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だから俺は諦めない②



 それから二日の間を、俺はどこともよくわからない一室で過ごすことになった。


 連れて行かれた教会だか聖堂だか分からない場所の一室は、まぶしい程に真っ白で落ち着かない。うちの元々は白かったんだろうな、と思わせる古びた孤児院とは違いすぎる。広い部屋に一人でいることも、どこの部屋にいってもチビたちが騒いでいる孤児院とは違って落ち着かない。


 落ち着かない。そう、俺は落ち着かなかった。


「くそっ、なんなんだよ!」


 部屋の中を行ったり来たりしたり、ベッドの上で飛び跳ねたりしながら、不安を紛らわせようとするが上手くいかない。


「誰か説明しろよ!」


 我慢できずに鍵のかかった扉に怒鳴り散らすも、なんの反応もない。


 説明もなくこの部屋に無理矢理入れられたあと、どれだけ待ってもやはりなんの説明もされなかった。時折扉の下の小窓から食事が差し入れられるので、誰かが部屋の向こうにいるのは分かっているのだが、なにも答えてくれない。


 これじゃあ、まるで牢屋に入れられているようだ。 


 いや、もしかしたら本当にここは牢屋なのかも知れない。


 部屋には入り口の扉以外には窓もなく、外の様子をうかがうことは一切できないようになっている。唯一の出入り口である扉にも、部屋の内側には取っ手すら存在しない。トイレも部屋の奥の小さな空間で出来るようになっていて、なんと小さな湯船までが設えられていた。食事さえ差し入れられれば、一生をここで過ごすことが出来るようになっているのだ。


「……もしかして、俺、咎持ちなのかな?」


 その可能性が脳裏を過ぎる。


 咎持ち。咎人系スキル保有者。そう呼ばれるスキルを持っていた生徒は、ステータス開示の際に兵士に連れられて牢に入れられると噂されていた。


 実際、俺の学校でも三年前にこの咎持ちが出たらしく、上級生の中には兵士に連れて行かれるその姿を見た人もいるらしい。そして今回の自分に置き換えてみれば、まさしく自分は兵士に連れて行かれた咎持ちそのものだろう。


 説明がされてないだけで、俺の読めないステータスは咎人系スキルによる影響なのかも知れない。


 そうなると、俺は一生をここで過ごすことになるのだろうか? 孤児院のチビたちに、先生に、システィナにもう二度と会えなくなるのだろうか?


 あの憎たらしいニルドでさえ、もう会えなくなると思うと少しだけ寂しく感じる。涙が、ちょっとだけあふれてくる。







 それからさらに一日が経過したあと、ようやく部屋の扉は開かれた。


 することもなくベッドの上でぼうっとしていた俺は飛び起きて、扉を蹴破る勢いで開け放ち、部屋に入ってきた人を見やる。


 綺麗な女性だった。年齢は三十歳前後くらい。長い真っ黒な髪に、黄金に輝く瞳が印象的だった。


 突然やってきた彼女は、その金の瞳で食い入るように俺を見る。すべてを見透かされているような眼差しだった。


「なんてこと」


 しばらく俺を観察していた女性は、頭痛を我慢するようにひたいを押さえると、振り返ってそこにいた人たちに扉を閉めさせた。がちゃりと、鍵のかかる音。


「なんてこと」


 女性はまた俺の方を見てそう嘆いたあと、腕を組んでぶつぶつとなにかしらの祈りを捧げてから、改めて俺に向き直った。


「あなた、ステータスを見せなさい」


「い、嫌だ」


 反射的に俺は答えていた。


 この人に自分のあの読めないステータスを見せるとよくないことになるということが、なぜだか分かった。


「その前に説明してくれ。なんで俺はここに閉じこめられてるんだ?」


「わたくしは、ステータスを見せろと言いました」


 こちらの言葉を無視して、女性は俺の頭に手のひらをかざした。一瞬、剣の切っ先を向けられているかのように錯覚する。


「もう一度命じます。ステータスを開示なさい。でなければ、こちらで無理矢理ステータスをこじ開けます」


「お、オープン」


 俺は震えながら、習ったばかりの魔法の言葉を口にした。




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「なんてこと」


 俺のステータスを見て、女性は愕然とした表情で三度嘆き、数歩後退った。


「あ、あんた、このステータスがなにか知ってるのか?」


「知りません。それはアレをのぞき、この世の誰も知り得ないものです」


 女性はひたいに手を当てたまま、指の隙間から俺を見た。身長差から見下ろされていたが、それ以上になにか高いところから見下ろされている感覚を味あわされる。


「正直に答えなさい。あなたはこれまでの人生でドラゴンと会ったことがありますか?」


「ど、ドラゴン?」


 俺の好きな騎士物語に出てくるお伽話の悪役の名前を出され、困惑が強くなる。ドラゴン? それが俺が今ここにいることとなんの関係があるんだろうか?


