夢の足跡②
王都の夜は遅く、朝は早い。
特に商売を生業にしている人たちは、日の出前には目を覚まし、完全に日が昇った頃には仕入れに赴くなどして開店準備を始めている。そんな人たち向けの屋台を通りに出す人もいるものだから、早朝とは感じさせないほどに大通りには活気があふれている。
その中でも、前方から歩いてくる白い甲冑姿の二人組は目立っていた。
磨き抜かれた鏡のような甲冑をまとい、颯爽と肩で風を切って歩いていくその姿を見て、人々は自然と二人のために道をあけてしまう。さらに少なくない人たちが頭を下げた。王家への汚れなき忠誠心を表す純白の甲冑は、王国騎士団の騎士でなければ身につけることを許されない色だ。
つまりは騎士。王国とそこに暮らす人々を守る騎士様なのだ。
遠目から見ても大柄な男と小柄な男の二人組だということはわかっていたが、近付いてきたことで、一人がまったく知らない男で、もう片方が自分の知り合いであることに俺は気がついた。
向こうも俺の存在に気がついたのか、こちらを見て小さく目を見開く。
「……ニルド」
七歳から十三歳までの子供たちが通う学校で、ずっと同じ教室で授業を受けていた、ある意味では幼馴染みというべき男。卒業後は騎士学校に進学し、そのまま騎士となったことは知っていたが、実際にこうして騎士となった姿を見るのは初めてである。
過去に色々といざこざがあった男ではあるのだが、一人の幼馴染みとしては、その栄達を祝福するべきなのだろうか。騎士ともなれば、一代かぎりの騎士候を名乗れる。つまり歴とした貴族になれるのだ。
だが俺の胸に込み上げてきたのは、そんな喜びとは無縁の暗い感情。我ながら情けないことに、嫉妬の感情しか浮かんでこなかった。
そんな風になんとも言えない顔で道の真ん中で立ちつくしていると、向こう側から近付いてきた。
「よう、久しぶりじゃねえか」
「……どちら様でしょうか?」
いきなり話かけられ、思わずそう返してしまった俺は、たぶん悪くない。
できればそのまま二人して去っていって欲しかったのだが、大きな体つきにふさわしい太い腕で俺の肩を掴むと、話しかけてきた彼は顔を近づけてきた。
「おいおい、まさかオレのことを忘れたなんて言わないよなぁ?」
「いや、知らないけど。記憶にないな」
「はははっ! 冗談だろ?」
「冗談じゃありません。人違いじゃないですか?」
「人違いじゃねえよ! よ~くオレの顔を見ろ!」
なにが悲しくてお前みたいな奴の顔をよく見ないといけないんだよ。
そんなに見なくとも、その尊大なしゃべり方を聞けば、嫌でも思い出すというものだ。
「ああ。よく見たら、騎士学校の入学試験のとき、俺にこてんぱんにやられた奴じゃないですか」
「違う! お前が卑怯な手を使うから恥を掻かせられたんだ! この卑怯者!」
「卑怯な手?」
俺は今から七年近く前のことを思い出す。
騎士学校への入学試験では、応募してきた生徒同士の模擬戦が行われたのだが、その模擬戦で戦った相手が、なにを隠そうこの野人感丸出しの大男だった。しっかし、あのときから本当に顔が変わってないな、こいつ。ついでに性格も。
俺と試験官たちの前で戦ったときも、こいつは自分がいかに素晴らしい存在なのかをアピールし、俺をこき下ろしまくった。そのあげくに俺を一撃で負かすと宣言し、そして俺に一撃で負けた。
「あの簡潔極まりない試合のどこに、卑怯者呼ばわりされる理由があるんだ?」
「大いにある! いいか? 騎士学校の入学試験はな、そもそも選ばれた人間しか応募してはいけないんだ!」
「……応募要項にそんな決まりはなかったはずだけど?」
「わざわざ記されるまでもなく全員がわかってるからな。Bランク以上の戦闘系スキルか、魔法スキルを持たない人間は騎士学校に応募をしない。それが暗黙の了解という奴だ。だというのに貴様は応募をした。それだけでも許し難いというのに、さらに貴様はいかなる手段を用いたか、優秀なオレを妬み、卑劣な手段で追い落とそうとした。許し難い卑怯者だ!」
「それって結局、負けたお前の逆恨みだろ?」
「負けていない! 断じてはオレは負けていない!」
