悪運の魔法使い⑦
高鳴る胸を押さえつつ、ライに話しかける。
「ライ、どうしてここに?」
「いや、あのあとなんとかモンスターの群れを追い払えたのはいいんだけど、二人が落ちた穴が塞がっててさ。周囲を捜索してたら、すぐ近くにあったこのダンジョンの入り口を見つけたんだ」
モンスターの群れを追い払ったと軽くライは言う。けど今更驚いたりはしなかった。目の前でレベル六十のスリーピーホロウを倒されたところなのだ。ライの強さは、もはや自分の計り知れないところにある。
「ギリギリ間に合って良かったよ。デュラハンとか、フレミア一人じゃ厳しいもんな」
「え? いやあれはデュラハンじゃなくて――って、こんなこと話してる場合じゃないわ! リカリアーナ!」
あたしは階段を駆け下り、倒れるリカリアーナのところへ急ぐ。
ライもリカリアーナの容体に気付くと、血相を変えてあたしを追い抜き、彼女をを抱き起こしてその傷を確認する。
「まずいな。相当出血してる。一体どうして?」
「ライ、さん……」
リカリアーナが弱々しくライの名前を呼んで目を覚ます。
「リカさん。大丈夫か?」
「ええ、なんとか致命傷は避けました。それに、もしものときを想定して、これを持ってきましたので」
そう言って、リカリアーナは震える手で胸元から小さな宝石を取りだした。
宝石には飲み口がついており、ほんの一口分の液体が封じ込められていた。
「体力回復のポーションです」
「「ポーション!?」」
あたしとライは声を揃え、飛び跳ねて驚いた。
「こ、これが噂のポーションなのか?」
「治癒魔法に薬剤師、それに調合スキルの三つを持ってないと作れないっていう噂のあれね?」
「そうだ。これひとつで王都で庭付きの一戸建てが買えるくらいの値段らしい」
「庭付き一戸建て! なんてことなの!」
悲鳴がもれる。なんて代物をリカリアーナは持っているのか。あの激しい戦闘で割れていたら死んでも死にきれない。
「まさかリカさん、これを使う気なのか? 早まるな。すぐに俺が街まで運んでやるから!」
「そうよ。こういうのはここぞという時まで取っておくべきよ!」
「いえ、どう考えてもそれが今なのですが。ここで飲まないと死ぬまで使えなくなる気がしますし」
リカリアーナはポーションの封を開けてしまう。あたしとライはそろってため息を零した。これでもう時間が経つと風化して効力が消えてしまう。飲むしかなくなってしまった。
けどリカリアーナは飲もうとした直前で手を止めた。
「どうしたリカさん? 早く飲まないと」
「いえ、傷が思いの外深く、上手く飲めそうになくて」
「そうか。なら俺が飲ませてやる」
一滴も零してはいけない。ライは強い使命感でポーションを受け取った。
「ありがとうございます」
リカリアーナは微笑みを零して、
「では口移しでお願いします」
「え?」
「口移しでお願いします」
「い、いや、そんなことしたらポーションがもったいないし」
「大丈夫です。そのポーションは誰かに口移しで飲ませてもらわないと効力を発揮しないものだと、今さっき思い出しました」
「ほ、本当に?」
「本当です。さあ、早くお願いします。このままだと私は死んでしまいます」
「…………」
ライはポーションとリカリアーナを交互に見て、それから頬を赤く染めて、意を決して器を傾け、けど直前で少しだけ悩み。
「ああもうじれったいわね!」
そんな風に迷ってたらせっかくのポーションの効力がなくなっちゃうじゃない!
