61 魔法実験室にて
お久しぶりです。無事入試を終えましたので、またゆっくりと活動を再開していきたいと思います。
大学での生活リズムが定まるまで投稿ペースは不規則になると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。
※久しぶりにこの小説を読むという方は、59話「鉱山主の代理」から読み始めることをお勧めします。
「とにかく、あなたも鉱山主の代理なら、何かしらの対処はするべきよ。放っておいたら近隣の村に被害が及ぶわよ」
「ああ、そうだな。後で冒険者組合に依頼を出して兵でも派遣させるぜ。わざわざありがとうな、お嬢ちゃん」
なぜか握手を求めるように右手を差し出してくるライエルをやんわりと拒絶する。なぜだろうか、この男は、こう……生理的に無理だ。
結局気まずそうに手を引っこめ、ライエルは市長に軽く挨拶をして部屋を去っていった。
ライエルの姿が完全に見えなくなるのを待って、リアナはおもむろに口を開く。
「なんていうのかしら……、いけ好かない男ね」
「ああ、うん、そうだね」
俺は思わず頷いてしまった。元の世界に居た時からかもしれないが、ああいうタイプはどうも苦手だ。
「けどリアナ、結構楽しそうに話してなかった?」
「そ、それはちょっと、興に乗っちゃったのよ」
鉱山での出来事を溌溂として語っていた自分が今になって恥ずかしくなったのか、言い訳するようにしてリアナが言う。
「それより、はやく授業を再開しましょう」
ちょうど授業の時間が終わるころ、見計らったようにアーネスト市長が俺達のもとにやってきた。
「市長、どうされました?」
「いや、邪魔してすまないね。もう今日の授業は終わりかな?」
「ええ。ちょうど今、終わる所です。何かご用件でしょうか?」
「ああ、大したことじゃないよ。ただ、今から魔法陣を作ろうと思ってね。せっかくだから、見学しないかと」
魔法陣か。確かに教科書ではちらりと見たことがあるが、実物には一度もお目にかかったことがない。ある程度の設備がない限りは、それなりの慣れと魔法の制御能力がなければ難しいらしいのだが、正直とても興味がある。
「いいんでしょうか? でしたら、ぜひ見学したいです」
「遠慮しなくていいよ。確か、『魔法科学Ⅱ』の内容に、確か魔法陣の単元があったんじゃないかな。その勉強にもなるだろうしね。リアナも見るかい?」
「ええ。魔法陣なんて、見るの何年振りかしら。小さい頃見せてもらった以来ね」
するとアーネスト市長は柔らかい笑みを浮かべて、
「何年前だったか、始めてリアナに魔法陣を見せた時、怖い怖いって言って泣き始めたんだよ。それ以来リアナに見せるのはやめにしていたが、さすがにもう大丈夫だろう」
「そうだったかしら? よく覚えていないわ」
惚けているのか、それとも本当に覚えていないのか、リアナは知らない顔をした。
「大泣きをしていたのに、覚えていないのか」
アーネスト市長は半ばからかうように言った。
「も、もういいじゃない、そんな昔の話、さっさと行きましょう!」
リアナ、顔が真っ赤だぞ。
市長に連れられてやってきたのは、あの例の魔法実験室だった。
掃除をしていたころ興味本位で覗き込んで以来は、全く足を踏み入れたことはない。俺にとってはほとんど未知の領域のような部屋だった。
「準備をするから、少しだけ待っていてくれ」
市長はそうはいったものの、大方の準備はほとんど済んでいたらしい。教科書で読んだ、設備を使って魔法陣を作る際の「手間のかかる準備」の言葉とは裏腹に、棚の一か所にまとめ置かれていた道具一式を部屋の入り口側にある台の上に並べなおしただけであった。
しかし、魔法陣といってもどうやって作るのだろうか。教科書に載っていたのは抽象的な理論の話ばかりであったので、実際の作業方法などについては俺もほとんど知らない。
まさか、画材や筆記具であんな複雑な模様を一から作るわけでもあるまいし。
「これはリードという金属を加工したものに、純度の高い魔鉱石をメッキしたものだよ」
そういいながら市長が持ちあげたのは、長さ20cm、直径1cmほどの細い棒だった。確かに、持ち手と思われる端の部分以外には、鉱石らしきものがメッキされていた。
「これは、何に使うんですか?」
「魔素を空気中から誘導するんだよ。魔鉱石は魔素の伝導性が高いからね」
そして市長は、その棒を指示棒のようにして、実験室の中心に大きく描かれた黒い円を指し示した。
「そしてあの円の中に、魔法陣を作るんだ」
俺は市長の許可を得てその円に近づき、上からまじまじとその円をみつめた。この円の名前を陣というらしい。
この陣はまさしく、俺が以前この部屋を覗き込んだ時に目にし、奇妙に思ったそのものである。なんと、というべきか、やはりというべきか、この円は魔法陣を作るための物であったようだ。
「こんなのあったわね、懐かしいわ」
リアナは雑然とした実験室全体を見回しながら言った。
「リアナはあまり実験室に入らないからな」
「それはだって、なんだかじめじめして薄暗いんだもの。乙女の入る部屋じゃないわ」
「そうか? アレシア市長はこの部屋が大好きだと言ってたぞ」
「アレシアさんは特別よ」
リアナのもっともな指摘に、アーネスト市長も苦笑せざるを得ないようだ。
魔素フェリは、あの武器屋のお爺さんがノエリアにおまけでくれた小さい武器の原料でもあります。
魔鉱石は魔術電池の本体部分に使われる、この世界で最もありふれた鉱石の一つです。