貴族と依頼
領主の館へ来た私は騎士の人―名前はサムと言うらしい―に応接用の部屋まで案内されました。
流石領主の館。机もソファーも、飾られている美術品も素人の目から見ても高価だと分かるものばかりです。
「ではキンバリー様をお呼びしてきます。どうかくつろいでお待ちください」
「は、はい。わかりました」
サムさんが行ってしまい応接室に一人で居るわけですが、少し緊張しています。
まあ前世では受験や就職の時の面接で似たような緊張は経験してるので、そこまでガチガチになるということはなさそうですが。
そして待つこと五分ほどでしょうか。
応接室の扉が開かれます。
「いやぁ、待たせて申し訳ない!」
入ってきたのは三十代ぐらいのガタイのいい男性です。鍛えているのか腕や足は筋肉がすごいです。
この人がこの街の領主のキンバリー・ローレン様です。確か三十七歳でしたかね?
「いえ、大丈夫です」
「そうか?早速話をしたいんだが、飲み物とつまみが欲しいな」
キンバリー様は近くにいた執事の人に飲み物とつまめる物を持ってくるように言います。
暫くするとメイドが現れサンドイッチや肉の串焼きといった食べ物と、紅茶がテーブルへと置かれます。
キンバリー様の前には紅茶の他にワインも置かれていますが。
「食べながら話そう。すまんが昼飯を食ってなくてな」
「はい、いただきます」
肉が挟まったサンドイッチに手を伸ばし一口かじる。驚くほどに肉が柔らかく次々と手が伸びてしまいます。
キンバリー様も負けまいとするように次々とサンドイッチを口に運んでいきます。
食べながら話すと言っていましたが、結局二人とも食べることに夢中になりすぎて、一言も話さぬまま食事を終えました。
「ふぅ。とても美味しかったです」
「お前さんよく食べるなぁ。あの食事五人分くらいはあったんだぞ?」
キンバリー様は半分も食べないうちに手を止めていたので私が三人前、キンバリー様が二人前を食べたってところですかね?
なんにせよ、ご馳走さまでした。
「まあ、本題に入ろう。フェリルよ、お前さん冒険者ランクをBに上げる気はないか?」
「Bランクですか?それって指名依頼目的でですか?」
「そうだ」
指名依頼はBランク以上の冒険者でないと出すことはできません。
中には貴族の特権を利用しギルド側に強制させようとした貴族もいたらしいが、大抵は上手くいかなかったらしいです。
ギルドというのは国に属する機関ではなく、独立した機関なのです。
昔は各々の国が管理していたのですが、他の国との連携や貴族関連のトラブル等で一時期まともに機能しなくなったことがあったらしく、今ではギルドの意向は王族であろうとも変えることはできなくなっているらしいです。
「今のところは上げる気はないです。見てもらったらわかる通り私は獣人なので、色々と厄介事に巻き込まれるのは目に見えてますので」
「……ま、そうだよなぁ。俺が頼もうとしてたのも、そういう関係の厄介事だし」
「……一応どういった依頼かだけ聞いてもいいですか?」
「話せることと話せないことがあるから、必要最低限だけになるが。それでもいいか?」
私が依頼を受けるのならすべて話せるのでしょうが、受けるかどうか分からない相手には全ては話せないのでしょう。
私はまだ受けるかどうかは決めていません。
流石にどういった依頼かというのを聞いてから受けないと、折角転生したのに早死にしてしまいます。
なので私はキンバリー様の必要最小限という言葉に納得したため頷きます。
「まずお前さんに依頼したかったのは俺の護衛だな。だが、ただの護衛じゃない。近々行われる、とある貴族の誕生パーティーでの護衛だ」
「貴族のパーティーの護衛、ですか。それって騎士の人ではダメなんですか?」
通常の貴族のパーティーは招待された貴族と付き人のメイドや騎士、後はその会場の使用人しか参加は許されていません。
伝統もありますし多くの貴族が来ているため、襲撃などの危険をできるだけ減らしておきたいとの考えもあるそうです。
しかし、そんなパーティーに冒険者である私が護衛として参加することは出来ないはずですが……。
「本来は騎士の誰かを連れていくんだが、そのパーティーの主催者が騎士の参加を禁止したんだよ」
「確か本来なら騎士二人、メイド一人の計三人が付き人として参加するんですよね?聞いた話ではですけど」
「そうだ。だが主催する貴族が『ワシの屋敷の警備は完璧じゃ。護衛なんか連れてくるでない』とかほざいてな。連れていけなくなったんだよ」
「貴族様ってのは、色々と大変ですね」
「まったくだ」
本来なら護衛を連れていくも連れていかないもキンバリー様の自由なんでしょう。
しかし、連れていった場合は相手の貴族のことを信用していないと言っているのと同じであり、相手の名誉を傷つけてしまう可能性すらあり得るらしいです。
「さてフェリル、ここまで聞いて俺が何を依頼しようとしてたか分かるか?」
キンバリー様は私のことを試すように笑みを浮かべます。
恐らくは十分の一でも依頼内容を当てることができたら御の字といったところなんでしょう。
この世界には学校というのは存在していますが、それは貴族や王族が通うための場所で、庶民が通うというのはまず有り得ません。昔には特例で入学した庶民がいるらしいですが。
そのためこの世界の人たちは文字や計算というのは親から学ぶのがほとんどです。
たまに物好きな冒険者が子供たちに勉強を教えるということもありますが、そこまで難しいことまでは教えることはできていません。
そのためかキンバリー様は私がどこまで考えられるかを見ているのでしょう。
「そうですね」
少しキンバリー様の笑みにイラッときたので全力で考えてみます。
しかし、割りと難しく考えることもなく自分なりの答えは出てきました。
でもその答えが合っているかわ分からないので少し不安です。
「キンバリー様が私に依頼しようとしたのは『そのパーティーにメイドとして参加し、キンバリー様の護衛を行う』ですか?」
私なりの答えをキンバリー様へと伝えます。
当たっているかどうかは分かりませんでしたが、キンバリー様の驚いた顔を見ると完全に外れた、というわけでは無さそうです。
「いや、当たりだよ。精々パーティー会場の外の護衛って言ってくるのかと思ってたが、驚いたな」
「あ、当たりだったんですね。よかった」
正解だったことに思わず笑みが溢れてしまいます。
しかし、何でその依頼を私に頼もうとしたんでしょうか。Bランク以上で女性というのはこの街での数人はいます。
それこそCランクの私に頼むよりよっぽど早く確実だと思いますが。
その疑問をキンバリー様へ伝えると
「そういった冒険者は顔も知られているからな。そんな相手をメイドとして連れていったら『ワシのことが信用できんか』とか難癖つけてくるだろうからな。だがお前さんなら何と言われても言い訳できる」
「なんか釈然としませんけど、理由は分かりました」
「そうか。それで、俺の依頼受けてくれるか?依頼料に関してはいい値をだすぞ」
キンバリー様の言葉を聞き私は目を閉じて考えます。
キンバリー様は私が獣人だからといって蔑んだ眼を向けることはありませんでした。
私が女だということに対しても特に上から言ってくることもなく、それは貴族ということでも同じでした。
ここまで考えて私の中では、この依頼を受けてみたいと思うようになっていました。
「分かりました。その依頼お受けいたします」
「そうか!助かる!」
その後は依頼内容の細かな決定や、今後の動きに関しての話をできる限り話し合うのでした。