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万年Eクラスの冒険者②



 王都を囲む城壁を潜り、モンスターたちの生息する深い森の中に分け入っていく。


 隣国まで広がるこの大森林は、多くのモンスターを育む魔の森だ。王都の冒険者たちは、主にこの魔の森出身のモンスターと戦うことになる。


 出没するモンスターのレベルは、上はAクラス冒険者でないと倒せないような討伐推奨レベル五十超えの化け物から、下は冒険者でなくとも倒せるレベル一の雑魚と幅広い。


 五年間も冒険者をやっている俺である。さすがに雑魚敵に手こずることはない。


 襲いかかってくる巨大な虫型モンスターたちをばっさばっさと切り倒し、獣型モンスターたちをすれ違いざまに一刀両断し、どんどんと森の奥へと進んでいく。

 

 お金がない現状、本来であれば倒したモンスターから換金できる素材をはぎ取るべきなのだろうが、ここまで一撃で倒せるような雑魚ばかりと遭遇していた。なら大したお金にはならないだろうという判断で、俺は振り返ることなく進み続けた。


 強いモンスターは森の奥の方に生息していることが多い。そして強いモンスターほど、やはりはぎ取れる素材も高額なものになる。大物を仕留めれば、ギルドが死骸を回収してくれるというオマケ付きだ。


「お手頃な奴はいないかね、っと」


 その大きな影を見つけた俺は、素早く近くの木の陰へ身体を隠した。


 近くにあった泉の水をのんびりと飲んでいたのは、カウンターベアーと呼ばれるモンスターだった。


 腕が異様にふくらんだ大きなクマで、その腕の一振りで大木をなぎ払い、鎧を着込んだ戦士をミンチに変える。さらに厄介なことが攻撃に対する反応速度が早いことで、こちらが攻撃していたと思ったら、気がつけば逆にパンチをもらって昇天していたというのはよく聞く話である。


 討伐推奨レベルは三十五。Cクラスでも上位の冒険者でなければ単独では倒せない、文句なしの強敵である。


 だが弱点がないわけではない。


 カウンターベアーは相手の攻撃を見てからの素早いカウンターが特徴。つまり相手の攻撃が見えなければ動かないということだ。さらに腕以外の部分の毛皮はさほど硬くなく、俺の骨董市場で購入した愛剣でも急所まで届くだろう。


 絶対に倒せない敵というわけではない――そう考えてしまっている時点で、自分がどうしたいと思っているかは一目瞭然である。


 挑みたい。倒したい。勝ちたい。


 今まで俺が倒したことのあるモンスターの最高討伐推奨レベルは三十三。つまり俺は三十三レベル相当の力を持っているということだ。


 そしてあのカウンターベアーを倒せれば、俺は三十五レベル相当の力を持っているということになる。


 自分は強くなっているのだと、確認することができる。


「…………」


 俺は細心の注意を払うと、カウンターベアーの背後に忍び寄った。


 死角からの強襲。勝ち筋はこれしかないだろう。気がつかれたら終わる。


 たしかカウンターベアーのステータスの筋力値は一〇〇を軽く超えていたはずだ。ステータスの耐久値が六〇を下回り、体力値が二〇〇を切っていた場合、当たり所が悪ければ死ぬ可能性がある。他の冒険者なら、ここで改めて自分のステータスを確認するのだろうが、俺はそんなことをしても無意味なことを知っている。


 もしかしたら耐久値が六〇を下回っているかも知れないし、上回っているかも知れない。体力値が二〇〇を切っているかも知れないし、あるいは気がつかないうちにバッドステータスを喰らっていて、三〇以下にまで減っているかも知れない。


 感覚以上のことはわからない。わからないのだ。


 だから怖い。額に汗がにじみ、あごを伝って地面に吸い込まれていく。


 けれど――わからないからこそ俺は挑めるのだろう。


 カウンターベアーの真後ろを取った瞬間、俺は全身のバネを使って跳んだ。


 空中で剣を振りかぶり、そして――……






      ◇◆◇






「クエストお疲れ様でした」


 あと一鐘ほどで陽が暮れるという頃になってギルドに戻ってきた俺を、ちょうど通りかかったリカさんが出迎えてくれる。


 彼女は俺の顔を見ると、「おや?」と眉を上げた。


「ライさん、なにかいいことでもありましたか?」


「わかるか? わかっちゃうか?」


「ええ。わかってしまいますよ。何年あなたの担当をしてきたと思っているんですか?」


「そうだよな。いやぁ、リカさんにはいつもお世話になってるよ。そうだ。よかったら今度一緒にご飯でも食べにいかない?」


「え? 食事ですか?」


「ああ。俺のおごりだ」


「は、はひっ!」


 と、リカさんはなぜか上擦った大きな声で返事をした。


 周りにいた冒険者やギルド職員がなんだなんだとリカさんに注目する。


「お、お誘い嬉しく思います。機会がありましたら是非とも」


 リカさんは長い耳の先まで真っ赤になると、蚊の鳴くような声で付け足した。これはもしかして社交辞令か? それともただ恥ずかしがってるだけか? どっちなんだ?


