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だけど私は諦めない⑧



「ブレスが来る! その横穴に入れ!」


 前を走っていた仮面の騎士の指示に、半ば条件反射のように私はすぐ先にあった横穴へと飛び込んだ。


 仮面の騎士は横穴に入ってすぐのところで立ち止まると、ライを通路の奥へ放り投げ、自分のステータスを開いた。


「ダークサンクチュアリ!」


 なにをするのかと思った私の前で、仮面の騎士は通路の入り口に向かって魔法を発動する。炎にも似た漆黒の息吹が地面より噴き上がり、横穴を塞ぐ蓋となった。その密度たるや、まるで最初からそこに壁があったかのよう。


 仮面の騎士が使ったのは、使い手の少ないことで知られる暗黒魔法だった。


 神聖魔法同様に詠唱を必要としない魔法だが、暗黒魔法は使う度に代償を支払う必要がある。仮面の騎士は魔法を使ったあと、口から血を吐き出した。


 代償がある代わりに、暗黒魔法の威力は魔法の中でもとりわけ高い威力がある。どうやら今回のそれは防御のための魔法のようだが、これならきっとヒュドラの攻撃でも耐えられるはず。


 そう思った私はまだまだヒュドラのことを甘く見ていた。


 仮面の騎士が暗黒魔法を使ったすぐあと、私たちが先程まで走っていた通路をヒュドラの放ったブレスが駆け抜けた。


 猛烈な熱波を伴う炎のブレス。それは暗黒魔法で作った壁ごと周囲の壁を溶かし、高熱によって私たちの肌が炙られるほどであった。もしも仮面の騎士が壁を作ってくれていなければ、今頃炎によって燃やし尽くされていただろう。


 だがヒュドラのブレス攻撃はこれで終わりではなかった。


 上昇した周囲の気温が急激に冷めていく。

 

「氷のブレスが来る! 逃げるぞ!」


 仮面の騎士は再びダークサンクチュアリで即席の壁を作ると、口元を血で濡らしながら走り始めた。私も彼を追いかけてその場から離れる。


「悪い。もう大丈夫だ」


 ライもようやく一人で立ち上がり、私に並んで走り始めた。


 直後、背後で冷気の渦が爆発した。

 漆黒の壁が周囲の通路ごと凍り付き、もろく崩れ去っていくのが分かった。

 

 そしてこれで終わりではなかった。他にも炎や氷の吐息を放つモンスターはいるが、それらモンスターも延々とはブレスを吐き出すことはできない。相応の溜めが必要となるのだが、ヒュドラにはそれが存在しない。


 いや、正確には存在しているのだろう。だが九つの頭を持つヒュドラは、それぞれ異なるブレスを吐くことができるのだ。


 炎、氷と続き、酸、稲妻、水と立て続けに凶悪なブレスが放たれた。それを仮面の騎士が上手く通路を利用し、魔法で通路を塞ぐことでなんと避けきることに成功したが、横穴へ横穴へと飛び込んだ結果、私たちはほとんどヒュドラから距離を稼ぐことができなかった。