「貸して!」
あたしはライからポーションを奪って一気に口に含み、リカリアーナの唇に押しつけて流し込んだ。
さすがはとんでもなく高価な代物なだけはある。
見る見るうちにリカリアーナの傷が治っていき、その身体に活力と共に力が戻っていく。
「ぷはっ!」
ポーションを全部流し込んだところで、リカリアーナから口を離す。
「これでよし。リカリアーナ、もう立てる?」
「…………」
「リカリアーナ?」
回復したリカリアーナは、愕然とした表情であたしを見ていた。
「どうしたの?」
「ど、どうしたもこうもありません! なにをしてくれているんですか!?」
「なにって、言われたとおりポーションを口移しで飲ませただけでしょ?」
「そうです! く、口移しです! あなたは今、私のは、初めての唇を奪ったのですよ!?」
「え? リカリアーナ、その歳でまだキスしたことなかったの?」
「うぐっ!」
「おい、フレミア。そこには触れて差しあげるな」
ライはあたしの肩に手を置いて、首をゆっくりと横に振った。
「リカさんにはリカさんの事情があるんだ」
「よくわからないけど、ごめんなさい」
「謝らないでください。よりみじめになります」
リカリアーナは床に膝をついて、深く項垂れていた。かなり傷ついているみたい。
「だ、大丈夫! あたしも今のが初めてだし! というより、今のは人命行為だからキスには入らないわ!」
「……ライさんもそう思いますか?」
「え? まあ、そうだな。そうじゃないか?」
「……そうですね。まだ私は清い身体です。ええ、二十一歳にもなって清すぎる身体なのですよ」
ふふふっ、と暗い影をまといつつ立ち上がるリカリアーナ。心へのダメージは大きいようだったが、身体の方は完全に回復したみたいだった。
「ありがとうございます、フレミア。私を助けようとしてくれたその気持ちは嬉しかったです」
「う、うん。なんかごめんね?」
リカリアーナは悟りきったような笑みをあたしに向け、それからライにややジトっとした眼差しを向けた。
「それにライさんも、危ないところを救っていただいたようで。あとは男らしくすぱっと決めてくれればより嬉しかったのですが」
「な、なんかごめんな?」
「お気になさらず。行き遅れている女の戯れ言です。それよりも」
いつもの澄ました表情に戻ったリカリアーナは、ゆっくりと修復されていく部屋を見回して、それからあたしに視線を向けた。
「門番は倒すことができました。ライさんとも合流することができました。ですが、目的は変わりません。このダンジョンからの脱出。それでいいですね?」
「うん。構わないわ」
本音を言えばまだ残念に思ってる部分はあるけど、それは口にはしない。
「え? 戻るのか?」
代わりにライがそう言った。
この中で唯一の冒険者であるライの心は、このダンジョンにひかれているようだった。
「ライさん。専用の装備もなくダンジョンに潜るのはあなたでも厳しいと思います。それに剣も砕けてしまっているようですが?」
「そっか。そうだよな。せめて剣がないと挑戦することも難しいよなぁ」
ライはダンジョンの奥へと続く通路の方を見て、それから軽く頭を掻いた。
「けど気になるんだよな。さっきからずっと、なんでか呼ばれてるような気がするんだ」
「呼ばれてる?」
「ああ、ちょうど」
そこでライは言葉を途切れさせた。不思議そうに周囲を見回す。
「ライさん? どうしました?」
「なあ、今なにか声が聞こえなかったか?」
「いえ、私はなにも聞こえませんでしたが。フレミアはどうですか?」
「あたしもなにも聞こえなかったわ。気のせいじゃないの?」
「気のせいじゃない。はっきりと聞こえたんだ」
ライはじっと自分の足下を、その先にいる誰かを見るようして言った。
「――やっと見つけた、って」
「見つけた? それは一体どういうことでしょうか?」
「それはわからないけど――って、フレミア。どうした!?」
ライがあたしの顔を見て目を見開く。
リカリアーナも同様にあたしを見て驚いた顔をする。
「どうしたの? 二人ともそんなに驚いた顔して? あたしの顔になにかついてる?」
「お前、気付いてないのか?」
ライがあたしに手を伸ばし、そっと目尻に浮かんだものをぬぐい取った。
「泣いてるぞ」
「え?」
言われて初めて気付く。自分の頬を濡らす涙に。
慌ててぬぐうが、涙は次から次へと流れ出てきて止まらない。
そして同じように、様々な感情がどこからから込み上げてきたは、ぎゅうっと胸を締め上げた。
「あ、あたし……なんで、こんな……」
わからない。わからない。なんで自分がいきなり泣いてしまったか分からない。ただただ無性に切なくなってきて、色々なものに謝りたくなったのだ。
