62 陣と杖
「この円は、何でできているんですか?」
半径1メートルほどのその陣は、円の内部全体が周囲の床とは違う材質でできていた。これも魔鉱石の一種だろうか。
「ああ、それはただの魔素フェリだよ。薄い円盤にして埋め込んであるんだ」
「どうして魔鉱石を使わないんですか?」
やはり、魔素合金に比べれば高価なのだろうか?
しかし、市長の答えはどうやら違うようだった。
「ああ、いい質問だね。それは、腐食を防ぐためだよ」
「腐食?」
俺の疑問符に、市長は満足げに頷いて言葉をつづけた。
「魔鉱石は、魔素の伝導性が極端に高い。だから、そのままの状態で放っておくと、空気中の魔素と簡単に反応して、すぐに亜魔鉱に変化してしまう。亜魔鉱は、魔鉱石に比べれば魔素の伝導性は落ちるし、取り出される魔法にもかなりノイズが入ってしまうんだ」
なるほど……鉄板を外に放っておくとすぐに錆びてしまう、というのと同じような感じだろうか。
「なら、魔鉱石を使った照明も、すぐに駄目になってしまうことになるんじゃないですか?」
「ああ、魔術照明か。あれは製作の過程で、魔鉱石の表面部分だけをわざと急激に魔素と反応させているんだ。
そうすることで亜魔鉱の膜が出来て、内部の魔鉱石が腐食しないんだ。そもそも魔術照明は、魔術電池で内側から魔力を供給しているから、空気中の魔素と反応する必要はないんだよ。
ただ、陣は違う、使用者が外側から与える魔力に反応してもらわないと困るんだ」
「だから、わざわざ魔鉱石製の杖を使ってるのね」
リアナは市長から受け取った細い杖を手で弄んでいた。
「ああ。この杖を介して魔素フェリの内部の魔素を操作しているんだよ。魔素フェリはもともと魔素の含有量が大きいから、空気中の魔素とはあまり反応しないんだよ」
市長の話によれば、魔素フェリと魔鉱石を接触させると、魔素フェリ内部に含まれている魔素と、魔鉱石が空気中から取り込んだ魔素とが相互に強く作用しあうらしい。
それによって、人が魔鉱石内の魔素に対して魔法を作用させると、その魔法を受けた魔素が今度は魔素フェリの内部の魔素に拡大して作用し、同様の魔法を魔素フェリ内で引き起こすことが出来る、ということのようだ。
「でもそれじゃあ、この杖の中で同時に魔法が発動してしまわないかしら」
リアナがさらに疑問を投げる。
「それは大丈夫だ。魔法陣に使う魔法は、図形や模様を刻む魔法が殆どだから、刻む場所がなければそもそも発動のしようがない。それに、リードは魔素弾性の低い金属だから、魔鉱石中の魔素の動きは、魔法の発動前にリードにほとんど吸収されてしまう」
なるほど、魔素の伝導性は高いが形状のせいで魔素の動きが長続きしない杖と、伝導性では劣るが、魔素が動きやすく魔法を発動しやすい形状になった陣を組み合わせることによって、魔法陣を容易に実現している、ということか。
これはなかなか面白いが、同時に面倒だという感想を抱く人が多いのも何となくうなずける気がする。
「さあ、ではノエリア君、ここで問題だ」
「は、はい! なんですか?」
「この杖を実際に使った時、この杖の温度はどうなると思う?」
アーネスト市長が俺の方へと視線を向ける。
解説を一通り終えた後に問題を出す、ということは、今までの説明からその答えが推測可能なはずだ。出題者というのは解答可能な問題しか出さないものである。
いったん落着いて考えよう。
温度を尋ねているという事は、答えは温度が上がる、変わらない、温度が下がる、の三択だろう。
魔法を発動すると、杖にメッキされた魔鉱石内の魔素が魔法に反応して運動し、やがて魔素弾性の小さいリードと衝突して魔素がエネルギーを失い、終了だ。
つまり、
「温度が上がる、ですか」
魔素が失ったエネルギーは、消えてなくなるわけではない。リードに吸収されて、リード自体の温度が上昇するのだ。
「正解だ。多少使う程度なら温かくなる程度だが、大規模な魔法陣を作成するときは、持ち手が熱くなって火傷をする危険がある。規模が大きくするときは、手袋をつけないといけない」
そんなに熱くなるものなのか。エネルギーの散逸が大きいのだろうか?
となれば、魔法陣はあまり魔力の効率が良くはなさそうに思える。
「ねえ、二人とも!」
リアナが業を煮やしたように口を挟んだ。
「難しい話はあとでいいから、とにかく魔法陣を作りましょうよ!」
魔法陣の原理の話がもう少し続きます
弾性が小さいというのは、「衝突してもあまり跳ね返らない」という意味です。
そのせいで魔素の速さがどんどんと小さくなり、やがて止まります。
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