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万年Eクラスの冒険者①



 ガンガンと誰かが頭の中でトンカチを振るっている。


「う、が……頭いてぇ……」


 最悪の目覚めだった。昨日しこたま安酒を飲んだ所為だ。


 こんな日は一日中宿屋のベッドの上で寝転がっていたいものだが、生憎と俺の財布は風に飛ばされそうなほどに軽かった。今日の宿代を稼いでこないと、この寒空の下で野宿する羽目になる。それに日課をさぼるわけにもいかない。 


 俺は頬を軽く叩いて気合いを入れると、簡単に身支度をととのえ、最後に壁に立てかけてあった愛剣を手に部屋を出た。


 俺がここしばらく宿として使っている『黄金の雄鶏亭』は、二階が客室で一階を食堂として宿泊客以外にも開放していた。夜ともなればむくつけき冒険者たちが、一日の疲れを癒すために団体でやってくる。


 本格的な酒場というわけではないのだが、『黄金の雄鶏亭』はこの王都ラシェールの冒険者たちに人気だった。料理が美味いというのもあるが、それよりも彼女の存在が理由としては大きいだろう。


「あ、ライさん。おはようございます」


 一階に下りてきた俺を出迎えてくれたのは、明るい笑顔が魅力的なロロナちゃんだった。


 年齢はまだ十六歳。亜麻色の髪を頭の後ろでまとめ上げ、ひたいに汗をにじませながら料理を運んでいる。短いスカートからのびる健康的な太ももが、二日酔いの朝にはまぶしかった。


「おはよう、ロロナちゃん。悪いけど、水を一杯もらえる?」


「かしこまりました。ご一緒に野菜たっぷりのホワイトシチューはいかがですか? 二日酔いに聞くって評判なんですよ」


「あ~」


 さすがは『黄金の雄鶏亭』の看板娘。俺が二日酔いなのはお見通しらしい。


「すごく魅力的だけど、今日はやめとく。依頼受けてこないと金がないんだ」


「あれ? でもライさん、昨日も依頼受けてましたよね? 他の冒険者の方が、大体三日に一回くらい依頼を受ければ暮らしていけるって言ってましたけど」


「そりゃ、Cクラス以上の冒険者の話だよ」


 同じ冒険者でもクラスというものがある。上はSクラスから下はEクラスまで。クラスが上がるほど受けられる依頼も報酬が高額のものになる。多くの冒険者の中で一握りしかいないAクラス以上ともなれば、少年少女たちの憧れである王国騎士団の平団員よりも高給取りだ。


 だが上がいれば下もいる。底辺は毎日必死に依頼をこなさなければ、その日をしのぐこともできないのだ。


「俺は万年Eクラスの冒険者だからな。汗水垂らして働かないと」


 ロロナちゃんに水だけもらって、俺は毎日の日課をこなすべく『黄金の雄鶏亭』をあとにした。






       ◇◆◇






 日課をこなしたあと、俺は冒険者たちを束ねる冒険者ギルドに足を運んだ。


 まだ朝も早いというにもかかわらず、ギルド内はよりよい依頼クエストを求める冒険者たちでいっぱいだった。特にDクラス以下の冒険者でも受けられる下級のクエストボードの前には、大勢の冒険者たちが詰めかけていて、新しいクエストが貼られるたびに争奪戦が起こっていた。


 嫌だな。あれには絶対に参加したくない。

 頭痛はだいぶよくなったが、それでも万全とは言い難いのだ。


「仕方ない。今日も不特定狩猟クエストを受けるか」


 俺は直接ギルド職員のいる受付カウンターに足を向けた。


 三つある窓口の中から選ぶのは、もちろん馴染みの受付嬢のいるカウンターだ。


「よお、リカさん。今日もよろしく」


「おはようございます、ライさん。今日もいつものですか?」


 無感動な冷たい瞳でにらむように見てくるのは、俺が冒険者になったのと同じくらいにギルド職員になったリカさんだ。


 長い銀髪と切れ長の瞳が凛々しい美人さんなのだが、いつも相手をにらむような視線で、口調もぶっきらぼうなので、新人の冒険者には避けられがちな可哀想な女性である。だから二十歳を超えているのに彼氏の一人もできたことが……


「ライさん。あなた今、変なことを考えませんでしたか?」


「滅相もございません」


 鋭い! 怖い!