「ご、ごめんなさい。あたし、二人を危険な冒険に巻き込んだわ。じ、自分の都合に巻き込んで、危険な目に遭わせて、そ、それで今の今までそれが悪いことだとも思ってなかった……」
衝動に任せるまま、二人に詫びる。
「ごめんなさい。ごめんなさい! あたし、最低だわ。すごく、すごく最低だわ。自分のことしか考えてなくて、二人をいっぱい傷つけた。ごめんなさい。ごめん、なさい……」
もうそこからは言葉にならなかった。わんわんと小さな赤ん坊みたいに泣いてしまう。
「おい、いきなりどうしたんだよ?」
「そうです。気にすることはありません。私もライさんも全部わかってて同行を申し出たのですから」
二人が困った様子でそう言った。
優しい人たちだ。すごく優しい仲間だ。
だからこそ、そんな二人を利用した自分が許せなくて。
それに気付くこともできずにここまで連れて来た自分が許せなくて。
「ごめんなさい! こんな風にドラゴンを探すなんて間違ってた!」
ある意味では先祖を裏切るそんな言葉さえ、今はどうしようもなく正しく思えた。
ああ、今ならおばあさまの最後の言葉の意味がよくわかる。そこに込められた悲哀と申し訳なさも。
それなのに、あのときのあたしはおばあさまに正しい言葉をかけてあげられなかった。黙って慰めることしかできなくて。きっと、おばあさまは最後の最後まで悩みながら死んでいった。それなのに、あたしはそのことに気付くこともせず、ましてやお墓の前で涙ひとつ流さなかった。
「ごめんなさい。おばあさま、ごめんなさい! あたし、あたし、おばあさまのことが大好きだったのに! 死んでしまったことが、こんなにも悲しいのに! それなのに……!」
頭の中でおばあさまとの思い出があふれだす。
楽しい思い出が、嬉しい思い出が、どれだけ愛してもらったか、どれだけ愛していたか、それはまるでこれまで閉じこめられていたかのように、一気にあふれ出して蘇ってくる。
涙が止まらない。申し訳なさと悲しさと愛おしさで、涙が止まらなかった。
「フレミア。大丈夫だからな」
「はい。今は思う存分泣いてください」
ライとリカリアーナは、そんなあたしが泣きやむまで、ずっと優しく頭を撫でてくれた。
まるで大好きなおばあさまみたいに。
ずっと。ずっと。
◇◆◇
少しだけこのあとのことを話そうと思う。
あのあと、あたしたちは王都に戻った。もうダンジョンを進んでまでドラゴンを探そうなんて気は、どこからも湧いてこなかった。あれから時間が経った今でも、そういう気持ちは湧いてこない。
まあ、マルドゥナ家の跡取りとしては、いずれご先祖様の汚名はそそがないといけないわけだけど、そこまであせる必要はないかなと今は感じている。一時はあれだけ頑なに願ったものだけど、なんでだろう? ダンジョン発見っていう大発見をしたからかな?
そのあたしたち三人が発見したダンジョンだけど、リカリアーナが報告し、その後に改めてギルド職員が確認したことで、正式に新しいダンジョンとして認められた。
名前はこれまでのダンジョンのように、発見者の姓名の一部から取ってつけられることになった。
即ち、マルドゥナダンジョンである。
リカリアーナは名前を使われたくないと固辞し、ライは少し悩んでいたが、ずっとマルドゥナ家が探してきた結果だからな、と言ってやはり辞退した。発見はあくまでも三人の功績だけど、名前はそういうことになった。
このマルドゥナダンジョンの発見に王都は一時沸き立ったが、調査もかねてギルドより派遣されたAランク冒険者パーティー三組からなるレイドパーティーが壊滅した事態を受けて、一転して微妙な空気になった。
そもそもダンジョンの入り口が危険な魔の森の奥であり、さらにその攻略難度も桁外れと来れば、挑戦する冒険者などほとんど皆無に近かった。ダンジョンの恩恵はもはやないも同然である。
……結局このマルドゥナダンジョンは、その本格攻略開始がずいぶんと先まで延期されることになる。
ここを舞台に、ギルドマスターの号令により各地からかき集められたSランク冒険者たち、そして王国騎士団の精鋭が入り交じった大騒動にまで発展するのだが、それはまだ先のお話である。
さて、そんなダンジョンを一緒に見つけ出した冒険の仲間たちだが、リカリアーナは今日もギルドの受付嬢として冒険者たちを見送っては出迎えている。
どうしてレベルの高い彼女が冒険者の受付嬢なんかをしているのか、それはあたしにはわからないけれど、なんとなく彼女には似合っているような気がした。
あのあと知的好奇心がおさえきれずに、彼女の使っていた特技とその特技を習得できるスキルについて調べてしまって、色々と彼女を取り巻くものを理解してしまったけど、それでもやはりギルドの受付嬢が優しいリカリアーナには似合うと思うのだ。
