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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望の死を、人はどう見る

作者: 九里 睦美

はい、重めの内容です。

 痛い、苦しい。


 俺の肉体は今、最期の時を迎えようとしていた。もう、立つこともできない。


 目の前には大きな刃を持った男がいる。そいつが俺を切りつけた。


 男はまた、ゆっくりと刃を振り上げる。


 そして容赦なく振り下ろされる銀の刃。

 焼けるように痛い。

 肩の上に深々と突き刺さり、血が飛ぶ。


「ごめんなぁ、下手で」


 俺を殺しているのはサイコパスだ。叫んで助けを求めたいが、喉をやられていて声が出ない。


 一体俺が何をしたっていうんだよ。


 痛みも耐えられない程だが、それよりもっと耐えられないのはこの凍えるような絶望感だ。


「今度こそ楽にしてやるからなぁ」


 掲げられた刃に、俺の顔が映る。


 滑らかに曲線を描くそれには、俺の純粋な過去が映っていた。



 ♢



 俺はゴザの上で産み落とされた末っ子だった。

 生まれてすぐ、産声を上げて母を求めた俺だったが、母親はそれには答えてくれなかった。父親も見当たらない。


 育児放棄だった。


 兄や姉たちが力強く生きていく中、俺にだけ母親の愛情は––––母乳すらも––––回ってこなかった。

 兄弟たちが母乳にありつき、腹を満たした後、横たわる母親に俺が吸い付いても何も出なかったし、母親は俺が空腹のままでも、何もしてくれなかった。


 今思えば、それだけ母親も飢えていて、俺に回すだけの母乳を残せなかった、というのも考えられるか。


 なんにしろ、俺はその時捨てられたんだ。

 俺はそのまま痩せ細っていき、栄養失調に陥っていた。


 そのまま死んでいくはずの俺だったが、その命を繋ぎとめた男がいる。

 ボスだった。


 何処からか現れたボスは、父や母、兄弟からも見捨てられた、身寄りのない俺を拾った。


 ボスに連れて行かれた先には、他に沢山の子どもたちがいたのを覚えている。

 みんな、俺と同じような子どもたちだった。

 つまり、仲間だ。ボスは俺の命を救ってくれただけでなく、沢山の仲間まで、俺に与えてくれたんだ。


 物心ついた頃にそれを知った俺はこの時、生まれて初めて陶酔という感情を知った。

 俺はこの人に一生ついていくんだって、そんなことまで考えた。


 そう誓った俺は、ボスの言うことならなんだって聞いた。


 ボスの頼み事で、思春期になり、ギクシャクし始めた仲間たちの間を執り成したりしたのはほんの些細なこと。


 ……些細なことだったが、なかなか骨が折れたのを覚えている。

 俺は常にボスの立場を考え、仲間たちを見ていたから、客観的になれたが、仲間たちはそうではなかった。

 仲がよかったあいつとあの子がくっついたーだの、沢山の愚痴や噂話、惚気話やらを聞かされたもんだ。まぁ、それなら可愛いもんだが、たまに流血沙汰になることもあった。


 そんな中で、俺たちはみんなの身体の色が互いに違うことにも気付き始めた。


 ピンクみたいな肌色をしていたり、真っ黒だったり、黄色っぽかったり。

 純粋な俺たちはそれで仲間を貶めたりはしなかったが、自分が周りからどう見えているのかっていうことは気になっていた。

 ……そこは俺もそうだ。ボスにどう見られているのか、一時期とても気になった。

 俺はボスの役に立っているのか?ボスにとって一番でいられているのか?などと。


 思春期っていうものはそういうものだ。まったく、今考えればあまりに青く、馬鹿げたことだが。


 そして、この思春期も後半に差し掛かると、ちらほらといなくなる仲間が現れだした。


 恐らく、他の場所に刺激を求めて出て行ったんだろう。俺たちが夜、寝ている間に車が行き来していたのを覚えている。

 俺たちがいた施設は安心できる場所だが、刺激に欠けていたのが、原因だろうか。


 ボスと一緒にハイキングに出かけたりすることもあったが、すべては施設の中。毎回同じコースばかり。

 食事だって、俺たちの成長に合わせて変えられていたようだが、そのスパンが長が過ぎて、ずっと同じものを食べているようにしか思えなかった。栄養は満天だとボスは言っていたが。


 不思議なのは、みんな同じものを食べているのに頻繁に俺たちは計量を受けた、ということだ。当たり前のことだが、みんな、大体同じような体重だったようだ。

 まぁ、そんなことは刺激にはなりえない。


 ボスのお願いがない奴は、運動して、食べて、計って寝るだけだ。そんな生活に飽きても仕方ないと思わなくもないが、俺はボスへの恩を忘れたのか、と、そいつらに嫌悪を抱いていた。


 そういう奴らが増えると、それに比例してボスは、寂しそうな顔をすることが増えた。

 俺はそんなボスに寄り添い、その気持ちを少しでも和らげてあげようとこれまで以上に頑張ったものだ。


 俺は別に報われることを期待していたわけではない。ただボスに、恩返しがしたかっただけだ。


 仲間たちと混ざり、たまにボスのお願いを聞く。それだけで俺はボスに何かを返せている気がして、幸せだった。


 だが、そんな生活にも終わりはあるものだ。

 だがそれはあまりに唐突に。


 もう十分、立派な大人と言って差し支えなくなった頃に、大きなトラックが俺たちの施設にやって来た。


 そのトラックから降りてきた白ずくめの男たちに、俺たちは麻酔銃で例外なく撃ち抜かれ、意識が朦朧としてきたところをガチガチに拘束された。


 いきなりの出来事だった。不覚としか言えない。

 眼が覚めると、施設には俺とボスしかいなかった。

 いつもと違って静かな施設は、風通しがあまりに良すぎて、寂しい所となっていた。


 ボスも心を痛めているように見えた。

 寂しそうに涙を流すボスは、今まで連れて行ってくれなかった秘密の銀色の場所に、俺を連れて行ったんだ。


 そこでついさっき、俺は切りつけられた。



 ♢



 刃に映っていた思い出が消える。


 最後の一太刀がおれの首に命中した。


 これで俺の命も終わりか……。もう痛みは感じない。神経が切断されたからだろうか。


 最後に残った冷たい感情を込めて、俺は血まみれのボスを睨んだ。


「ごめんなぁ、お前だけは俺が殺してやりたかったんだ。せめてお前だけは……」


 まさか、仲間たちはもうみんな死んだのか?


 その思考が深まる前に、俺の意識は闇に沈んだ。


「のこさずたべてやるからなぁ」


 そんな声も、彼には聞こえない。


 男は血抜きを済ませ、しばらく熟成させるために、解体した肉を吊るした。


「ブー太、お前だけは売らずに、俺が食べる……」


 銀色の巨大なキッチンで、男の声が響いた。

読んで下さり、ありがとうございました。


どういう内容か、伝わったでしょうか?


皆さんも、なんでも残さず食べて下さいね。

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