「そ、それで、どんないいことがあったんですか? 万年金欠のライさんがおごってくれるなんて、よっぽどの――」


「もしかして、ようやくレベル十に上がれたんじゃないの?」


 リカさんの言葉にかぶせるようにそう言ったのは、今朝のあのうっとうしいパーティーのリーダーだった。にやにやと小馬鹿にする笑みを浮かべて近付いてくる。


「おめでとう。それはお祝いしないと。なんたって、レベル十なんだから。五年かけてレベル十! すごいすごい!」


 おめでとう。おめでとう。と、リーダーに続いて他のパーティーメンバーたちもはやしたてる。拍手を贈り、口笛まで吹く始末だ。


 急激に、頭が冷えてくる。


「違う。レベル十に上がったわけじゃない。カウンターベアーを倒したんだ」


「カウンターベアー!?」


「嘘だろ! 推奨レベル三十五だろあれ!?」


 俺が喜びの理由を口にすると、そいつらは顔を見合わせて驚いた。


 そうだ。もっと驚け。カウンターベアーを倒せたことはすごいことなんだ。お前たちみたいな初心者冒険者じゃ、絶対に倒せないようなモンスターなんだよ。


 けれどリーダーの少年だけは驚くことなく、呆れたように肩をすくめてみせた。


「嘘吐くなよ。もしカウンターベアーを倒せたなら、その前がどれだけ低いレベルだって、その経験値だけでレベル十になってないとおかしいだろ?」


「それは……たしかに」


「そうだよな」


 リーダーの言葉に、他のメンバーも頷きあう。


「それにカウンターベアーの素材も持ってないみたいだしさ」


「そ、それは、いつもどおりギルドの人に任せようと思って」


「苦しいいい訳ありがと。ていうか、本当にカウンターベアーを倒したっていうなら、ステータスを見せてよ。それでレベルが十以上になってたら信じてやるよ」


「ぐっ!」


「あれ? どうして見せられないわけ? やっぱり本当はカウンターベアーを倒してないから? ステータスを見せられないってことは、そういうこ――」


「もういいです。そこまでにしなさい」


 リーダーの言葉を遮ったのはリカさんだった。


 彼女は鋭い視線でリーダーの勢いを押しとどめると、懐から一枚のクエスト用紙を取り出し、それを彼に押しつけるように渡した。


「あなた方が今朝欲しがっていた、不特定狩猟クエストのクエスト許可証です。他の冒険者に絡むほど元気がありあまっているなら、今からそれに行ってきたらどうですか?」


「え? けど、俺たちには認可できないって」


「ええ。危険ですからね。おすすめはしません。行くなら自己責任でお願いします。なにがあっても、私もギルドも責任は負いませんのであしからず」


「だからそんなのは最初からわかってるっての。まったく、さっさと渡せばいいんだよ。おい! お前ら、もう一回森に行こうぜ!」


 リーダーはぶつぶつとリカさんに文句をつけると、他のパーティーメンバーを促してギルドの出入り口に向かった。


「じゃあな、万年Eクラスの嘘吐き冒険者さん。その目つきの怖いエルフの人の気を引きたいからって、嘘吐いてもステータスを見せられなきゃ信じてもらえないよ」


 笑いながら彼らはギルドを出て行く。


 俺は、彼らの言葉に対してなにも言い返せなかった。


 だって、当然の話なのだ。彼らは常識を口にしたに過ぎない。


 どれだけ強い敵を倒そうとも、ステータスを見せられないなら信じてもらえるわけがない。強敵を倒せば、それにふさわしいレベルが結果となって表示される。だから冒険者はおのれのレベルを誇り、これが俺のステータスなのだと周りに誇示するのだ。


 たとえば、俺は先ほどカウンターベアーを倒した。そう思っている。


 けれど。


 もしかしたら俺がその首を切り落とす前に、カウンターベアーはなにかの理由でバッドステータスを負って死んでいたとか、そうでなくとも瀕死だったとか、そういう可能性はゼロではない。本来なら、それも踏まえた結果が自分のステータスに反映されるのだが、俺の場合は……。


「……オープン」


 魔法の言葉を口にする。自分のすべてが分かるはずの魔法の言葉を。


 目の前に現れる光輝く半透明の魔法の画面。


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 そこには、もはや見慣れた、けれど決して読めない文字の羅列が今日も元気に動き回っていた。


「ライさん」


 自分のステータスを静かに見つめる俺の手を、リカさんがそっと横から握りしめた。


「私はライさんがカウンターベアーを倒したと信じてますから」


 その一言で、俺は泣きそうになった。


「ありがとう、リカさん。まったく、なんでこんな優しいリカさんに彼氏がいないんだろうな」


 からかうようにそう言うと、いつもなら静かに怒り狂うリカさんは、今日は決して怒ることなく口元に笑みを浮かべた。


「そう思うなら、ライさんが彼氏になってくれてもいいんですよ?」


「うぇ!?」


「ふふっ、冗談です。冗談ですよ、ライさん」


「……勘弁してくれ。心臓が止まるかと思った」


 心臓がバクバクと高鳴っている。

 俺は赤くなった頬をさますべく、手で顔をあおいだ。


 まったく我ながら情けない。二十歳になったいい大人が、なにを子供みたいに照れているのか。


 でもまあ、自分で言ったリカさんも負けず劣らず顔を赤くして照れていたので、お互い様ということにしておこう。


 本当に。なんでこんな可愛い人に彼氏がいないのだろう?




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