悪巧みと破綻
「これはどういうことかな、ワーテル子爵?」
「おっと動くなよ。これ以上罪を重ねさせるわけにはいかんからな、キンバリーよ」
あの悪魔との戦闘が終わった後、私はキンバリー様のところへ戻ろうとしたのですが、突然騎士の人達に囲まれ剣を向けられてしまいました。
キンバリー様の方も同じようで、そちらにはワーテル子爵がニヤニヤと笑いながらキンバリー様に話しかけています。
「一応確認するが罪とはなんのことだ?」
「悪魔を使い、この場にいた貴族たちを暗殺しようとしたことじゃよ」
何を根拠にと言いたいところですが、なかなか面倒ですね。
本来なら証拠を確認したりしなければならないところですが、仮にも貴族暗殺を目論んだ相手ともなれば、どんな相手であろうとも拘束しなければなりません。
そんな重要人物を拘束しないなど、自分もその暗殺に関わっていたと暗に言ってしまっているようなものになってしまいますからね。
それにキンバリー様が容疑者となってしまえば、キンバリー様の関係者は捜査には関与できなくなります。
となると捜査を行うのはキンバリー様と関係のない人達になるわけですが、恐らくその捜査にはワーテル子爵が関わってくるでしょう。
そうなれば、偽の証拠でもでっち上げてキンバリー様を陥れようとしてくるに決まっています。
「儂はな見たんじゃよ。あの悪魔が召喚される瞬間、お主の贈り物に悪魔召喚用の魔方陣が浮かび上がるのをな!」
「……はぁ?」
キンバリー様、完全に呆れ顔になっちゃってます。
多分私も同じ顔をしているんでしょうね。
私達のそんな表情に気づくこともなく、ワーテル子爵は勝ち誇ったように言葉を続けていきます。
「残念ながら悪魔の召喚に使われた道具はさっきの戦闘の影響で失くなってしまったが、そもそも戦っていたのは貴様のところの獣人の娘じゃ。これも想定しておったんじゃろう」
「一応言わせて貰うが、私がここにいる貴族を暗殺する理由はないぞ」
「そんなもの、貴様の屋敷を調べれば分かることだ」
まさかの私も共犯扱いにされてしまいました。
それに屋敷を調べればって言ってますけど、まず間違いなく偽の証拠を出すつもりですよね。
「この街のことを第一に考えてくれる良き男だと思っていたのだが、騙されてしまって儂はとても悲しいよ。しかし、いつまでも悲しんでばかりはいられん! 貴様の代わりに儂が領主となり、よりこの街を発展させると誓おう!」
何でキンバリー様が貴族を暗殺しようとしたという話から、ワーテル子爵が領主になるという話になっているんでしょうか?
それにいちいち話し方が大袈裟すぎて、まるで演劇でも見ているような気分になってきます。
まぁ、こんなに落ち着いていられるのも、ワーテル子爵の話の矛盾点を知っているからなんですけどね。
それに、悪魔の召喚に関しても思うところがありますし。
「ワーテル子爵よ。確認なんだが悪魔が召喚された時、私の贈った剣から魔方陣が浮かんでいたんだよな?」
「そうだと言っているだろう。悪足掻きなど醜いぞ」
いや、今のあなたのニヤニヤ笑いのほうがよっぽど醜いです。
あの笑いが私に向けられていたら、確実に鳥肌がたっていたでしょう。
「だとしたら私は犯人ではないな」
「何を言っている! 貴様ふざけるのも……」
「なぜならあの剣は悪魔が現れるよりも前に、貴様の子息が持っていっていたからな。悪魔が現れたときにはあの場所にはなかったんだよ」
「な、何!?」
でしたよね。
あの悪魔の召喚の少し前にシルバード君が持ち出してしまっていましたからね。
確かに召喚時にはあそこにはなかったですね。
「ば、馬鹿な! 嘘を言うんじゃない!」
「嘘じゃないよ、父さん」
「シルバード!」
話に入ってきたシルバード君。
その手には、例の剣が握られています。
ワーテル子爵はそれを見て青ざめます。
「そ、それは」
「キンバリー様から頂いた剣だよ。悪魔が現れた時も僕が持ってたんだ」
「ワーテル子爵。話を聞く限り、私の疑いは晴れたのではないか?」
「いや、それは」
「むしろ、私からも色々と聞きたいことがあるんだがな」
ワーテル子爵、顔が青ざめるところか白くなっちゃってますね。
まぁ、仕方ないでしょうね。
本来、こういった騒ぎが起こってしまえば会場の用意をしたワーテル子爵に苦情が行ってしまいます。
それも、貴族が多く来ているこの場ですから、確実に他の貴族からの評価は下がりますし、事態を終息させるためには他の貴族の手を借りなければならないでしょう。
そうなれば、必然的に多くの貴族に貸しを作ってしまうでしょう。
しかしこの騒動の原因がキンバリー様にあったのなら、全ての責任を押し付けることが出来ますし、キンバリー様の評価を下げることが出来ます。
いや、貴族が多く集まる場所で悪魔召喚なんてしたのですから、確実に貴族ではいられなくなるでしょう。
良くて没落扱い、悪くて犯罪奴隷となるか処刑でしょうね。
ワーテル子爵はそれを狙っていたから、悪魔の召喚はキンバリー様の贈り物が原因だと明言してしまったんでしょうね。
実際はその時には贈り物はなかったわけですから、怪しさ満点な状況になってるわけですが。