そしてもう一人、ライのことだけど……。
「あのね、ライ。あたし、ライに謝らないといけないことがあるの」
しばらくライが暮らしていた孤児院に逗留したあと、あたしは家に帰ることになった。
見送りに来てくれたライに、ずっと言えなかった秘密を口にする。
「あたしね、実は十六歳って言ってたけど、本当は十一歳なの!」
「ナンダッテ? ソウダッタノカー!」
ライはすごく驚いて、それから笑って許してくれた。
「それじゃあね、ライ。色々とありがとう。あなたに出会えて本当によかったわ。マルドゥナダンジョンが攻略されるときには王都に来るから、そのときはまた一緒に冒険をしましょう」
「そうだな。そのときはよろしく頼む」
「任せて! なんたって、あたしは偉大なる大魔法使いを先祖に持つ未来の大魔法使い! フレミア・マルドゥナなんだから!」
最初のときと同じようにそう言って、笑い合いながら手を振って別れる。
「あ」
馬車に乗って王都を出発したあと、もうひとつ忘れていたことがあることを思い出した。
「そういえば、ライのステータスを結局見せてもらってないわ」
それと最初に話せなかった、話しても信じてくれないと思って言わなかったマルドゥナの秘密。それをライにだけは伝えておきたかった。
でもまあ、いいか。これでライとは今生のお別れではない。
おばあさまのお墓参りをしたら、またいずれ彼に会いに行こう。
そのときはライのステータスのことを聞いて、ドラゴンのステータスの秘密を教えてあげよう。
あたしは適当な紙を取り出し、そこに嫌というほど脳裏に刻み込まれた、ドラゴンのステータスを記す。
「オープン」
そのあと見比べるために、自分のステータスを横に並べた。
まず、これが今のあたしのステータス。
フレミア・マルドゥナ
レベル:29
経験値:41400 次のレベルまで残り4006
【能力値】
体力:698
魔力:1244
筋力:82
耐久:90
敏捷:81
器用:129
知力:241
【スキル】
魔導師:B 熟練度346
魔法を扱う才能。
熟練度100ボーナス……魔力、知力のステータスUP小。
200ボーナス……魔力の消費量減少
300ボーナス……同一魔法連続使用時に詠唱破棄が可能。魔力消費は倍。
火属性魔法:A 熟練度382
火炎の魔法を扱える。
地属性魔法:D 熟練度277
大地の魔法を扱える。
悪運:B 熟練度321
死を回避する力。
熟練度100ボーナス……戦闘時の幸運UP。金運DOWN。
200ボーナス……戦闘時の幸運UP大。金運DOWN大。
300ボーナス……戦闘時の幸運UP。恋愛運UP。
【マジック】
ファイアボール……炎の玉を撃ち出す。消費魔力20。
フレイムブロウ……前面に火炎を展開する。消費魔力65。
フレイムブレイク……大地より猛烈な勢いで炎を噴き上げる。消費魔力250。
ストーンアロー……こぶし大の石を撃ち出す。消費魔力20。
ロックジャベリン……石の槍を射出する。消費魔力65。
ライとのお金稼ぎのときも合わせて、レベルがひとつアップした。
あと悪運スキルの熟練度が三〇〇を超えてしまった。金運が著しく下がってしまってとても悲しい。
でも三〇〇ボーナスの方は素直に嬉しかった。恋愛運がアップだなんて、おばあさまの表情を見てずっと逆だと思ってたわ。なんでこのことを教えてくれなかったのかしら? 恥ずかしかったのかしら?
そんな感じであたしは今回の冒険を通じて大きく成長した。
けど、それでもドラゴンのステータスは読むことができない。
なぜなら――
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これがご先祖様が読み取ったというドラゴンのステータス。
もはや目をつむってでもこれだけは書けてしまう。なんて書いてあるかは読めず、多くの人がきっと信じてはくれないだろうけど。
それでも信じてくれる人はいる。
「ふふっ、ライならきっと信じてくれるわ。それですごくすごく驚くわ」
ライの驚いた顔を思い浮かべ、あたしはクスクスと笑う。
それから馬車の窓から顔を出して、城壁と騎士と冒険者の街が見えなくなるまで、目に焼き付けるように眺め続けた。
いつかまた、あたしはここへと戻ってくる。
今度こそドラゴンを見つけるために。ご先祖様の汚名を晴らすために。
でもまあ、今はゆっくりと成長をしようと思う。
そしてこの悪運に負けないように、
「ライ! 本当にありがと――!!」
素敵な恋とか、したいと思う。
次はまた主人公視点。
デート回という名の殺人鬼捜索編という名の彼と彼女の馴れ初め編の予定です。
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