転移者と転生者
「転移者と転生者の違い、ですか?」
ディアさんからの問いに私はゆっくりと考え込みます。
そんな私を急かすことなく、ディアさんは見てきます。
「転移者はこことは異なる世界からそのままやってくる人のことですよね。召喚の儀式でこちらが呼ぶこともあれば、急に現れる人もいる」
「そうじゃな。では転生者とは?」
「転生者はこの世界の人が前世の、それもこことは違う世界の記憶を思い出した人を指します。ただ、思い出す時期はその人によってまちまちで、生まれた時から前世のことを覚えている人もいれば、ある程度年を取ってから思い出す人もいます」
「正解じゃ。ならば、その両者の違いは分かるかね?」
両者の違いといわれると、分からなくなります。
そもそも転移者にしろ転生者にしろ、普段生活している分には話にも上がらないような存在なのですから。
それでも必死に考えます。
すると、一つの考えが浮かんできます。
正直、この考えが完全な答えだとは思えませんが、何も言わないよりはましでしょう。
「体の違い、ですかね?」
「体の違いとは?」
「転移者は体ごとこの世界に来ているのでその体は異世界のものです。しかし、転生者はいわば魂がこの世界の体に宿った状態なので、体そのものはこの世界のものです」
「そうじゃな。じゃが、それではまだ半分じゃよ」
半分といわれても、これ以上の答えはさすがに考え付きません。
なので早々にギブアップします。
「まあ、普通は転移者と転生者の違いなんぞ考えたりせんからな。そこまで考え付けば十分じゃよ」
「そうですか? ところで答えは?」
「うむ。答えは、特殊スキルの有無じゃよ」
「特殊スキル、ですか?」
この世界にはスキルが存在しますが、スキルは大きく二つに分けられます。
まず一つが普通のスキルです。これは適性さえあれば訓練しだいで習得ができます。
例えば剣術のスキルを習得したいのならば、剣の素振りを続ければ習得できる可能性があります。
しかし、これは人によって習得できる人とできない人に別れ、後者はどんなに剣を扱っても習得することができません。
そしてもう一つが今話しに出てきた特殊スキルです。これは普通のスキルの上位に位置しており、この世界でも習得しているのは五千人に一人と言われています。
それも普通のスキルと違って自力で習得できず、生まれた時に持っているか持っていないかとなっています。
特殊スキルは総じて強力なものが多く、世界にいる偉人の殆どが特殊スキル持ちとも言われています。
ちなみに、私が神様から貰ったスキルも特殊スキルに部類されます。
そして特殊スキルにはある特徴があります。それは例えば、特殊スキルとして剣に関するスキルを持っていた場合、普通のスキルとしての剣術のスキルを取得する必要がなくなるということです。
なので私はスキルとして[武の才能]を持っているので、普通のスキルで剣術やそれ以外の攻撃系のスキルを覚える必要がないのです。
そんなレアな特殊スキルをほぼ確実に所持する存在がいるそうです。
それが異世界からの転移者だそうです。
「転移者はその殆どが特殊スキルを所持してこの世界にやってくる。そして、どの転移者もレベルが上がれば保持する魔力量が多くなるんじゃ」
「魔力量ですか?」
「うむ。何故転移者は保持魔力量が多くなるのかははっきりと分かってはいないが、いくつかの仮説は立てられておる。ワシが一番有力だと思っておるのは、転移者たちのいた世界には魔力がなかったからだという説じゃな」
「それって、何か変わるんですか?」
別に魔力があろうが無かろうが関係ないような気がします。
そもそも魔力とは、元々は空気中に含まれている魔素が人の体内に入り、圧縮されたものを言います。
人によって一度に魔素を体内に吸収できる量と、魔力への変換効率は変わりますが、別に保持している魔力量が多くても魔法を使えない人には余り効果はありません。
私は魔道具を作る時に魔力を使用するので馴染み深いものですが、冒険者の中には魔力量は多くても一切魔法が使えないと言う人もいますし。