そう大声で怒鳴りつけたあと、彼は一転、にやにやとした笑みを浮かべて言った。
「そうだ。オレは貴様には負けていない。それはあのときの試験官たちも認めている。だから貴様は次の面接で落ちて、オレは受かったのだ」
「…………」
それは事実だろう。その純白の鎧を見ればわかる。
一次試験の模擬戦では、勝敗はそのまま試験の合否に直結しなかった。もちろん勝つにこしたことはないのだが、負けても奮戦すればいい。騎士学校での試験で求められるのは、その時点での実力ではなく将来性だ。
だから、俺は二次試験でステータスの開示を求められたとき、自分のステータスを見せながらこう言ったのだ。
「たしかに俺のステータスは誰にも読めません! スキルだってわかりません! けど絶対に高い剣士スキルを持ってる! 俺は誰よりも強くなる!」
声も高らかに、騎士となった男が謳い上げる。それはあのとき俺が騒然となっていた試験官たちを前に口にした啖呵だった。一緒のタイミングで面接を受けていたこいつは、あのときの言葉を覚えていたのだ。
覚えていて、鼻で笑った。
「強くなるだと? 剣士スキルを持ってるだと? あんな訳の分からないステータスを見せられて、誰が信じられるか! 馬鹿も休み休み言え!」
そう、誰も信じてはくれなかった。
その結果が今の俺だ。そして目の前の男だ。
試合に勝ったステータスの読めない俺は入学できず、試合に負けた高い剣士スキルを持っていたこいつが入学を果たした。それがあの日の結末だった。
「いいか? 弁えろよ? 人間ってのは、生まれながらに進むべき道が決まってるんだ。神より与えられたスキルに沿った天職に進むことが正しい道なのだ。ふさわしいスキルもないのに騎士になろうなど、騎士はもちろん、他の騎士を志す将来の英雄たちへの侮辱に他ならない!」
この言葉に対して、周囲にいた人は誰も否定の声を上げなかった。むしろ声に出さないだけで、同意している様子すら見られる。
彼はそれに気分を良くした様子で、「もっとも」と言葉を続けて俺の姿を見た。
「世界は広い。その天職すら持たない奴もいるようだがな。……誰にでもなれる薄汚い冒険者という職業は、実に貴様にふさわしい職業だな」
「っ!」
いい加減我慢の限界だった。
視線に哀れみすら込めてせせら笑う目の前の顔をぶん殴ってやろうと、拳を固める。
だが実際に俺が殴りかかる前に止める声があった。
「言い過ぎだ。我が騎士団の先達の中には、元冒険者の方々もたくさんおられる」
「……クリストファ卿はお優しいことだな」
相方に注意され、そのうるさい口を閉じるかと思えば、俺を見下ろしながら彼は続けた。
「たしかに上級冒険者となって活躍すれば、騎士にスカウトされることもある。騎士学校に入学できなかった以上、現職の騎士五名からの推薦による入団。それが騎士になる唯一の道だな。だがそれはほんの一握りの才能ある冒険者にだけ許される出世だ。貴様みたいな奴には到底叶わない夢だよ」
「……そんなの、やってみないとわからないだろう」
「わはははっ! これは傑作だ! 貴様、まだ騎士になるのを諦めてなかったのか? もういい大人だろうに、夢と妄想の区別もつかなげふっ!」
大笑いするその顔を殴り飛ばそうとした直前、またしても横にいた奴にその役目を奪われる。
「ク、クリストファ卿。貴様なにを?」
「ボクはやめろと言った。これ以上騎士の品位を落とすような真似は慎め。でなければ今度は本気で行く」
「わ、わかったよ」
あごに思い切りアッパーを食らった彼は目尻に涙を浮かべつつ、歩みを再開させた相方に続いて歩き出した。
もちろん、最後に俺への捨て台詞も忘れない。
「じゃあな、名前を聞いたこともない冒険者! 精々、無駄な努力を続けてくれ!」
「……すまなかったな」
すれ違う際、相方の言動に小さな声で詫びだけ入れ、そうして二人の騎士は去っていった。
俺はその背中をしばらくにらみつけていた。
幼馴染みと自分との間で開いた距離に。
俺は、にらみ続けることしかできなかったのだ。
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