この世界を守るため①
結局、あのあと俺たちは一週間近く帝都に留まることになった。
俺とメルフレイヤの戦いによる破壊自体は、さすがは帝国といったところですぐに修復された。怪我人はいくらか出たみたいだが死者は出ていないと聞いて、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。
俺の身体に起きた変化も、リカさんによるごにょごにょで元に戻り、傷もこの一週間で癒えた。
そうして今日、ようやく俺たちは旅を再開させることができたのだった。
俺とリカさんの二人は、あのときの先輩冒険者たちが気を利かせて連れてきてくれた馬車に荷物を積み込み、すぐに出発できる体勢を整えてから、見送りに来てくれた人たちの方を振り返る。
といっても、帝都で仲良くなった相手など存在しない。
見送りに来てくれたのは、俺の監視目的の騎士たちと、それを率いた皇族の一人。そして、とんがり帽子を被った小さな魔法使いだった。
「フレミア、本当にここに残るのんだな?」
「うん。あたしはここに残る」
ここまで旅を共にしてきたフレミアは、帝都に残ることをこの一週間の滞在で決めていた。何度か話し合いもしたが、その決意は強く、意見を変えることはなかった。
「今回の戦いでわかったの。あたしはまだまだ全然弱くて、いざというときにライを頼ることしかできないんだって、そうわかったの」
「仲間なんだ。お互いに助け合うのは当然だ」
「ううん、あたしの場合は一方的に助けてもらうただけ。そんなのは対等な仲間とは言わない。ライがよくても、あたしがそれが嫌なの」
「フレミア……」
「だからあたしはここに残る。残ってここで、次はライを守ってあげられるくらい、すごくすごく強くなる! この場所ならそれができるから、あたしはここに残るの!」
「……メルフレイヤに弟子入りするつもりなのか?」
フレミアが最速で強くなるには、その選択肢が一番だろう。
だが不安は残る。あの戦いのあと、メルフレイヤは憑きものが落ちたように落ち着いたと聞いていたが、実際にどうなったのかまでは確認できなかった。
フレミアが望むなら、きっと弟子入りはできるだろうが、それでもメルフレイヤにあの狂気が蘇れば即廃人にされかねない。俺はそれが心配なのだった。
「違うわ。あたしはメルフレイヤに弟子入りなんてしない」
しかし俺の心配とは裏腹に、フレミアは首を横に振ってそう答えた。
そのあと、むん、と胸を張って続けた。
「メルフレイヤがあたしに弟子入りするのよ!」
「師匠、お待たせ致しました!」
そのとき通りの向こうから、息を切らしながら見知った『大導師』が駆け寄ってきた。
「どうぞ、師匠。頼まれていた帝都まんじゅうをお持ちしましたわ」
「うむ、ご苦労」
メルフレイヤはフレミアに対し、恭しく大きな蒸かしたまんじゅうを差し出す。
それをフレミアは横柄な態度で受け取ると、笑顔でぱくりとかぶりつく。
「むむっ!」
しかしすぐに目をつり上げると、まんじゅうをメルフレイヤに突きつけた。
「ちょっと、メルフレイヤ! これ、中身のあんこが入ってないじゃない!」
「あら? 店主の方が入れ忘れてしまったのでしょうか? では急いで新しいものを……あら? あらあら?」
メルフレイヤは自分の身体をさすると、頬に手を当て、困ったように微笑む。
「どうしましょう? お財布を落としてしまったようです。しかも用意しておいた予備の分も、予備の予備の財布もすべて」
「ちょっ、大変じゃない!?」
「いえいえ、いつものことですので」
「あー、そっか。『悪運』スキル持ちだもんね。たしかに日常茶飯事だわ」
「はい。最近は前にも増して運が悪くなってしまったようで」
「じゃあ、仕方ない。これで我慢するわ」
「では約束通り?」
「あなたの女子力は、あたしがきっちり鍛えてあげるわ! 任せなさい!」
「代わりにわたくしは魔法の指南をすればよろしいのですね?」
「そうよ。きちんと教えなさい、我が弟子よ」
「はい、師匠! よろしくお願い致します!」
なんだこれ?