まあ、そういう私も魔法は使えませんが。
何度か魔法を使おうとはしてみたんです。そのために魔法を使える冒険者の先輩に頼み込んでも見たんですが、魔法に関するスキルを覚えることはできませんでした。
異世界といえば魔法だと私も考えていたので、使えないと分かったときには結構落ち込みましたね。
まあ、結局は魔道具に魔法の効果を付与すれば良いだけだと気づいたんですけどね。
普通の魔道具の作成では、作成者が覚えている魔法しか付与することができないんですが、私のスキルは特殊スキルであるせいか、どんな魔法でも付与することができます。
あまりにも上位のスキルとなると魔力が足りなくて付与できないんですけどね。
「この世界に人間は生まれながらに魔力を体に宿しておる。そして魔力は成長するに当たって必要不可欠なものでもあるし、生きていく上でも体内に一定以上は保持しておかんといけんのじゃ。ここまでは分かるか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃが、転移者は違う。転移者のいた世界には魔力は存在していないから、この世界に来ても魔力を体内に保持しとく必要は無いから、その分多く魔力を使用できるんじゃ」
「あの、普通人が体内に保持しておかなければ行けない魔力量ってどの位なんですか?」
「確か、最低でも広範囲魔法一回分くらいじゃったかのう」
「っこ!?」
広範囲魔法と言えば戦争時にしか使用されない魔法で、一回の使用で百人以上は殲滅できると言われています。
ただし消費する魔力量も多いらしく、使用者は魔法の使用後は一ヶ月は倒れると言われいます。
その広範囲魔法一回分の魔力が自由に使えるとなると、戦術の幅はかなり広がります。
「まあ、全員がそれほどの魔力を保持できるとは思えんが、少なくない人数はそれ程か、あるいはそれ以上に魔力を扱えるじゃろうな」
「それは、確かに強いわけですね。特殊スキルと魔力のハンデは強力ですし」
「まあの。だからこそ転移者は優遇されるし、世界の危機には勇者召還なんてのも行われるくらいじゃしな」
この世界でも勇者召還なんてあるんですね。
まあ、今のところ世界は平和そうなので大丈夫だとは思いますが。
……フラグっぽいですかね?
しかし、だとしたらさっきのディアさんの腑に落ちていなさそうな顔は何だったんでしょうか?
「あの、何が気になってるんですか?」
「ん? 気になってるとは?」
「いや、さっきから考え込んでいるような感じだったので。さっきの話の流れ的に私のことかと思ったので」
実際ディアさんが一番考え込んでいたのは、私が転生者だと打ち明けた後からでした。
だとしたら転生者ということに何か疑問を感じているのでしょう。
「ふむ。確かに気になることはあるが、今は聞かんよ」
「何でです? 何でも答えますよ?一番の秘密だった転生者だということは打ち明けたんですから」
「いや、流石に何でもかんでも教えてもらうわけにもいくまいて。自分で考えることも大事じゃしな」
そう言われれば私も余計な口を出すわけにはいきません。
「そうですか。まあ、聞きたくなったらいつでも聞いてください。その時にはお答えしますから」
「ああ。そのときはよろしく頼む」
そしてようやく作業を再開します。
しかし、その作業もすぐに止められることになりました。
「ボス。少しいいですか?」
「アンナか。どうした?」
ディアさんの仲間で数少ない女性メンバーであるアンナさん。
確か奴隷である女性たちのケアと人数の確認に行ってたはずです。
しかし、戻ってきた彼女の顔は少し青ざめています。
「それが、少し。いや、かなりまずいことになりました」
「ふむ、何があった」
「奴隷の中に、魔晶病の感染者がいます。それも、かなり進行している」
青ざめたままの顔でアンナさんは口にした魔晶病という言葉。
それは感染する不治の病といわれている病気。
それを聞いたディアさんはアンナさんほどではないにしろ、顔を青ざめさせました。