魔晶病と治療
洞窟の奥に進んでいく私たち。
この洞窟は元々鉱山のような所だったらしく、所々に部屋のようなものが作られています。
そんな洞窟の一番奥にその部屋がありました。
部屋の中にはまだ少女にしか見えない子供が二人。奴隷よろしく綺麗とはいえない簡素な服を着せられています。
一人は人間の少女。背中まである赤い髪に緑色の眼。しかし、髪はただ切っていないだけのようでぼさぼさとしています。
こちらを見る目は怯えよりも好奇心のほうが強く、隷属の首輪がはめられていますが悲しそうな表情はしていません。
対するもう一人の少女は肩口で切り揃えられた緑色の髪と、髪と同じ緑色の目。よく見ると耳が少し長いのでエルフのようです。
二人とも町を歩けば人が振り返るほどの美少女です。
しかし、対するこちらの少女の目は絶望で塗り潰されています。
そして、少女の両手両足は紫色の結晶に包まれています。
魔晶病。
詳しいことは分かっていない、謎に包まれた病。
昔に比べればこの病については少しずつは判明してきましたが、それでもまだまだ分かっていないことのほうが圧倒的に多いのです。
分かっていることといえば、経路は不明だが感染すること。手、もしくは足が先からゆっくりと紫色の結晶に変わっていくこと。
そして結晶化の進行を止めるなら、結晶となっている部分を切り離すしかない。
しかしこの世界にはなくなった腕を生やす術はありません。ですので、この病にかかってしまうということは腕、ないしは足を失うということです。
そんな病だからこそ、魔晶病患者には関わらないという風習がこの世界では常になっています。
だからこそアンナさんも、ディアさんも少女たちに近づこうとはしていません。
「これは、どうするべきかの?」
「助けるためには、水晶化部分を切り離すしかないですけど……」
ディアさんとアンナさんは言いよどみます。
少女の水晶化している箇所は両手両足です。つまり、切り落としてしまうと四肢を失ってしまいます。
この世界には義手・義足はありますが、手に入れられるのは貴族位です。奴隷の少女たちが手に入れられるとは到底思えません。
「水晶部分さえ切り離せれば大丈夫なんじゃがな」
「どうしてですか?」
「魔晶病というのは生きている者の手足に結晶がついている状態でないと感染はせんらしい。一度切り離してしまえば、その結晶を体内に入れない限りは新たな感染者は生まれないらしい」
「……よく知ってますね。そんな情報は一切出回ってませんよ?」
「まあ、協力者からの情報じゃよ。信頼はできる相手じゃ」
そんな情報、冒険者・商業ギルドのどちらでも聞いたことがありません。
この情報ならどちらのギルドでも話題に上がるでしょうし。
それなのに話題にも上がってこないということは、その情報がまだフォルスの街まで届いていないのか。あるいは、まだ公表されていない情報だからなのか。
どちらにしても、ディアさんたちは何か隠していそうですね。
「取り合えず、水晶化部分を切り離さんとな」
「切り離すって、どうするんですか?」
「アンナが光魔法を使えるから大丈夫じゃ」
「はい! 任せてください!」
魔法には火・水・土・風・光・闇の六つがあります。
もちろんスキルを持っていなければ使えませんが、魔法のスキルは中々覚えることができないので、魔法を使える人は職には困らないと言われています。
目の前に義賊とはいえ盗賊になっている人がいますけどね。
その中の光魔法は基本的には癒しの効果が強く出てきます。
攻撃用の魔法もありますが、回復や状態異常回復の魔法が大部分を占めています。
その中には沈痛作用のある魔法も存在しているので、腕を切り落とすことに関してはそこまで抵抗はありません。
むしろ、魔物の中には強力な毒を使うやつもいるので、戦闘中に腕を切り落としたと言う話はよく聞きます。
切り落とした腕は戦闘後に解毒の魔法をかけて、回復魔法で付けるそうです。