 さらに通路は度重なるブレスによって破壊、拡張され、入り組んでいた通路は大きな巨大な空間となって私たちの姿をヒュドラ本体の前にさらけ出した。


 再び九対十八個の瞳が私たちを捉える。頭のひとつが鎌首をもたげ、大きく口を開いた。


「まずい。耳を塞げ!」


 それぞれの頭の特徴を見て、次になんのブレスが来るのか仮面の騎士だけは分かったのだろう。自らの耳を塞ぎつつ、私たちに大声で指示を出した。


 私とライが耳を塞ぐのと、ヒュドラが音のブレスを吐き出すのは同時だった。


 ヒュドラの口から不快極まる音が放たれたかと思えば、揺さぶられた大気が衝撃波となって私たちに襲いかかった。


「きゃああああ!」


「うぁああああ!」


 私とライは悲鳴をあげて宙を舞い、床にたたきつけられた。


「くっ!」


 唯一立って耐えた仮面の騎士は、ヒュドラの方を見て剣を引き抜いた。


「ここは私が食い止める。君たちは先に逃げろ!」


「そんな!」


「安心しろ、私もすぐにあとを行く。なぁに、相手を煙に巻いて逃げるのは得意分野だ。欲を出さなければ死ぬことはない。ライ! システィナを頼むぞ!」


 このままでは逃げ切れないと判断した仮面の騎士は、私たちを庇ってヒュドラに立ち向かっていった。


「わかった! すぐに追いついて来いよ!」


 ライは仮面の騎士を信頼していると見えて、立ち上がって私の腕を取った。


「逃げるぞシスティナ!」


「け、けど!」


「仮面の騎士は思ってるより強い。だから俺たちがいなくなれば逃げられる。だから今は行くんだ!」


「……わかったわ」


 一人分減った分小さくなった照明石の明かりを頼りに、出口を目指して走る。


 甘かった――逃げる私の脳裏を過ぎるのはそんな言葉だった。


 私たちはヒュドラを甘く見ていた。あんな怪物がいる場所に入ろうなど無謀だった。目を盗んで薬草を採取するなんて、あまりにも無謀な冒険だったのだ。


「悪いな、俺があそこで悲鳴なんてあげなければ」


 私の横顔を見て、ライは謝る。

 私は滲みそうになる涙を拭い、走りながらライに聞いた。


「ライ、頭痛はもう大丈夫なの?」


「まだ頭は痛い。けど耐えられないほどじゃない」


「そう」


「システィナの方こそ大丈夫なのか? 顔色が悪いけど」


「え?」


 自分の顔を触る。顔色が悪いと言われても自覚はなかった。頭が痛かったり気持ち悪かったりもしない。


「オープン」


 念のため、閉じていたステータスを開いて確認する。


『システィナ! なにをしているのですか!?』


 開くとフィリーアが大声で怒鳴りつけてきた。


 話の途中でステータスを消したことを怒っているのかと思ったが、そうではなかった。


『猛毒のバッドステータスが出ています! 早く治療を!』


 ステータスの名前の横に、状態異常にかかっていることを知らせる赤い紋様が表示されていた。髑髏に似たその紋様は私が毒にかかっていることを証明している。しかも紋様の色は毒々しいほどの赤だ。色が濃いほど強力な毒にかかっていることになる。


 そんな自覚はないのだが――そう思った次の瞬間、なにかがのどの奥から込み上げてきた。


 耐えられずにそれを吐き出す。それはドス黒く変色した私の血だった。それを見た瞬間、今まで忘れていたかのように、突然の激痛が襲いかかってきた。


『ヒュドラの毒です! すぐに持ってきた毒消しを!』


 ヒュドラに遭遇する可能性を考えて、今回の冒険前に強力な毒消しを仮面の騎士から渡されていた。


 けど無理だ。とても毒消しなんて取り出せない。身体が痛くて痛くて、私はその場に倒れて藻掻き苦しむことしかできなかった。


「システィナ!」


 ライが自分の分の毒消しを取り出して、私に飲ませるために近付いてくる。


 小瓶に入った赤い液体。あれを飲めば痛みが和らぐことは分かっている。けど全身が痛くて痛くて痛くて私は暴れ回ることしかできなかった。


「落ち着けシスティナ!」


『そうです、落ち着くのですシスティナ!』


 ライとフィリーアが声をかけてくるが、その声すら今の私には痛みに感じられて答えられない。


「システィナ、くそっ! なんて馬鹿力!」


 ライが私を組み伏せ、強引に毒消しを飲ませようとしてくる。両手両足を押さえつけられたことで暴れられなくった私は、身体を襲う毒の痛みを紛らわせずに、口から獣のような絶叫を上げた。


『システィナ』


 そんな私を案じるように、フィリーアが呼びかけてきた。


『わたくしの声に耳を傾けるのです、システィナ』


 優しく、甘く、フィリーアは囁くように言う。


『その痛みに耐えられないのならば、どうぞわたくしに身体をお預け下さいませ。そのような痛み、わたくしであれば針の先で刺されたようなもの。あなたの代わりにいくらでも耐えてみせましょう』


 本当に?


