」


結界の項目は「魔法科学-Ⅲ」にあったような気もする。だが俺はまだそこまで勉強できていないので結界の原理というものが今一つよくわかっていない。


結界に引っ掛かりやすい生き物とそうでない生き物がいる、というのは一体どういうことだろうか?

そんな疑問にカトリーヌさんは柔らかい声で答えてくれた。


「結界というのは白魔法の一種です。白魔法の特徴的な性質の一つに『干渉』というものがあるのを知っていますか?」


干渉、という言葉にリアナの表情が一瞬ひきつったのが横眼にも分かった。多分、俺の表情も似たようなものになっているに違いない。


白魔法の干渉。いつだったかの健康診断で会った、とろんとした眼のローブ姿の城魔術師の姿がフラッシュバックする。


そんな俺たちの様子から何かを勘付いたのか、カトリーヌさんは苦笑いを浮かべた。


「あ、お二人とももしかして、イベッタにやられたんですか? あの子、若い女の子に容赦ないですからねえ……」

「イベッタさん、というのは?」


「ギルドでよく健康診断を受け持っている、元シスターの白魔術士ですよ。あだ名は『ローブの悪魔』です」


絶対あの人だ。確証はなにもないが俺は確信した。


「ああ、ごめんなさい、話を戻しますね」

カトリーヌさんは一つ小さく咳払いをして続ける。


「結界というのは『生物が自然な状態で体内に持っている魔素に干渉することで、その生物の出入りを妨げるもの』です。具体的には魔素に干渉して体に異常を感じさせることで自主的に引き返させるってことですね。といっても頭が痛くなるようにとか息が苦しくなるように、みたいに特定の効果を意図して白魔術を発動させるのは、きっちりと対象を認識して魔法を操作しないと難しいんですよ」


なるほど。確かにあのローブの悪魔も、俺の体を指さしたり四肢を手でかざしたりしていた気がする。ああやって意識を集中させることで特定の効果を引き起こしていたのだろう。


「ですが、体内の魔素を適当に乱す、という程度であれば意外と簡単なんです。なので結界では、この種の『適当に乱す』白魔法を結界の周縁の空間に施すことで効果を発揮させます」


ここでリアナが横から疑問を口にした。

「でも、施すっていってもどうやるのかしら? 白魔術士が一日中魔法を発動させ続けるわけにもいかないでしょ?」


それはですね、と言ってカトリーヌさんは、村に面した森にある木の一つに向かって魔法を詠唱し始める。

「blanch white:αω;draw interrupt random」


次の瞬間その木の表面には、何重もの同心円の一番外側の円と2番目の円の中に多角形を重ねたような、そんな複雑な模様と装飾をもった魔法陣が現れていた。


「魔法陣、ですか」

俺が尋ねると、カトリーヌさんは笑顔で「はい」とうなずいて、そのまま次の詠唱に移った。

「blanch white: actuate」


その魔法陣は瞬きのように光を発したかと思うと、今度は木の色に少しずつ馴染んでいった。


「こうやって、森の周辺のいくつかの木に魔法陣を付与するんですよ。そうすることで、結界を形作るのです」


理屈としては分かる。要は、香り袋と同じ原理というわけだ。簡単で魔力消費の少ない魔法を、魔法陣で発動しっぱなしにしておく。


「けど、それじゃあ結界はすぐ魔力切れになってしまいませんか? 簡単とはいえ哲理魔法ですよね、それなりに魔力消費は大きいと思うのですが」


「いいえ、そんなこともないですよ。干渉魔法は生き物の魔素に干渉する魔法です。だから干渉対象になるような生き物が結界空間に入ってこない限り、魔法が発動していても魔力はあまり消費されないんですよ」


なるほど、そういうことか。イメージとしては、人感センサー付きのライトのようなものだろう。結界を頻繁にくぐられ続けるとすぐに魔力切れになりそうだが、本来結界をくぐる魔獣なんて滅多にいないものだからそれでいいのだろう。


「それで結局、どうして大猪は結界をかいくぐってしまうのかしら?」

リアナが改めて最初の疑問を繰り返した。


「大猪はあまり体内に魔素をもっていないんですよ。皮膚が厚いからだとか、体毛の魔素伝動性が小さいからだとか、いろいろな説がありますが詳しいことはよくわかりません。他にも紅豚とか短角羊とか、村で飼育することもあるような魔獣の中にも体内の魔素の量が他に比べて極端に少ないものは存在しますが……」


話が再びそれかけているのを自覚したのか、カトリーヌさんはまた咳払いをした。

「とにかく、体内の魔素の量が少なければ、体内の魔素を攪乱する魔法の効果は小さくなってしまう、というわけです」


なるほど。しかし、だとすると疑問が一つ残る。

「それじゃあ、逆に言えば体内に魔素を持つ人間も同じように結界の影響を受けるってことですか?」


「ええ。人間の場合は思考で魔素を制御できますが、それでも多少の影響は受けますよ。吐き気がしたり、体がかゆくなったり、気分が悪くなったり、効果は人と場合によりけりです。といっても、影響を受けるのは結界を通過している間だけですし、効果もそれほど大きくないですから、結界の中に入ろうと思えば問題なく入れますよ。まあ、本当は干渉魔法の効果を打ち消すために別の干渉魔法を発動するのが教科書通りで正しいといえば正しいですが」


「なら、普通の魔獣も、結界を通ろうと思えば通れるってことですか?」

「通ろうと思えば、通れるかもしれませんね。けど、魔獣というのは本能に基づいて行動するものですから、もし結界領域内に足を踏み入れてしまったとしたら、普通はすぐに引き返しますよ」


「でもそれだったら、わざわざ私たちがその大猪を狩らなくても結界が完成したらそれで済む話ではないのかしら?」

「いえ実は、もう既に結界は一度全部修復して張り直したんです。けれどまた大猪が出没してしまっていて……」

「それって、どういうことなんですか?」


古くなった結界ではなく、新しく張りなおした結界までもすり抜けてしまう。そんなことがあるのだろうか?

カトリーヌさんは少し言い淀みながらも答えた。


「多分、なんですけれど、以前古くなって魔力が少なくなった結界を通り抜けて畑を荒らしたときに、味を占めてしまったのではないかと思うのです。それで、無理やりにでも結界をすりぬけて出てきてしまうのではないか、と」


なるほど、そういうわけか。結界から受ける影響の少ない大猪なら、農地の作物を目当てに強行突破をすることもある、と。


「なら、その大猪を倒せばいいっていうわけね」

「はい、その通りです」

「結界を破って農地に入ってくるのは、大人の、かなりサイズの大きな大猪なのですけれど……」


討伐の対象である大猪の特徴を説明しようとしたカトリーヌさんの話を遮るようにして、森の奥から突如として轟音が響いてきた。


リアナは何が起きたのか分からず戸惑っている。一方でカトリーヌさんの口からは、あ、という声が小さく漏れた。


森の中から焦げ茶色の巨体が飛び出してきたのは、その直後のことである。


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