「いや、見間違いだったようじゃな」
「……ま、そう言うことにしておこう」
ワーテル子爵は安心したように息を吐き出します。
「しかし、今回の騒動の責任はどう取るつもりなのだ?」
「……は?」
「今回我らは貴殿が会場の安全を保証し、護衛は不要だと言ったからこそ最小限の侍女のみを連れてきたわけだ。だが、その結果がこれだ。今回は偶然腕のたつ侍女がいたからこそ死人がでなかったわけだが、最悪死人が出ていたかもしれんかったわけだからな。
流石に何かしらの責任を取らねば後に響いてくるぞ?」
キンバリー様の言い分はもっともですね。
そもそもワーテル子爵が『儂の屋敷の警備は完璧じゃ。護衛なんか連れてくるでない』って言い出したことですからね。
それに私には分かりませんけど、貴族としてのプライドやら何やらが関わってくるんでしょうね。
正直、転生した先が貴族じゃなくて良かったです。
領地の運営やら他の貴族との腹の探り合いやらなんて、やりたくはないです。
「いや、そもそも今回責任を問わねばならないのは、悪魔の召喚をおこなったものじゃろう! 見たところ召喚に使われた道具はあの悪魔が現れた衝撃で吹き飛んでしまったようで、机の上には何も残ってはいないがな」
「……ま、確かにな」
何とか責任逃れをしようとしてますね。
あくまでも悪いのは悪魔を召喚した人物であり、自分も被害者だと必死に語っています。
「フェリル。あの悪魔と戦って何か気づかなかったか?」
「おいおい、キンバリーよ。わざわざ亜人風情に聞くこともないじゃろう」
やっぱりワーテル子爵は、人間以外の獣人やエルフと言った亜人種のことを見下しているんですね。
さっきから、キンバリー様と同じように騎士の人達に囲まれている私のことには一切触れてきませんでしたからね。
あるいは、触れるだけの余裕がないだけかもしれませんがね。
「亜人だろうがなんだろうが、あの悪魔と戦ったのはフェリルだけなのだ。ならば、彼女から話を聞くのは当然だろう」
「そ、それはそうじゃが」
「えっと、気づいたことと言いますか、気になった点なんですが。あの悪魔、キンバリー様のことを狙ってましたよね?」
「そんなの偶然じゃろう! ふざけたことを言うな!」
いちいち突っ掛かってきて五月蝿いですね。
キンバリー様だけじゃなくて、周りにいる人達もワーテル子爵のことを冷たい目で、あるいは犯人を見るかのような目で見ています。
しかしワーテル子爵は周囲の視線に気づくことなく、私のことを罵り始めました。
「そもそもなぜ亜人の、そらも獣がここにいるんじゃ! この場は貴様のようなものが居ていい場所ではない!」
「…………」
「なんじゃその目は! 無礼者が!」
なぜか怒りの矛先が私に向いてしまいました。
さっきまで顔面蒼白だったのに、今は真っ赤になっています。
いい加減落ち着かないと、血圧上がりますよ?
「キンバリー様。最後に一つだけ言わせてください」
「なんだ?」
「悪魔召喚に使われた魔方陣が刻まれた道具は、あの贈り物の中には無かったと思いますよ?」
「……どう言うことだ?」
悪魔に限らず召喚に使われる魔方陣と言うのは、分かりやすく例えるならば扉みたいなものです。
私達が部屋に入るときにドアを開けてはいるように、召喚される生物は魔方陣からやってきます。
そしてそもそも、召喚には二つのやり方があります。
一つは実際にこの世界にいる精霊や魔物と契約を結んで呼び出す方法。
この場合は契約をしていますし、呼び出す相手がこの世界にいるので魔方陣は必要ありません。
そして二つ目が悪魔や天使といった、異なる世界にいる存在を呼び出す場合です。
この場合は異なる世界とかの世界を繋げる必要があるので、扉の役割となる魔方陣が必要不可欠となります。
そして今回召喚されたのは悪魔ですから、魔方陣が必要になります。
そして、後者の場合はこの世界にとどまるためにも魔方陣が必要になってきます。
そうなると、召喚の衝撃で魔方陣が刻まれた道具が吹き飛ばされると言うことは、ありえないのです。
「つまり、魔方陣は贈り物の中には刻まれていなかった、と言うわけか」
「はい。しかし悪魔が現れたのはあそこでしたから、あと魔方陣が刻まれているであろう場所は」
「テーブルか!」
すぐさまキンバリー様が会場にいた騎士の人に命令しテーブルを調べさせると、悪魔が召喚された場所のテーブルの裏側に魔方陣が刻まれていました。
この会場の備品を用意したのはワーテル子爵ですから、もう言い逃れは出来なくなりましたね。
それを察したからかワーテル子爵はその場に座り込んでしまいました。
その後ワーテル子爵は貴族暗殺の容疑で拘束されることとなり、パーティーも当然のことながら中断となりました。
その後はワーテル子爵家の屋敷内の捜査が始まることとなったのですが、流石に私は参加はできないので一足先にキンバリー様の館へ帰り、また後日伺うと言う流れになりました。
正直、しばらくは貴族関連の依頼は受けたくないです!
身体的にも精神的にもキツかったですしね!
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