 フィリーアの申し出は、今の私にとっては天からの助けのように感じられた。この痛みから解放されるのなら、それがどんな悪魔の誘いであっても構わないとすら思えた。


『だから契約を。ご安心下さいませ。これはなんら恥じることはない、世界を救う契約なのですから』


 なら受け入れよう――そう答えようとした私の口を、なにか別のものが塞いだ。


 そして私の口へとなにかが流し込まれる。

 口を塞がれた私は、それを飲み込むことしかできなかった。


『なななっ!?』


 フィリーアが悲鳴を零す中、私の口を塞いでいたものが離れていく。


 呼吸を再開することができた私は、ようやくあれだけ辛かった痛みが消えていることに気付いた。


 つまり私は毒消しを飲んだのだ。いや、飲まされたと言った方が正しいか。


 痛みの残滓にぼんやりとしていた頭が正常に動き出したことで、私はすべてを理解した。私を組み伏せるライの顔を至近距離で見上げ、今度は別の理由で全身に衝撃が走り抜けたのが分かった。


「ら、ライ。あ、あんた今!」


「じ、人命救助だから」


 ライも顔を赤くして、自分の濡れた口元を拭った。


「お前、暴れるから、両手は離せなかったし、そうなるとこうするしかなかったし!」


「う、うぅう」


 私は顔どころか首筋まで真っ赤になっていくのが分かった。


「……キスされた」


 事実を口にしてつぶやく。


「ライにキスされた」


 ライはバツの悪そうな顔で顔を背けると、ゆっくりと私の上からどいた。


「ライにキスされた」


「……わ、悪かった」


 起きあがって再度訴えると、ライは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……別に謝って欲しいわけじゃない」


 そうだ。私は別にライに謝って欲しいわけじゃない。助けてくれたことは純粋に感謝しているし、キスされたことだって正直悪い気はしない。


 問題はヒュドラの毒が痛すぎて、唇を重ね合わせていたときの記憶と感覚がすっぽりと私の中から消えてしまっていることだった。キスしたという事実は理解できても、キスしたんだ、という実感がない。それが悲しい。


「……助けてくれてありがとう。でもこれ、ノーカウントだから」


「は、はい」


 だから私が出した結論はそれだった。ライも頷く。


「よし、じゃあこの話は終わり。蒸し返すのもダメだから」


 こくこくと頷くライに、私はほんのりと熱の残った唇を気にしながら立ち上がると、自分の分の毒消しを取り出してライに渡した。


「はいこれ。私が毒に侵されてたなら、あんたも毒に侵されてるかも知れないし、一応飲んでおいて」


「そうだな。見た感じ、大丈夫だとは思うけど一応」


 ライは瓶に入った毒消しを一気にあおる。


「けど私、いつの間に毒を受けてたんだろ?」


『わたくしは見ていました。ヒュドラの首のひとつが、薄く毒の吐息を吐いていたのです。それが通路を漂い、システィナの体内に侵入したのでしょう』


「なるほど。……あとあんた、痛くてあんまり覚えてないけど、私になにか言わなかった?」


『毒の痛みから逃れるために、わたくしに一度身体を渡してはどうでしょうと提案はしました』


 悪びれた様子もなく宣うフィリーア。あれは痛みによる幻聴とかではなかったらしい。


「人の弱みにつけ込むなんてサイテー」


『ちょっと待ってください。わたくしはあくまでも善意で!』


 慌てて弁解するフィリーア。あとライが胸を押さえてダメージを受けていた。フィリーアの声が聞こえていないので、私の言葉が自分のことを言ったようにライには聞こえていたのだろう。


『聞いてください、システィナ! わたくしはこれまでの皆にそうしたように、代わりにあなたの痛みを背負うべくですね!』


「ライ。ほら、行くわよ」


『システィナ!』


 フィリーアの弁明を無視して、私はライを促した。また毒になる可能性があるのでステータスは閉じないが、無視だ無視。


「…………」


「ライ?」


 私が誘っても、ライは出口を目指そうとはしなかった。


 反対の方角を見て、なにから難しい顔をしている。


「ライ? どうしたの? 仮面の騎士なら、きっとすぐに追いついてくるわよ」


「いや、システィナが毒にやられたのなら、仮面の騎士も毒にやられてるはずだ。お前があんなに痛がって暴れるくらいの毒だ。戦闘中に発症したら……」


 私にもライが言わんとしていることがわかった。もしも仮面の騎士も毒にやられていたら、きっと隙をついて逃げるなんて言っている場合ではないだろう。毒の影響はヒュドラの近くにいる仮面の騎士の方が強く受けているはず。最悪、すでに死んでいる可能性も……。


