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57 旧鉱山と魔法

この空間唯一の出入り口に立ちふさがり、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる大男。

言葉は好意的でも、その態度は悪意に満ちていた。


「そこの金髪の可愛いお嬢ちゃん。そんな汚い物見てないで、オレともっと楽しいことしない?」

金髪、俺の事だ。太ったその男が言う可愛い、という言葉に、背筋の寒くなる思いがした。


冗談じゃない。俺は男を睨み付けた。

「嫌です」


リアナは既に混乱で固まってしまっていた。どう動けばよいのか分からない状況だった。

「そっか、なら……」

次の瞬間、男はニヤついた表情を内側から吸い取るようにして無表情に変えた。


「死んでもらうしかないねえ」

そう言って、男は手にした棍棒を俺達向けて振るい始めた。


「リアナ、危ない!」

リアナは咄嗟の動きで竹刀を手に取り反撃を試みる。

だが、あまりにも体格差が大きすぎる。リアナの不慣れで見え透いた剣筋は、あっという間に男に見切られてしまう。魔法を使おうにも、リアナには落着いて詠唱をする隙もないようだった。


「『wind blow』」

俺は心の中で、「wind blow:ω; do wind-cutter;」と唱えた。相手は魔獣ではなく人間だ。あまり手の内を知られては困る。

詠唱の終了と同時に、風の切っ先が男を襲った。なんとか男を後退させ、リアナと距離を開かせることに成功した。


「略式詠唱か。なかなかやるじゃねえか、金髪のお嬢ちゃん。

男はあくまでも余裕の表情を保っている。そこへリアナが再び切ってかかろうと走り込んだ。

「『fire burn:ζ;do fire-knife; with arms』」

「おっと」


男はその攻撃を軽く躱し、前のめりに倒れかけたリアナの手首を取ってひょいと捻り上げた。

「きゃっ! 何するのよ!」。


「大人しくしてるんだな。『blanch white:κ;do drain』」

「ひゃあっ!」

魔力を吸い取る魔法だ。


「ひゃっ、こら、やめなさいよっ!」

「くはっ、なかなか面白い反応じゃねえか」

男が汚らしい笑みを浮かべながら、その腕に抱え込んだリアナの顔を覗き込む。



「離し……離してっ!」

十数秒後、男が腕を離したころには、リアナの表情には魔力を吸われたことによる疲労の色が強く浮かんでいた。


所詮は「κ」つまり魔力値10程度の魔法なので、そこまで多くの魔力を吸われたわけではないだろうが、肉体的、精神的疲労も大きかっただろう。リアナはその場に少しかがみ込んだ。


「リアナ、大丈夫?」

「う、うん、当たり前でしょ。大丈夫よ」

この男、ただの賊かと思っていたが、どうやら相当の手練れらしい。


洞窟内で火魔法は自分にも危険がある。普通の水魔法や風魔法だと人間相手に大したダメージを与えられない。

俺はイチかバチか、心に浮かんだ勝機を得る方法を試す覚悟を決めた。


「『water flow:ε,wind blow:μ;synthetic , do stream and whirlwind』」

男が、合成魔法か、と嘲るように呟くのが聞こえた。

この程度か、とでも思っているのだろう。男の身体は水の奔流に濡れていたが、少しも気にしてはいない様子だった。


だが、これはただの目くらましだ。次に詠唱する魔法を聞かれないようにするため、だ。魔力値の高い魔法は口頭で詠唱した方が、ぶれが少ないからな。

「『wind blow:αω; do ultrasonic; operate』」


竜巻のような水流の流れが止んだ後、ほんの一瞬、空間を静寂が支配した。

だが、この沈黙はすぐに破られることになった。

男やアリアナが声を発したわけではない。外から、だんだんと音が近づいてきているのだ。。


「ん? 何の音だ」

男がびしょ濡れのまま、怪訝そうに入口の方へ視線をやる。

「何かしら?」


リアナも男と同じように首を傾げていた。だが、その表情は疲れ切っていて、どこか投げやりな感じさえある。

だから洞窟に入るのはやめようと言ったのに……。

まあ、ついて来てしまっている俺の言えたセリフではないが。


近づいてくる音は、一つに集まるようにして大きくなっていく。

そしてついに、堰を切ったようにして、それはこの空間内になだれ込んできた。

蛾の大軍だ。正確に言えば、これは超大型の蛾のような魔獣の一種である。名前は大夜雀だったはず。


十匹を超える大夜雀たちは、集団でその男へと襲い掛かっていった。

「おい、やめろ、おい! この……うわっ!」


「リアナ! 逃げるよ」

「え、あ、そうね……」

リアナは、男とそれに群がる蛾に、気味悪そうな、あるいは気の毒そうな表情を一瞬向けたようだった。




足元のおぼつかないリアナを半ば支えるようにしながらも、なんとか洞窟から走り出ることができた。

すでの洞窟の外では雨が止んでいて、ところどころにできた水たまりに日の光が眩しく反射していた。


「はぁっ、はぁ、疲れたわ……。洞窟探検なんてする者じゃないわね。……それで、ノエリア先生、あれ、どうやったの? さっきの蛾の群れみたいなの。ノエリア先生が仕掛けたんでしょ。」

「まあね。あれは、超音波だよ」

俺は少し得意になって説明した。


風魔法は、空気を操る魔法だ。そして、音や超音波は空気の振動である。つまり、風魔法は超音波を操ることも可能なのだ。


そして、蛾の中には、超音波を使って求愛行動をとるものがある、というのは、元の世界での知識だ。もっとも、元の世界の蛾が求愛の超音波を発するのはごく狭い範囲でしかない。

しかしこの世界の魔獣、大夜雀は、全長50センチを超えるというその大きさゆえに、求愛行動で発する超音波が届く範囲が、相当に広いのである。


つまるところ、俺は、あの男の周囲から大夜雀の求愛に似た超音波を発するように魔法を使ったという、ただそれだけの話だ。そうすることで、その超音波を聞いた蛾たちが、男のところに集まってくるのである。


蝙蝠がいるのだから蛾もいるだろう、という見立てがかなり怪しいところではあったが、無事に賭けに勝てたようだ。

遅れてすみません。来週も遅れると思います……。

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