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16 鷲と風

屋敷の正面の庭に出ると、ノエリアの実家に行った時に世話になった30代くらいの背丈の高い御者の男が、俺の方に向かって手を振っていた。


そして、俺の背後にすっかり身支度を終えたリアナの姿を見つけ、男は一礼し、快活に声をかけた。


「市長のお嬢さん、おはようございます」

「……おはようございます、ですわ。セサルさん」


一方のリアナは、あまり目を合わせようとしない。苦手なのか?

だが、男――どうやらセサルという名前らしい――は、さして気にした様子もなく、俺の方にも同じように声をかけた。


「おはよう、メイド……じゃなくて、家庭教師のお嬢ちゃん」

「おはようございます」


そういって、ニコッ、と笑顔を向けておく。笑顔であいさつ、これ社会で生きていく基本だ。


すると、男は少し照れたようにして俺に笑い返した。おいおい、おじさん。幼女趣味はいけませんよ?

などと馬鹿なことを考えながら、俺はリアナと共に、六、七人は乗れそうな客車部分に乗り込んでいった。


ヴェルダ市の市都からヨルム市の市都までは、馬車でざっと2時間弱ほど、ということだった。


市内にあるノエリアの実家に行った時よりも時間が短いのは、ヴェルダ市都が、ヨルム市との境界に近くに位置しているからだそうだ。


俺は御者台に一番近い前の座席に座った。一方ノエリアは、客車の中でも後ろの方に座り、黙ってひたすらに本を読みふけっていた。


もしかして、人見知りをしているのだろうか? いやでも、市長がいつも頼んでいる御者なら、まさか初対面と言うことはないはずだ。むしろ、今まで何度も会っていると考えておかしくない。


「リアナ、どうしたんだろう」

俺はリアナには聞こえない程度の声で、御者の男、セサルに向かって独り言のように言った。

するとセサルは苦笑いを浮かべて小声で返す。


「どうも、父親以外の大人の男が苦手だって話らしい。前の、失踪したとかいう家庭教師も、それで随分と手を焼いていたらしいからな、だから嬢ちゃんが雇われたってことじゃないのか?」

「え?」


初耳。だが、それも十分あり得る話だと思った。


俺が市長に家庭教師になるよう頼まれた時にされたのは、確か貴族出身の家庭教師を雇う余裕がないというのと、リアナの友達になってあげてほしい、という話だった。

恐らく、全部本当なのだろう。


金銭的余裕がないなら、質は落ちるにしても適当に平民を雇えばいい。大人の男が無理なら、女性の家庭教師を雇えばいい。友達が必要なら、年齢の低い人間を雇えばいい。


だが、それらの条件の全てに適合した人を探すというのは、容易なことではない。

だから市長は、あそこまで必死に、俺に家庭教師をするよう頼んできたのだろう。


俺があの時の市長との会話を思い出していると、セサルが、話は変わるが、と前置きして尋ねてきた。


「それで、今日はアレシア市長のところに行くらしいが、どうして家庭教師のお嬢ちゃんまで来る必要があるんだ?」


確かに、住み込みの家庭教師と言うだけでも普通ではないのに、外出を共にする家庭教師ってそれもう家庭教師じゃないだろ。

そもそも、リアナの家庭教師でしかない自分が、他の市の市長に挨拶しに行く必要はあるのだろうか?


「どうしてって…………私が来たら、嫌ですか?」

特に答えが思いつかなかったので、あざとく返し、適当に誤魔化す。


不意を突かれたセサルは、狙い通り言葉を詰まらせ、質問のことは有耶無耶(うやむや)になった。

一方の俺も自分の口走った言葉を思い返し、なんか色々大事なものを失った気がして馬車を飛び降りたい衝動に駆られる。


ほら、まあ、失ってこそ得られるものもあるって言うからな。ないか。


「まあ、俺としても、ずっと本を読んだままの市長のお嬢さんだけより、嬢ちゃんがいた方が、退屈しなくて済むから、構わねえけどな」

「そうですか、それは良かったです」


それからしばらく俺は、男と家庭教師の仕事について他愛ない話をしつつ、持ってきていた魔法科学の教科書を読んでいた。



「ん、なんだ?」

やがて道のりの半分を過ぎようかと言う頃、御者の男が不意に呟いた。何だろうかと思い、俺も御者台の前を覗くが、別段変わった様子はない。


「何か、聞こえる?」

前でなければ後ろか? そう思って身を翻し、馬車の横から顔を出して後方を確認する。そして、間もなく事態を察した。


「何か来る!」

空気を切るような音を立てて飛んでくる。それは、大きな(わし)のような生き物だった。

距離が遠く正確な大きさが上手くつかめないが、それでも翼開長1メートルは下るまい。そしてそれが、だんだんとこちらに向ってきているのがわかる。


盗賊鷲(シーフイーグル)だ! 隠れろ」

盗賊鷲、名前から察するに、荷物をかっさらっていくという事か。


馬車の後方には、セサルの物らしき荷物が幾らか積まれている。それを狙っているということだろう。

リアナは本に夢中になっていたからか、いまいち事態を把握しきれていないらしい。そうしている間にも、盗賊鷲は迫ってくる。


「リアナ、隠れて!」

御者の男も、突然の状況に戸惑っているようだ。手荷物から慌てて猟銃を探しているが、とてもそんなもので対処できる相手には見えない。


そこで俺は不意に、今朝のセラフィとの会話の事を思い出していた。


魔法で木の葉を巻き上げられるなら、魔力を増やして、同じことがこの状況でもできないだろうか?

「『wind blow:ω(オメガ); do』……」


駄目だ、動くものを遠くへ吹き飛ばす、そんな魔法は習っていない。「whirlwind」は旋風。「breeze」はそよ風だ。どちらもこの状況には適していない。


畜生。こんなことならもっと魔法の種類をたくさん暗記しておくんだった。あの鷲を、強い風でもって横に吹き飛ばす。それができれば。


そこまで()()()、馬車の後方で轟音が響いた。

間に合わなかったか。そう思い、せめてリアナの前に出て、その安全だけでも確保しようとする。丁度その時、俺の目には衝撃的な映像が飛び込んできた。


こちらめがけて飛んできていた巨大な盗賊鷲。

それが、馬車の後方数十メートルで、まるで風に乗せられたビニール袋のように、軽々と吹き飛ばされたのだ。

「え……?」



<「魔法の元となるのは思考です。だから、ちゃんと魔法を使う宣言さえすれば、考えるだけで魔法は使えるということになります」「きっと、先生は風魔法への適性が高かったということでしょう」>


混乱する俺の頭に、セラフィの言葉が不意に脳裏に蘇ってきた。


「……あれ、嬢ちゃんがやったのか?」

俺はその言葉に、苦笑しつつ首を捻るしかなかった。

「わかりません……」

ω=24

次回投稿は土曜日です。

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