 分からない。教えて欲しい。俺はいよいよ涙ぐみながら、それでも答えるしかなかった。


「ない。これまで会ったことのあるモンスターは、スライムとかゴブリンとか、それくらいだ」


「では両親のどちらかがドラゴンと遭遇したことは? あるいは先祖にドラゴンに呪われた――つまりドラゴンに傷を与えたものはいますか?」


「わからない。父さんも母さんももう死んでるから」


「両親がなんの職に就いていたかは知っていますか?」


「母さんは薬師だった。父さんは騎士だったって聞いたことがある」


「騎士? フレンス王国の騎士ですか? 名は?」


「レクス・オルガス」


「レクス・オルガス。聞いたことがありませんね。あなたは?」


「え?」


 意味が分からなかった。なぜ俺にそこで聞くのか?


「そう、あなたも知らないのね」


 だが俺の返答を待たず、女性は納得した様子で質問を重ねた。


「あなたの父親が死んだのはいつですか?」


「俺が生まれるすぐ前に起きた、隣の国との戦争で死んだって聞いてるけど」


「そう、あの戦争ですか。なるほど。たしかにあの戦争で誰かがドラゴンに一太刀を浴びせていた。であれば、そうですね。呪いの線も残っています。ですが……ええ、あなたの言いたいことも分からないでもありませんが、呪いにしてはこれは異常です。間違いなく、このステータスは……」


 女性はぶつぶつと独り言をつぶやいたあと、俺に再び手のひらを向けた。その手のひらの中に、綺麗な純白の光が生まれる。


「この子供はここで処理しておくべきです。可能性の種は芽吹く前に摘まなければ。もしもこれが第二の……黙りなさい。あなたは子供に甘すぎる。それでは守るべきものも守れなくなる。そう……そう、それが我らの成すべきこと」


 光は大きさを増し、輝きを増していく。


 美しい眺めだったが、女性のその人とは思えない無機質な金色の瞳を見れば、それが俺を癒すようなものではないことは一目瞭然だった。


「守ると誓った。ならば守らなければならない。我らは――」


 自分に言い聞かせるように独り言をつぶやき続けた女性は、感情のない人形のような顔で告げる。


 覚悟をもって。

 憎悪をもって。


「我は聖女フィリーア。ドラゴンの脅威よりこの世界を守る守護者なれば」


 そしてその綺麗な光を――あらぬ方向へと解き放った。


「うわっ!?」


 壁に触れた瞬間、光はさらに大きく膨れあがり、俺の視界を焼いた。


 くらんだ目が元に戻ったとき、俺の目の前には青い空が広がっていた。光に触れた壁は溶け崩れたようになくなっていて、外の景色を眺められるようになっていた。


 魔法、だったのだろうか?


 光を操る魔法は神聖魔法と呼ばれる。魔法の中でも希少な魔法と知られているものだ。


 つまり俺は今、本当に凶器の切っ先を向けられていたのだ。あれを俺に対して放たれていたら、俺は死んでいた。足から力が抜けて、ぺたりとその場に尻餅付いてしまう。


 女性はひたいを押さえたまま、荒い息を吐いていた。


 息が落ち着いたあと、俺の方をもう一度見る。黒い瞳が俺を見つめる。


「ごめんなさいね、坊や。驚かせてしまって」


「え?」


「大丈夫? 立てる?」


 女性は人が変わったように柔らかな笑みを浮かべ、俺を助け起こしてくれた。


「あ、あの」


「もう大丈夫。大丈夫だからね」


 さらに俺と視線を合わせるためにかがむと、汚すのがもったいないくらい真っ白なハンカチを取り出して、俺の目元にあてて涙をぬぐってくれた。温かな眼差しは、先程までの冷たいものとは根底から異なっているように見えた。瞳の色も変わっているような?


「改めて、自己紹介から始めましょう。私はレフィ・トラベリオと言います。あなたの名前も教えてもらえますか?」


「レフィ・トラベリオ!? 聖女様!?」


 その名前は俺も知っていた。教会の指導者たる聖女フィリーアその人だ。そういえば、さっきそんなこと言ってた気がする。


 俺の問いかけに聖女様は頷いて、それかじっと俺が落ち着くまで待ってくれた。


 ……なにがなんだか分からない。


 それが正直な気持ちだったが、目の前の聖女様は、さっきまでとは違って怖いとは思わなかった。今の聖女フィリーア様は子供が大好きで、孤児院などの援助に力を入れているとシスターから聞いていたのもあるかも知れない。


 それでも少しだけ不安を残しつつ、俺は名乗った。


「ライ・オルガス」


「そう、ライ。いいお名前ね」


 にっこりと聖女様は笑った。


「では、ライ。あなたを私、レフィ・トラベリオが祝福します。あなたのステータスは誰に咎められるものでもなく、いかなる法によっても罰せられるものでもないことを、神と聖女フィリーアの名において――」


