万年Eクラスの冒険者③
不特定狩猟クエストの数ある難点のひとつに、査定に時間がかかってしまうことが多く、その場合報酬が翌日になってしまうことがあった。
「すみません。今日は二往復分ですので、やはり報酬を渡せるのは明日になってしまいます」
もう陽がとっぷりと暮れた時分に、自分も手伝って大急ぎでやりますので、とリカさんに頭を下げて謝られてしまったら、俺にはなにも言い返せなかった。
とはいえ、俺の財布が寂しくて泣いていることに変わりはない。
今夜の宿代どうしようかと思いながら、荷物を預けている『黄金の雄鶏亭』まで戻ってくる。
「あ、ライさん。お帰りなさい」
両手に皿を持ったロロナちゃんが、元気いっぱいの笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま、ロロナちゃん。」
「はい、お帰りなさい。すぐにご飯にしますか? それとも先にお風呂入ります? あ、お酒はダメですよ。昨日みたいに飲み過ぎるのは身体によくないんですからね。今日はお預けです。代わりにライさんの分はわたしが腕によりをかけて料理を作るので、楽しみにしててください」
「色々と気を遣ってくれてるところ悪いんだけどさ。俺、今日はここに泊まらないんだ」
「え?」
がしゃん、とロロナちゃんが運んでいたお皿を床に落とした。注文を頼んでいた冒険者が悲鳴をあげる。
だがロロナちゃんは落とした料理にも他のお客にも目もくれず、すごく慌てた様子で俺に詰め寄ってきた。
「ラ、ライさん、他の宿に行っちゃうんですか!? うちになにか不満でもありましたか!?」
「そういうわけじゃなくて」
「お酒! お酒、飲んでいいですから! どれだけ飲んでも今日は止めませんから! だから!」
「違うから。別にお酒が理由じゃないから落ち着いてくれ」
「ならなんでですかぁ!?」
泣きべそをかいてその場に座り込むロロナちゃんを見て、店主の親父と常連の冒険者たちが殺気立って得物を手に取る。誰だってそうなる。俺だってそうする。
……これははっきりと理由を言わないと殺されてしまうな。みんなの前でこんなこと言うのは、すっごく恥ずかしいんだけど。
「あ~、その、お金が、ない」
「へ?」
「だから、今日泊まるお金がないんだよ。スッカラカンなんだ!」
恥も外聞も投げ捨てて叫ぶと、ロロナちゃんは涙をぴたりと止めて立ち上がった。
おい、嘘泣きかよ。
「なーんだ。そういうことですか。なら大丈夫です。今日の分はツケでいいですよ」
「え? けど『黄金の雄鶏亭』は、ステータスを見せられないお客にはツケは絶対にしないって」
「なに言ってるんですか。ライさんがこの宿に来てもう一年近くになるんですよ? ステータスなんて見なくたって、ライさんのことは信じてるに決まってるじゃないですか。ね? いいよね? お父さん」
「お~う! 構わん! なんなら一生泊まっていってくれても構わんぞ!」
「というわけなので、ほら、ご飯にしよ!」
「ていうか、ロロナちゃん! こっちの注文!」
「あ、ごめんなさい! すぐにお持ちしますね!」
忙しそうに仕事に戻るロロナちゃんに半ば強引にすすめられるまま、俺は食堂のカウンター席のひとつに腰掛けた。
すぐに温かな食事が運ばれてくる。見れば、お酒が一杯一緒についていた。
カウンターの奥で作業していた親父さんが、厳つい顔に似合わないウィンクなどしてくる。おごりということか。
さらに他の冒険者たちからも、殺気を飛ばしてしまったお詫びか、お酒を一杯ずつ寄越してくれた。すぐに俺のテーブルにはお酒の入ったコップでいっぱいになった。
「もう、あんまり飲み過ぎないで下さいね」
最後の一杯を運んできてくれたロロナちゃんが改めて注意してくる。
「悪い。ロロナちゃん。明日の朝、例のシチューを作ってくれるか? ツケで」
「飲む気満々じゃないですか。まったく、ライさんは仕方がない人ですね。ツケがたまりすぎて、うちに永久就職することになっても知りませんからね?」
そう言いつつも、ロロナちゃんがなぜか機嫌よさそうに鼻歌を歌いつつ、仕込みのために厨房の奥に消えていった。
「よし、飲むか」
俺はまず親父さんがおごってくれた酒を手に取る。
「ん?」
よく見ると、コップに入っているのはすべてがすべて同じお酒だった。
おごってくれるのは大変ありがたいが、もう少し高い酒にして欲しい。これは昨日しこたま飲んだ安酒である。
とはいえ、いつもカウンターの隅で一人、他の冒険者の愚痴を親父さんにぶちまけながらこれを飲むのが俺の夜の日課ではあった。それを他の常連冒険者も知っていたのだろう。あるいは、純粋に金がもったいないからか。冒険者という奴らは総じて粗雑でケチなものだから。
同じ戦闘職でも、俺が小さな頃に憧れていた清廉潔白をよしとする騎士とは正反対。
自由気ままな乱暴者。それが小さな頃から絶対になりたくないと思っていた冒険者だ。
……そうだ。俺は冒険者になんてなりたくなかったのだ。
危険と隣り合わせの癖に、名声なんてものを手に入れられるのは本当に一握りで。しかもその名声を手に入れるためにクラスを上げるには、最低限のレベルという絶対に倒せないルールがあったりと色々面倒くさくて。
大体、冒険者になろうと思ったのは、他に選択肢がなかったからだ。
俺は自分のステータスが読めない。誰にも俺のステータスは読み解けない。
どんなスキルを持っているかわからないし、今、どれだけのレベルなのかもわからない。だからあいつみたいに上級学校には進学できなくて、かといって俺みたいな適正があるのかないのかもわからない奴を雇ってくれるところもなくて、仕方なく誰もがなれる冒険者の道に進んだのだ。
けれど冒険者になって待っていたのは、今日のあのガキたちに絡まれたようなことばかりだった。
万年Eクラスの冒険者に対する風当たりは強い。正直、リカさんがいなければずいぶんと昔にやめていて、今頃ゴロツキかなにかになっていただろう。俺のやさぐれオーラを察知したのか、なにやら裏社会の元締めなる人から誘われたこともあるし。
そういう意味でもリカさんには感謝しなければならない。彼女との出会いは、俺の喜びの少ない人生の中で価値あるものだった。
「……信じてる、か」
リカさんやロロナちゃんの言葉を思い出しながら、俺は安酒をあおった。
冒険者は辛い。
人生おもしろくないことばっかりだ。
けれど……不思議だった。
「うめぇよ、親父さん」
昨日と同じはずのその酒は、なぜか昨日よりもずっと美味しく感じられた。
次からは別視点。