「システィナ。ごめん。お前一人で先に行っていてくれ」


「仮面の騎士を助けに行くなら私も行くわ!」


「ダメだ。システィナを危険な目には――」


 ライの言葉の途中で地響きが近付いてくるのが分かった。猛烈なスピードで私たちのところへとやってくる。


「まさか!」


 ライが咄嗟に私の手をつかんで、地響きが近付いてくる方向とは反対側に引っ張った。


 予想どおり、壁を壊してヒュドラが頭をのぞかせる。九つの首のひとつだけが、胴体から長く長く伸びて私たちを追いかけてきていた。


「ちくしょう! そういう風にも出来るのかよ!」


 九つの首はそれぞれ別の吐息を吐き出すだけではなく、別の敵を追うこともできるのか。しかも伸縮自在に地面を掘り進めて追ってくるのなら、ヒュドラからは逃げられない。


「システィナ! ここは俺が食い止める! だから先に出口に向かってくれ!」


 先程の仮面の騎士のようなことを言って、ライは剣を手にヒュドラに立ち向かっていった。


「はぁあああああ――ッ!!」


 上段に構えた剣を、ヒュドラの頭に向かって振るう。


 道中に出てきたどんなモンスターも切り裂いた一撃は、しかしヒュドラの表皮に弾かれてしまった。


 ヒュドラは壁を崩しながらさらに通路に這い出てくると、ライに向かって口を開いた。ブレスの構え。なにが来るのかと身構えたライに対し、ヒュドラの口から放たれたのは毒のブレスのだった。霧状の猛毒が渦を巻き、ライを飲み込んで吹き飛ばす。


「ライ! くっ!?」


 毒消しを飲んだ私でも、近くにいるだけで再び肌に激痛が走るほどの猛毒だ。


 直撃を浴びたライは、しかし立ち上がると再び剣を構えてヒュドラに向かっていった。毒はライになんの痛痒も与えていないようだ。


「ライには毒が効かないの?」


『あのヒュドラの吐き出す毒は毒であって毒ではありません。ステータスを呪うドラゴンのそれに似た呪毒です。ゆえにドラゴンであるライ・オルガスには効かないのかも知れません。だからシスティナ、今はライ・オルガスの言っていたとおりに逃げましょう。わたくしがいる以上あなたは決して死にませんが、だからこそ毒は天敵です』


 私を心底心配する口ぶりでフィリーアが逃走を促す。


 戦況を見る。毒のブレスの効かないライにヒュドラは攻めあぐねているようだった。通路が狭いため、ヒュドラは自由自在に動き回ることが出来ないでいた。壁を壊して移動できるが、その分だけ動きは遅くなる。ライの敏捷性なら避けられないほどではなかった。


 けどライの逃走を許すほどの速度の差でもなかった。毒のブレスが効かなくとも、ヒュドラにはその暴力の塊に等しい身体がある。噛みついても、身体を叩きつけても、たった一撃でライの身体をズタズタに引き裂くだろう。そしてライの攻撃は一切ヒュドラに通じていない。


 ならば、逃げられるはずがない。逃げていいはずがない。


「システィナ早く!」


 地鳴りと共に襲いかかってくるヒュドラから逃げまどいながら、ライが叫ぶ。


「フィリーア」


 私は決意を固めた。自分の中に潜むスキルの名を呼ぶ。


 そう、私にはライを助けられる力があるのだ。


「フィリーア。私はライを助けたい。だから契約して。力を貸して。あなたの力でヒュドラを倒して!」


『わたくしにドラゴンを助けろと、そう言うのですか?』


「そうよ。それが私の契約する条件。ライを助けてくれるのなら、私はあなたと契約してもいい』


『……ライ・オルガスは必ずドラゴンになります。それでも助けると?』


「何度も言わせないで。ライはドラゴンになんかならない。ライは人間よ」


『ならば仕方ありません。あなたには現実を知ってもらわなければなりませんね』


 ライの扱いにおいて譲ることのないお互いの妥協点として、フィリーアはそう口にした。


『これよりあなたにライ・オルガスの本性を見せましょう。そのあとにもう一度問います。それでも変わらずライ・オルガスを助けるとあなたが言うのでしたら、よろしい、わたくしは初代聖女フィリーア・ヴァレンタインに誓って彼を助けると誓いましょう』