 そこで一度聖女様は頭に痛みが走ったように言葉を途切れさせ、


「――聖女フィリーアの名において保証致します」


 それでも微笑みを崩すことなく、最後まで祝福の言葉を続けた。


 するとどうだろうか。聖女様の身体がぼんやりと光り輝き、その光が俺へと移って身体を包み込んだ。温かな光は俺の身体の中へとすっと入り込んでいくようにして消える。


「どうか健やかに育ちなさい。あなたの未来に幸あらんことを」


 戸惑う俺の頭をくしゃりと撫でたあと、聖女様は騒ぎを聞きつけて部屋まで駆けつけていた人たちと入れ替わるようにして、小走りで逃げるように出て行ってしまった。


 それからまもなく俺は、何事もなかったかのように外に出してもらえたのだった。


 ……あとになって思えば、もっとかの聖女様と話をするべきだったのだと思う。そうすれば、あるいはこのステータスの謎も解けたのかも知れない。少なくとも、聖女様はなにかを知っていた。


 けどそれが俺と、あらゆる子供に愛を注いだとされる第五十七代聖女フィリーア、レフィ・トラベリオ様との最初で最後の邂逅になってしまったのだった。


 この日から五年の後、彼女は多くの人に惜しまれつつこの世を去った。


 享年三十九歳。聖女として努めあげた年数は十三年間。

 これは歴代の聖女の中で二番目に長い任期であったと、そう記録には残っている。







        ◇◆◇







「ライ!」


 一人、放り出されるようにして教会を後にした俺を出迎えてくれたのはシスティナだった。


 ずっと教会の前で俺が出てくるのを待っていたのだろうか。俺を見つけたシスティナは駆け寄ってくると、ぎゅうと抱きしめてきた。そのままわんわんと泣き始める。


「おい、システィナ。なんでそんなに泣いてるんだよ?」


「だって! だってぇ!」


「システィナはもう二度とあなたに会えないかもって、ずっとあなたのことを心配していたのですよ、ライ」


 泣きじゃくるあまり言葉にならないシスティナの代わりに答えてくれたのは、彼女の母親であり、俺の暮らす孤児院の院長先生だった。彼女はシスティナとは違って、俺がいた教会の中から出てきた。


「面通しも断られたときはどうなることかと思いましたが、どうやらその様子では問題はなにもなかったようですね」


「みたいだ。聖女様がそう保証してくれたっぽい」


「聖女様が!? まあ!?」


 院長先生は驚いたあと、


「……ライ。あなた、聖女様になにか粗相はしていませんね?」


 と、疑いの目で見てくる。いつもがいつもなので仕方がないが、さすがに俺だって聖女様に無礼を働くほど馬鹿じゃない。


「してないよ。たぶん」


「たぶんとはなんですか、たぶんとは。ああもう、あなたが聖女様と面識を持つ機会があれば、強制的にでも礼儀作法を叩き込んだものを。これも私の不徳の致すところですね。反省しなくては」


 あ、この流れはまずい奴だ。


「ですが今からでも遅くありません。ライ、私があなたをどこに出しても恥ずかしくないように、礼儀作法を一から教えてあげましょう。それが神より聖職者スキルを賜ったものの努めなれば」


「い、いいよ!」


 院長先生の教育方針は厳しくて厳しいのだ。出来ないとご飯を抜かれる恐れもある。


「システィナもなにか言ってくれ! 俺、そんなに礼儀なってないか!?」


「…………」


「システィナ?」


 さっきまで泣いていた声が聞こえなくなったと思ったら、システィナは俺に抱きついたまま眠っていた。


「あなたが連れて行かれてから、満足に眠れていなかったようですからね」


 院長先生はシスティナを俺から引きはがすと、よいしょ、と言って背中に背負った。


「では家に帰りましょうか。ライ、お腹空いてるでしょう?」


「……うん!」


 俺は大きく頷いた。


「おおい! ライ!」


 そのときのことだ。大きな声と一緒に、教会の中から誰かが出てきて走り寄ってきた。


「……リグ先生」


 それはリグ先生だった。教会のシスターとして慎ましさを保っていた院長先生とは違って、全力疾走して来たのか、息を切らしている。


「よかった。ライ、無事に開放されたんだな」


 先生は汗だくの顔で喜んでくれた。


「……行こうぜ、院長先生」


 けど俺はリグ先生を無視して、院長先生の服の裾を引っ張った。


「あら? ライ、あなたどうしたの?」


 院長先生は俺の突然の行動に驚いているようだが、リグ先生はどうして俺がそういう行動に出たのか、理解したようだった。悪かった、と言いたいような、そんな顔をする。


 けど知らない。知るもんか。


 俺が教室で連れて行かれるときに、なにも言ってくれなかったこと。俺はそれがすごく悲しかったのだ。裏切られたと、そんな風に感じたのだ。


 リグ先生は俺が学校に入ったときから、ずっと親身になってくれていた先生で、誰よりも頼りになる男の人だと、そう思っていたのに……。


 だからリグ先生を無視して、俺はシスティナを背負う院長先生の腕を引っ張り続けた。


 途中、少しだけ気になってリグ先生を振り向いた。


 リグ先生はやはり申し訳なさそうに俺を見ていて。


 ちくりとだけ胸が痛んだが、俺は知らないふりをして、前を向いたのだった。



 


誤字脱字修正

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