孤独の鍛冶師③
「アビスコール」
我が輩がライくんに最高の補助魔法をかけるのと、地面が揺れ動いたのはほとんど同時のことだった。
ロックワームよりも盛大に土砂を巻き上げながら地面より這い出てきたのは、鋼鉄の身体を持つ、単眼の巨人。メタルサイクロプスだった。その凍えるような冷たい眼差しでにらまれた我が輩、思わずもらしそうになる。
え? なにこれ? これで討伐推奨レベル三十八とか嘘でしょ? レベル一〇〇はあるって絶対!
「おっ、本命が出てきたね」
だがルッフルさんはまったく動じた様子はなく、手をボキボキと鳴らしながら、メタルサイクロプスを見上げて歯をむきだしにして笑う。
「これは壊しがいがありそう。ライくん、一撃とかダメだからね。まずは足を砕いて、次は腕を折って、それから心臓を抉り取ろうよ!」
あ、これ楽勝ですわ。だってメタルサイクロプスよりルッフルさんの方が怖いもん。
ていうか、ライくんもこれ一撃で倒せたりとかするの?
恐る恐るライくんの様子を見る。
我が輩のステータス極大強化魔法アビスコールを受けたライくんは、ぼんやりとした白い光に全身を包まれた姿で、静かに腰から剣を引き抜いた。
「ルッフル。悪い。こいつは俺に譲ってくれないか?」
剣を正面に構え、ライくんはルッフルさんに頼み込む。
ボンちゃん知ってるよ。今のルッフルさんが誰かの言うこと聞くはずなんかないって。
「う、うん、わかった」
けどルッフルさんは意外にも素直に頷いて下がった。
先程までの狂騒が嘘のように、心なしかその肩が震えているような。
「ぐぉおおおおおおお!!」
そうこう我が輩たちが相談していると、メタルサイクロプスさんが動き出した。大気を震わすほどの雄叫びをあげ、ライくん目がけて突進していく。
「ボンマックに力を貸してもらった俺が本気で剣を振ったらどこまで行けるのか、この一振りに問おう」
ライくんは馬鹿正直に真正面から受けて立つ。
剣を大上段に振りかぶると、渾身の力で振り下ろした。
「はぁああああああ――ッ!!」
斬撃は閃光のごとく走り抜けて、メタルサイクロプスの巨体を一刀両断してみせた。
「おお!」
これにはボンちゃんも素直に驚いてしまう。
すごい! あの巨体を一撃で倒すなんて!
「やるな」
ライきゅん素敵! 抱いて!
「いや、ボンマックの補助魔法のお蔭だよ。かつてないほどに斬撃を研ぎ澄ますことができた。いつもなら無駄に周囲を破壊したり、剣の刀身が砕けたりするんだけど、今回はご覧のとおり、目標だけを斬り伏せることができた」
「ふっ、我が輩の魔法はあくまでも強化。元々の実力がなければ無理だ」
少なくとも、我が輩ではあんな芸当無理である。
「それに間違いなくあんたはもっと強くなる。このボンマック・ドニカが保証してやる」
そう我が輩は確信をもって言えた。
「力を貸そう」
我が輩の手にかかれば、ライくんはもっと強くなる。なぜかって?
だって、ライくんの使ってるそれ、剣じゃないからね!
たしかに見た目は剣っぽいけど、実際はちょっと両側を鋭く削っただけの鉄板だから! なまくら以下だよ!
だまされてる。ライくん、絶対にその剣を作った奴にだまされてる。
ボンちゃん、友達としても鍛冶師としても許さないからね! せっかくそこそこ腕はいいみたいなのに、そんな剣(笑)を使ってるなんて!
「あんたには、我が輩の剣が必要だ」
「ボンマック……ありがとな。そこまで言ってくれるなんて嬉しいよ」
ライくんは嬉しそうに笑った。
あれ? これもしかして交際申し込めば友達いけんじゃね?
うぉおおおおお! 勇気を振り絞るんだぁああああ!
行ける行けるボンちゃんならきっと行けるよやってやれ行ける行ける!
「気にするな。共に戦った仲だ」
熱い血潮を滾らせ、我が輩は告げる。
「だから友だ――」
「ちょ、ちょっと待って!」
ルッフルさぁああああん!?
なんで邪魔したぁあああああ!? なんで邪魔しただぁああああ!?
今、きっと我が輩は悪鬼羅刹の形相をしていることだろう。我が輩ににらまれたルッフルさんは顔を青ざめ、ガタガタと全身を震わせている。
……ちょっと怯えすぎじゃね? 傷つくんだけど。
燃え上がった我が輩の怒りの炎は、すぐに鎮火してしまった。
ち、違うからね! ルッフルさんを怖がらせたくないとか、そういうんじゃないからね! けどなんか落ち着かないから、さっさといつもみたいな感じに戻りなさいよね!