「どういうこと? ライの本性を見せるって」


 私と契約を結ばない以上、フィリーアには外界へ直接働きかけることはできないはずだ。周囲を見て、感じることはできても、私に話しかける以上のことは……。


『先に謝っておきましょう。申し訳御座いません、システィナ。けれどこれはあなたにとっても良き練習になるでしょう』


 理解できない私に、フィリーアは心苦しそうにしながらも、なんでもないことを提案するように告げた。



『――ここで一度死んでみてください』



 直後、私は地中から突然現れた、別のヒュドラによってかみ殺されていた。


「…………え?」


 呆然と、唖然と、そうつぶやいたのは、果たして私だったか、それともライだったのか。


 ヒュドラに身体を食いちぎられた私は、首から上だけの生き物になって、血を吹き上げながら地面の上を転がった。ころころころころと小石のように転がっていって、ライの足にこつんと当たった。


 私の青い瞳とライの瞳が見つめ合う。


「し、システィナ……?」


 ライはその手から剣を取り落とすと、膝をつき、私の首を両手で持ち上げた。


 その目から涙があふれる。ああ、ライの涙を見るのはいつ以来だろうか?


 私の死に涙するライの背後で、二体のヒュドラが首を持ち上げてライを見下ろす。


 片方のヒュドラは口の端から炎を迸らせつつ、くちゃくちゃと肉を噛んでいた。私の身体を咀嚼していた。


 つまり私の身体はあそこにあって。私は今首しかなくて。


 ということは死んでないとおかしいのに、なぜか生きてこうして考えていることができていて……。


 なにこれ? つまりどういうこと?


 意味が分からなくて、なにが起こったのか理解できなくて、首がないから首を傾げることも声を発することもできなくて、瞳だけでライに訴えかける。私、死んでるのに生きてるんだけど?


「…………」


 ライはもう私の顔を見ていなかった。そっと私の首、いや、首の私を床に置くと立ち上がり、ヒュドラを静かににらみつけた。


 その瞳が毒に犯されたかのように赤く、赤く染まっていく。


 ライのその紅の瞳を見て、ヒュドラたちがそろって怯えたように後ろに下がっていく。


 けれどライは逃走を許さなかった。

 両手を上げて、ただ一言、獣の唸り声のような低い声で告げた。


「――死ネよ」


 刹那、ライの両手から闇の塊のようなものが噴き出して、二体のヒュドラの首を捕まえる。


 闇はやがて鋭い鍵爪を持つ巨大な腕に変わると、万力のようにヒュドラたちの首を締め上げた。たまらずヒュドラが毒と炎の吐息をライに目がけて吐き出す。だがそれはライの身体に触れる前に、やはりライの背中から噴き上がった闇によって防がれてしまった。


 炎と毒の噴射が途切れたとき、その闇は巨大な翼に変化していた。漆黒の翼に。


 ――なにこれ?


 無表情でヒュドラを絞め殺そうとしているライを見て、私は身体がないのに心底から震え上がった。ヒュドラから感じたものと同じ、いや、それ以上の原始的な恐怖を今のライからは感じられた。


『どうですか? これがライ・オルガスの正体です』


 首だけになった私の背後に、私のステータスがやってくる。


『なんて禍々しい姿。たとえ人の形をしていようとも、その気配をこのわたくしが見逃すはずがないのです。やはりライ・オルガスは――』


 フィリーアは忌々しそうにライをそう呼んだ。

 これまで何度となく呼んだ呼び名を、今こそふさわしいと主張するように。



『――アレはドラゴンです。世界を滅ぼす怪物なのです』



 ライの手が果物のようにヒュドラの首を握りつぶす。大きな首がぼろりと落ちる。


 今の私と同じような有様になったヒュドラを見下ろして、ライはとても愉しそうに嗤った。それはもはや人の言葉ではなく、怪物の咆吼に他ならなかった。


「ァアアアアアアアアアア――ッ!!」


 それでいて、それはどこか悲しそうな声だった。


 

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