「……まあ、いいでしょう。少しお待ち下さい」


 リカさんは近くの棚から紙を一枚取り出すと、そこにペンでさらさらとクエスト内容を記入していく。


 彼女が今作ってくれているのは、クエストボードに貼られている個別クエスト――つまり依頼人がいて、依頼の達成に応じて報奨金が出るクエストとは違い、倒したモンスターの素材をギルドが買い取り、その合計金額が一日の収入となる不特定狩猟クエストだ。


 この不特定狩猟クエスト、受ける者はほとんどいない。


 たしかに冒険者はモンスターを狩る。だがそれはクエストの目標として、もしくはその過程において邪魔だから倒しているのであって、本来の目的はクエスト達成の報奨金なのだ。モンスターの素材はあくまで副収入に過ぎない。


 もちろん、素材の中には高値で買取してくれるものもある。だがそれでも報奨金が出ないため、苦労の割には対価が見合わない、というのが冒険者共通の認識だった。他にも個別クエストを達成していかないと上のクラスに上がれなかったりとか、純粋に目標が設定されておらず、自分のレベルに見合わない敵が現れる可能性もあって危険だから、というのも理由としては大きいか。


 冒険者などとは呼ばれているが、実際はそこまで冒険などしない。


 自分のステータスとクエストの難易度、モンスターのレベルとを突き合わせて考慮すれば、最低限の安全は確保できるのだから。危険はつきまとうが、馬鹿をやらなければ命まで落とすことはそうそうない。


 それが冒険者という職業なのである。


「……俺以外は、な」


「なにか言いましたか? ライさん」


「いいや、なんでも。俺もたまには普通の依頼を受けたいなぁと思って」


 リカさんが無言で下級のクエストボードを指さした。


「ごめんなさい。俺に一人であの人混みをかき分けていく勇気はないです」


「ならパーティーを組んで下さい。それだけで危険度は大幅に落ちるのですから」


「やだなぁ、リカさん。俺みたいな五年間もEクラスやってる冒険者とパーティーを組んでくれる人がいるわけないだろ?」


 冒険者はEクラスから始まり、遅くとも一年でDクラスに昇格することができる。三年もあればCクラスに上がっていてもおかしくない。それ以上は才能に左右されるが、それでも冒険者歴五年ともなればBクラス昇格者の仲間入りを果たしても驚くほどではないだろう。


 逆に五年もEクラスという方が驚きなのだ。


「ぷっ」


 なので、後ろに並んでいた年若い冒険者たちが思わず吹き出しても、まあ、仕方がないというものだ。


「あんた、五年もやっててまだEクラスなの? Dクラスに昇格するのに必要なレベルって、たった十レベルなのに?」 


「そうだよ。十レベルと二十件の依頼達成でDクラスに上がれるな」


「そうそう。依頼達成二十件ってところが面倒だけど、レベル十は簡単すぎるよ。冒険者になるときには、普通それくらいのレベルになってるしさ」


 リーダーらしき少年の言葉に、他の三人が自分のステータス画面を俺に見せてきた。右から『13』『14』『14』レベル。しかも最後の奴は剣士スキルもってやがる。くそっ、うらやましい。知らない女の人にいきなり道ばたで振られればいいのに。


「ちなみにオレはレベル十四ね。あんた、レベル今いくつなんだよ?」


「さぁな。言わないといけない義理はないだろ?」


「ええ。そりゃないぜ。オレたちなんてステータス見せたのに」


「勝手に見せてきてなに言ってるんだよ」


「いいじゃん。ステータス見せてよ。絶対に笑わないからさ」


 すでににやにや笑っているこの少年が、実際に俺のステータスを見たときどんな顔をするのかは気になったが、そのあとが面倒臭そうなので無視することにした。


「なんだよ。ケチだな。そんなだからレベル十にもあがれないんだよ」


 違ぇよ。ケチなのは金がないからだよ。


 とは反論せずに、前を向く。


「…………」


 リカさんがものすごい不機嫌そうな顔でこちらをにらんでいた。


「ごめんなさい」


「なんでライさんが謝るんですか? なにか悪いことでもしたのですか?」


「いやだって目が」


「鋭いのは生まれつきですがなにか?」


「申し訳ございませんでした」


 今度こそ本気で頭を下げると、リカさんはため息を吐いて、それから書き終わっていたクエスト用紙を渡してくれた。


 その際、俺の耳元でそっと囁きをもらす。


「申し訳ございません。ライさんがEクラスなのには理由があるのに」


 本当に、なぜこんないい人に彼氏がいないのか、俺は甚だ疑問である。


「気にしないでくれ。こっちこそ、色々と気を遣わせて悪いな」


「いいえ。これが私のお仕事ですので」


 リカさんは首を横に振ると、いつもの見送りの言葉を小さな笑みと共に口にした。


「行ってらっしゃい。どうかお気をつけて」


「ああ。行ってきます」


 手を軽くあげて俺はクエストに出発した。


「ちょっ、なんで!?」


 なにやら後ろに並んでいたあいつらがリカさんのクールな対応に悲鳴を零していたが、まあ、いつものことなので気にせずギルドを出ることにした。




誤字脱字修正

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