66 エルシーの話
冒険者組合にいくと、いつものオレンジ色の制服でエルシーが出迎えた。
「あ、リアナちゃんとノエリアちゃん! 今日はどうしたんですか?」
「依頼を受けに来たのよ。掲示板、見せてもらってもいいかしら」
どうぞ、とエルシーが俺とリアナを促した。
<ヨルム市郊外 結界外域警邏、報酬:正銀貨5枚 第6階梯以上>
<ヴェルダ市サンガル村 中型魔獣討伐、報酬・銀貨2枚 第3階梯以上>
「新しい依頼はこの2つです」
2つとも、まだ俺たちより先に依頼を受けた人はいないらしい。警邏のほうは階梯の条件を満たさないが、2つ目の討伐以来の方はちょうどいいくらいだろう。
「じゃあ、この2つ目の方でお願いするわ。ノエリア先生も、それでいいわよね?」
「ああ、うん。いいよ」
答えながら、俺はどこかに引っかかるものを感じていた。
新しい依頼が、この2つ……?
さあ、行きましょう、とすぐにでも駆けださんとするリアナを、エルシーが少し申し訳なさそうに引き留めた。
「あ、リアナさん、少しよろしいですか? 今度新しく入る建物の件で市長さんに少しお伝えしておきたいことがありまして、本当は直接こちらから連絡をすべきなのですけど……」
「あら、なにかしら?」
公人モードに切り替えたリアナが、表情を一息に引き締めて振り返った。
「ノエリア先生、少し待っていてくれるかしら?」
「ああ、うん」
二人はギルドの奥へと行ってしまったので、俺は大人しく掲示板近くで待機だ。
と、その時、見覚えのある顔が目に入った。
いつかの魔術電池の老爺である。
「こんにちは」
と声をかけながら近づくと、少し遅れて相手もこちらの存在に気が付いたようで、柔和な笑みを向けてきた。
「やあ、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん、と呼ばれるのにはもう慣れてしまった。俺は以前にこの老爺にあった時のことを思い出し、
「今日は前の電池、持っていないんですね」
「ん……ああ、魔術電池のことか。今日は家に置いてきたんだよ。孫がよく触りたがってね……まあ、最近ジンクの入りが悪いってのもあるんだがねえ……」
「ジンクの入り、ですか……?」
どういうことだろう、手に入らないってことか?
「ああ、鉱業組合に行ったんだが、ジンクの入荷が少なくてね…、採掘量が減ってるんだか何だかで市場に回らないらしくてな……」
「はあ……」
なるほど、市域でのジンクの産出量が減っているってことか……?
「昨日市街の外れの酒屋で私の後ろで飲んでたゴツい兄ちゃんたちも、ジンク使うかアルジャン使うかとかなんとか言い合ってたよ。うるさくはなかったが、あれは多分揉めてたんだな。私みたいな老いぼれにはアルジャンなんて高価なものとても手が出んが、鋼魔法使いの奴らにとってみれば、目的の金属が手に入らんってのは一大事だろうなあ」
老いた身を憂うかのような表情で老人はそう話してから、俺が返す言葉を迷っているのを見て取ったのか、取り繕った笑みを老爺はこちらに向けた。
「ああ、すまんね、お嬢ちゃんにはわかりづらい話だったな」
いえいえ、と老爺に礼をしたのと時を同じくしてエルシーとリアナが戻ってきたので、俺は老人に会釈して席を立った。
「それで、さっきは何の話だったの?」
馬車の中で、俺は隣に座るリアナに尋ねた。
サンガル村はヴェルダ市街にほど近く、半時間ほどしかかからないらしい。
「市街に大きな屋敷が建つって話よ。土木ギルドの方にこの前依頼が入って、今建設中らしくてね」
「へえ、それで、それがどうしたの?」
「名義人が聞いたことのない名前でね。あの大きさの屋敷を建てられるような人間なら、名前くらい知っていても良さそうなものなのだけれど」
名義人不明の屋敷、か。
「まあ、頭金は既に払われているらしいから、事務処理上は何も問題ないのだけれど」
「なるほどねー……」
それで、念のために市長の耳入れておこう、というわけか。
「ノエリア先生はどう思う?」
「え? うーん、どうだろうね」
俺は、この世界の不動産契約のシステムをよく知らない。市内の村の様子などを見ていても、システムなんていうほど確固としたものがあるのかさえ不明瞭だ。
だがまあ確かに、あの同業者組合が集まった通りのような大きな建物が密集した場所では、土地や建物について利権関係が存在したとしてもおかしくはないか。
ギルドの人たちやリアナとて、この国すべての有力者の名前を把握しているわけでもないだろう。もしかしたら成金なのかもしれない。まあ、近所にやってくる人間の素性を知らないというのは、比較的閉鎖したコミュニティが多いこの世界では不安なことなのかもしれないが。
ともかく、別に名前を隠しているわけではないのだから、そこまで怪訝に思う必要もないだろう。そういった趣旨のことをリアナに話すと、リアナは、そうね、と言って頷いた。
ここ数日は家に引きこもって小説書いてます……。大変な時期ですが、はやく終息するといいですね。