そういう気持ちで視線をたぶん和らげることに成功したのだが、ルッフルさんの震えは止まらない。むしろ顔色はどんどんと悪くなり、我が輩から離れていく。
これはあれですか? 我が輩の顔、普通に怖いとかですかそういうことですか?
え? 違う? 我が輩じゃない?
「本気を出したライくんの一撃が、あの程度なわけないでしょ?」
ルッフルさんはカチカチと恐怖に唇を震わせながら、言った。
「それに今のライくん、なんか、いつものライくんの気配じゃない」
気配(笑)
なにルッフルさん、実は気配とか読めるヒトだったの? はっ、殺気!? とか言っちゃうヒトだったのぷーくすくす!
ああ、おかしい。ライくんもそう思うでしょ?
と、振り返った我が輩は目を剥いた。
「エ? いや、俺ハいつもと変わらナイけど?」
不思議そうに首を傾げるライくんは、全身に漆黒の光をまとっていた。
アビスコールによる恩恵である白い輝きとは魔逆の、見る者の背筋を震わせる、危険な黒い光を。
「違う? ドコが? よく分からないナ。ハッキリ言ってくれ」
時折、その声は何重にもぶれて聞こえた。
汚染されていくように、その右の瞳が血のような色に変わっていく。
「たしかニ、なんかスゴクいい気分だけど」
ライくんはあふれる力を確かめるように、軽く剣のようなものを振るった。
するとどうでしょう! あれだけ険しく我が輩たちの前にそびえ立っていた山肌が粉々になって消えたではありませんか! わお! 見通しが大変よくなりましたね!
「……ルッフル」
思わずさんを付けずにルッフルさんを呼ぶと、彼女は首を横に振った。
「し、知らない。アタシもこんなライくんは初めて見た。リカにも聞いたことがないよ」
それから我が輩の方を見て、
「ボンマック。一体なにしたの?」
強化魔法をかけただけです。本当にありがとうございました。
そういえば、アビスコールを他の人に使ったのはこれが初めてだったな。いつもは我が輩自身に使ってただけだから、もしかしたら我が輩もアビスコールの恩恵を受けていたときは、今のライくんみたいになっていたかも知れない。
全身に闇をまとい、瞳を紅に輝かせ、一心不乱に剣を鍛える我が輩。
……あれ? かっこよくね?
「チカラ。チカラがあふれてくる」
我が輩による超恩恵を受けたライくんは、ぐるりと周囲を見回すと、近くにいたモンスターを見つける。
「――オレハツヨインダ」
ライくんの姿がかき消える。
同時にモンスターの姿が消滅する。
そのあとに暴風が吹き荒れ、大地が熱せられたように沸騰する。
「きゃっ!」
我が輩とルッフルさんは衝撃波に吹き飛ばされ、もつれあって地面を滑っていく。
いたたたた。ボンちゃん、膝すりむいちゃった。
「ちょっ、ボンマック! なにヒトの胸触ってるのよ!」
すりむいた膝を撫でようとすると、いきなりルッフルさんから理不尽な暴力を受けた。パンチが我が輩の腹部を捉え、我が輩は再び天を舞った。そして地面に叩きつけられる。
危なかったわー。甲冑がなかったら即死だったわー。
半壊した甲冑を見て、我が輩が改めて理解する。
自分の胸元を隠しながら、我が輩をにらみつけてくる姿はそこそこ可愛い、だがルッフルさんだ! 大体、ぺちゃぱいがなに恥ずかしがってるんだか。手のひらに柔らかな感触なんて残ってないんですけど? 背は小さくていいけど、胸は大きくないとダメだろドワーフ的に考えて。
やっぱりルッフルさんはないわー。照れ隠しに暴力振るうとかないわー。
ルッフルさんの自意識過剰ぶりに、ふっ、とつい鼻で笑ってしまう。やっぺ。
はい。殺人動機は胸を鼻で笑われたからですねわかります。……パパ。ママ。あなた方の可愛いボンちゃんは、今から天に召されます。
しかしルッフルさんは、はっとした表情になって我が輩を見るだけでもう怒ってはいなかった。
「もしかして、ボンマック。怖がってたアタシを元気づけるためにわざと?」
のるしかない、この勘違いの波に!
「いつものお前の方がいい」
胸は胸。ひんぬーでも需要はあるよ、たぶん。
「ボンマック……」
ルッフルさんは照れた様子で、我が輩を見つめる。お? もしかしてルッフルさん攻略されつつある? けどごめんな。我が輩、親からの遺言でルッフルさんだけはダメだって言われてるんだ。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、アタシ、ボンマックとは付き合えないかな」
あれ? ボンちゃん、告白してないのに振られてね?
