67 村のシスター
サンガル村に到着した俺たちは、セサルの引く馬車を降りた。
「じゃあ、気を付けてな、お嬢ちゃん」
俺はいつもの笑顔で返事をし、馬車を見送った。
「さあいくわよ、ノエリア先生」
サンガル村はその周縁部が森に囲まれたような村だった。村の規模は、人口五十人弱といったところか。その立地の影響もあって耕地面積はチャロス村などに比べれば小さかったが、農地の多くが青々とした葉で覆われていたうえに、小さな畜舎が点在していた。
「ん、君らは、どこの子?」
話しかけてきたのは、坊主頭がよく似合う快活な少年だった。年齢は15歳といったところか。
俺は一歩前に出て、軽く礼をしてから口を開いた。
「わたしたちは冒険者組合、魔術師部の者です。魔獣討伐の依頼を請けてきました」
「冒険者……ああ、魔法使いの人か。案内するよ」
そういって警戒を解いた少年は、俺とリアナを村の中央部にある家へと案内してくれた。家の大きさは周囲と変わらないが、家のすぐそばに少し大きめの畜舎があった。おそらくこの村の村長の家であろう。
「カトリーヌさん! 魔法使いさんたちが来たよー」
その少年は、扉を開けることもせずに家の外から大きな声で家の中にいるのであろう人物に声をかけた。
家の中でガタガタと少し物音がして、やがて扉が開く。
木製の扉の向こうから顔をのぞかせたのは年老いた村長、ではなく、シスターのような装束を纏った、20代くらいの若い女性であった。肩まであるブラウンの髪の、色白の綺麗な女性だ。
「お待たせしました。えっと、あなたたちが、ギルドの方ですか?」
はい、と俺は頷いて返す。
「では、どうぞ、お入りください」
通された部屋の中央には長方形のテーブルがあり、その長辺の部分に各2つずつ、木製の椅子が置かれていた。
俺とリアナは、シスター装束の女性と向かい合って席に着いた。
「わたしは、この村の村長の孫で、カトリーヌといいます」
あくまで丁寧な口調で、カトリーヌさんは話し始めた。
「アーネスト・シャーロックの娘、リアナ・シャーロックよ。今はギルドの魔術師部に所属しているわ」
社交的な性格とはいえないリアナだが、貴族らしくこういったやり取りは手慣れたもののようで、いつも通りの挨拶をする。
「ノエリアといいます。リアナの家庭教師をしていて、わたしもギルドの魔術師部所属です。あの、」
俺はとりあえず一番気になっていたことを尋ねた。
「カトリーヌさんは、シスターをされているんですか?」
修道女然としたその服装と様子はシスターに間違いないものだったが、一方で俺はこの村に来てから教会というものを目にしていなかった。
「はい。普段は、ヴェルダ市街にある教会で修道女をしております。今は故郷のこの村に、結界の整備を兼ねて里帰りをしているのです」
なるほど、そういうことか。教会に仕える人たちは基本的に、白魔術に熟達しているという話を聞いたことがある。結界というのは白魔法の延長にある概念だったはずだ。
シスターなら、結界錬成士でなくとも結界の整備くらいは行えるのだろう。
「でもそれなら、わざわざ魔獣退治にギルドの人間を呼ぶ必要はないんじゃないの? あなた、魔法が使えるんでしょ?」
確かに、リアナの言うことはもっともである。ギルドへの依頼というのはそれなりに費用が掛かるのだ。自分で解決できるならそれに越したことはない。
「ああ、いえ、その……」
すると彼女は、言いにくそうにしてしばらくもごもごと口ごもった後、自嘲気味に零した。
「わたし、白魔法は得意なのですけれど、それ以外の属性の魔法は全然できなくて……」
話に聞いたところによると、カトリーヌさんは難易度の高い哲理魔法である白魔法は魔力値100前後まで余裕で扱えるにもかかわらず、自然魔法であるところの水魔法や風魔法は、αですらうまくできるか怪しい、というレベルらしい。
一つの属性が極端に得意、という意味では俺の風魔法に通じるところがある。だがここまでとなると、もはや天性とか、そういうものを感じさせる。彼女はきっと、シスターになるためにこの世に生を受けたのだろう。
俺たちはそんなカトリーヌさんに連れられて、村の結界付近に来ていた。
「それで、討伐対象の魔獣は何なの?」
「大猪です。ほら、ここ、見てください」
カトリーヌさんが手のひらで示したのは、村の端にある農地の一角だった。
農地の間近にまで、森が迫って来ている。
そこには葉が青く茂っており、野菜が栽培されているようだった。俺には葉を見ただけでは何の野菜かわからないが、おそらくは芋とか根菜とかそんなところだろう。しかしそこは、
「荒らされている、わね」
そうだ。元の世界にいたときにはよくニュースで目にした光景、至る所で茎が倒れ、土が掘り返されている。動物に荒らされたのは明白だった。