そうこう考えているうちに、右腕が切り落とされました。
沈痛の魔法が効いているためか、少女から苦しそうな声は聞こえてきません。
そもそも絶望し切っている今では、腕を切り落とされたぐらいでは動じなくなっているのかもしれませんが。
腕を切り落とすと血が流れ出てきますが、切り落とすのとほぼ同時に回復魔法をかけているため、すぐに血も止まっています。
右手と同じ要領で残る左腕と両足も切り落としていくアンナさん。
正直怖いです。
「よし。これでいいはずよ」
「早いですね。それに正確でしたし」
「これでも元は治療院に勤めてたからね」
「……なんでこんな所にいるんですか」
「色々あるのよ。私にも」
治療院とは元の世界で言う病院のような所です。
治療院で働く人はポーション等の薬を扱う人と回復魔法を使う人の二種類の人がいます。
比率としては9:1位の割合なので、回復魔法を使える人は基本は治療院に勤めるか王宮に勤めるかの二択だといわれています。
やっぱりこの義賊団、何かありそうですね。
「さて、一先ずこれで一安心じゃな」
「そうですね。……そうだ。この子の結晶化した腕、貰ってもいいですか?」
「何に使うんじゃい」
「魔道具の材料に使えないかと……」
名前に『魔』が入るので何かに使えるんじゃないかと思っています。
使えないとしてもアイテムボックスに死蔵しておけばいいですし。
そんなことよりも、
「この子達、どうするんですか?」
「そうじゃな。この手足じゃ元の生活には戻れんじゃろうからな」
「そうね。かといってずっと私たちが面倒見るってのも現実的じゃないわね」
ディアさんたちは義賊である以上、一つの所に留まってはいられないでしょう。
そんな彼らの生活には少女は耐えられないでしょう。
そうなると、残る道はどこかの街へ預けられることになるでしょうが、その後どうなるかは分かりません。
普通ならその街で働いてお金を貯め、稼いだお金で故郷へ帰るか、その街に永住するかです。
しかし、手足がない少女となるとお金を貯める手段は限定的になります。
それこそ再び奴隷になるか、娼婦館で働くかでしょう。どちらにしても少女には辛い選択です。
それなら……
「あの、二人が良ければですけど、私が引き取ってもいいですか?」
「嬢ちゃんがか? 二人が良ければいいが、本当にいいのか?」
「はい。別に無償で引き取るわけじゃありませんよ。私の家の家事なんかを手伝ってもらいたいだけですから」
そういって肩をすくめます。あくまでも仕事を頼むために引き取るということを強調しておきます。
ディアさん達なら大丈夫だと思いますが、私なら無償でどんな人でも助けるという風に思われたくはないので。
そうなってしまうと他の女性たちも引き取らなくてはならなくなりますし、流石に私もそこまでの面倒は見れませんし。
「返事はアジトに帰ったときに聞きます。それまでに考えておいてくださいね」
「確かに、そろそろアジトに戻ったほうがよさそうじゃな。やつ等の仲間がまだ居るかもしれんからの」
もしかしたら何らかの魔道具を使って外に居る仲間に私たちの襲撃を伝えているかもしれません。
そうなると突然襲撃し返されて、こちらに被害が出るかもしれません。
そうならない為にもここで一夜を過ごすのではなく、アジトの洞窟へ戻ったほうが安全なのです。
幸いまだ日暮れまでは時間があるので、アジトへは余裕で戻れそうです。
そう判断し、ディアさんは他の仲間の人たちに指示を出していきます。
財宝は私のアイテムボックスの中に仕舞い込みます。
途中から他の人たちが仕分けをしてくれていたようで、仕分けはばっちり済んでいました。
少女たちは男性陣が背負ってくれたようなので一安心です。
……何で私も背負おうとするんですか。大丈夫ですよ。
疲れてもいないので大丈夫です。
残念そうな顔をしないでください!