「やっぱり、ほら、ボンマックのことは弟みたいにしか見えないっていうか。けどちょっと男らしいところも増えてきてるから、うん、その調子ならもしかしたら将来的には有りかもね」
ねえよ。
「というわけで、ルッフルさん的にはもう一回ボンマックの格好いいところが見たいかも」
ルッフルさんは立ち上がると、我が輩の後ろを指さした。
「一応聞いておくけど、あれ、止められる?」
我が輩は後ろを振り返って絶句した。
多くの岩山がいくつもそびえたっていたそこは、まるで煮え立った鍋の中のような有様だった。
大地はグツグツと煮えたぎり、半ば溶岩のようになって吹き荒れる嵐に流出を始めている。いつのまにか空には黒雲が立ちこめ、雷鳴が轟いていた。
聞こえてくるのは、モンスターの断末魔の声。
そこにあったのはまさしく地獄というにふさわしい末世の光景だった。
そしてそれを作り出した地獄の主は、遥か彼方の大地にいた。無数のモンスターの亡骸を積み上げた山の上に、自らの強さを証明するように君臨し、るぉおおおおん、と獣のごとき咆吼をあげている。
その姿はすでに半ば以上、漆黒の闇に塗りつぶされ、ヒトの姿からかけ離れ始めていた。
腕には鋭いかぎ爪。背中からは翼のようなものが片方だけ生えている。そして今、ゆっくりと生え始めているのは尻尾だろうか?
「止めないといけないけど、さすがに無理だよね。ボンマックの強化でライくんがこうなったのなら、弱体で直せるかもだけど」
え? これボンちゃんが悪いの?
あわわわわ、ど、どうしよう? ボンちゃんが張り切りすぎちゃった所為で、友人第一号(予定)のライくんが人間やめちゃったんだけど!
どうにかしないといけない! 絶対にだ!
だから――
「ルッフル」
「行くの? 死んじゃうよ?」
ああだからルッフルさん、代わりに止めてきてくれ。
大丈夫! ルッフルさんにもアビスコールかけてあげるから! そうすれば、ライくんなんてイチコロですよ!
あ、ダメだ。心優しいライくんでさえあんなに凶暴になっているんだから、ルッフルさんにかけたら世界がやばい。
……こうなったら仕方がない。
「オープン」
我が輩も男だ。責任は取る! 友達は助け合うものだってママンが言ってた!
「マジックセレクト」
今助けに行くからね、ライくん!
「墓穴にて輝ける闇よ。彼方より来たる破壊の大波よ」
ステータスを開き、アビスコールの詠唱を始める。
対象はもちろん、そう、我が輩だ!
「此処に深淵の門を開く。終わりの日は来たれり」
固い誓いを胸に、我が輩は力強く最後の言葉を紡いだ。
「アビスコール」
だ が 魔 力 が 足 り な い !
うん、だってボンちゃんのレベル九だもんね! 何回も高位魔法使う魔力なんてあるわけないよね!
ステータスとマジックウィンドウをそそくさと消して、ちらりとルッフルさんを見る。
なんか乙女みたいに手を組んで、我が輩を応援していた。
魔力が足りなかったよてへぺろ――って、かわいくおでこコツンしても、許してくれそうにない雰囲気だった。
……どないしよ?
ライくんに突っ込んでいって殺されるか、逃げ出してルッフルさんに殺されるか。それならライくんの方がいいな、と自殺の方法を考え出していた我が輩だったが、神様はいい子を見捨てなかったみたいだった。
「――ホーリーエンゲイジメント」
突如、雲の隙間から太陽の日差しが差し込んだかと思うと、ライくんの頭上に光が落ちてきた。巨大な光の柱に全身を包まれたライくんが、るぉおおおおおお、と苦悶の声をあげる。
その直後に、空から女神様がゆっくりと下りてきた。
黄金の髪に青い瞳をした女神様は、美しい輝きを手のひらに凝縮させてライくんに向ける。
ライくんもまた口を大きく開くと、女神様に向かって凝縮した闇の塊を向ける。
そして同時に放たれた光と闇は天と地の狭間でぶつかり合い、折り重なった重力の暴走によって周囲のすべてが吹き飛んでいく。
それはまるで神話の中の光景のようだった。
大聖堂に飾られた壁画のような光景を見て、我が輩は思った。思わずにはいられなかった。
なにこれぇー?
お、終わらなかった。あと一話、あと一話だけだから!
なお、感想はあえて今エピソードが終わるまで返信やめます。ご了承ください。
……評価とブックマークも心なしか増えてる気がするんだけど、ま、まさかね(汗)。