二人だけがわかる会話をしているマルドゥナ一族の二人を見て、俺は混乱する。
「フレミア。メルフレイヤが弟子ってどういうことだ?」
「どうもこうも、そのままの意味よ。メルフレイヤはあたしの弟子になったわ。女子力のね」
「うん、ちょっと意味がよくわからない」
二人の間でどういう約束が交わされたのかはわからないが、なんかそういうことになったらしい。
「とにかく、これなら大丈夫……なのか?」
今のメルフレイヤの様子を見るかぎり、たしかに前とは違う。前はいつも心が戦場にあるようだったが、今はそんな風には感じない。俺に対し、執着している様子も見られない。
「『閃光』殿。ご心配には及びませんよ」
俺がまだ少し疑いを残しつつメルフレイヤを見ていると、見送りに来ていた帝国のメリウス皇子が話しかけてきた。
「もし『大導師』様がまた狂乱されても、フレミア殿は我々がしっかりと守ってみせます」
「それはありがたい申し出だが、なんでフレミアを?」
「それはですね。我々がフレミア殿の大ファンになったからです」
メリウス皇子は恍惚とした表情で語り出す。
「我々もあなたと『大導師』様の戦いを遠くから見ていたのです。あなたの戦いざまにも見惚れましたが、なにより我々が痺れたのは最後のフレミア殿の一撃でした。ええ、彼女の拳がメルフレイヤの顔面を打ち抜いたときは、ついついその場にいた配下全員で叫んでしまいましたよ。今も思い出すだけで……」
メリウス皇子は拳を握りしめると、
「よっしゃぁあああああああああ――ッ!!」
帝都中に響くような歓喜の雄叫びをあげた。
「クソババァが負けて最高に嬉しいです。よって、我々はフレミア殿を命にかけて守り抜くと誓いました」
この国は本当に大丈夫なんだろうか?
そう思ったが、俺はなにも言えなかった。メルフレイヤが全部悪いとはいえ、こちらは城を壊したりと色々と迷惑をかけているのだ。
「『閃光』殿も、なにか困ったことがあれば言って下さい。このメリウス、助けになりましょう」
「ど、どうも」
俺はそそくさとメリウス皇子から離れると、最後にもう一度、リカさんと抱擁しつつ別れのあいさつを告げているフレミアのところに向かう。
「フレミア。それじゃあ、俺とリカさんは出発するから」
「うん」
「……色々とありがとな」
俺はフレミアの頭を帽子の上から撫でてやる。
フレミアはくすぐったそうにしながら笑顔を浮かべ、最後までその笑顔のまま見送ってくれた。
「それじゃあね! ライ! リカリアーナ! マルドゥナダンジョンの攻略のときは王都に戻るから、そのときはまた一緒に冒険しましょうね!」
「ああ。楽しみにしてるよ」
大きく手を振るフレミアに見送られ、俺たちは帝都を出発する。
メルフレイヤは最後まで、俺に声をかけてくることはなかった。
ただ最後に、小さく、詫びるように頭を下げた。
それを見て、なんとなくフレミアは大丈夫そうだと、俺はそう思った。
……むしろフレミアが抜けて大丈夫じゃないのは俺たちの方なんだけどな。
「ライさん。二人きりですね」
帝都を後にして少しした頃、御者席の隣に座ったリカさんがおもむろにそう言ってきた。
さらに音もなく距離を詰めてくると、ぴとりと肩にもたれかかってくる。
「私たち二人きりで、これからしばらくの間過ごすのですね」
「そ、そうだな。ところで、ちょっと距離が近いような」
「仕方がないのです」
リカさんは肩にもたれかかったまま、上目遣いで甘えるような声出す。
「私の『殺人鬼』スキルが熟練度一〇〇に達してしまったため、今、私は殺人衝動に苛まれています。これは前にお話ししましたね?」
メルフレイヤとの戦いのあと、その事実を聞いて俺は頭が真っ白になるくらい恐怖したものだ。
けれど、当の本人であるリカさんの方は冷静そのもので、逆に大丈夫だと俺を慰めてくれる始末だった。
それでも……
「なんとかしないとな」
「はい、なんとかしないといけないのです、なので、こうしてライさんと片時も離れることなく、身も心も溶け合うようにしていなければならないのです」
「いや、そういうものなのか?」
「そういうものなのです。ライさんと触れているときだけが、今の私にとって心安らげる瞬間なんです」
「いやでも、しばらくは問題なさそうだって最初に説明してくれたときに言ってたような」
「あー、殺人衝動辛いなー。ライさんにくっついてないと、人、コロコロしてしまいそうで怖いなー」
棒読みでそうつぶやくと、リカさんは腕を組んできた。腕にリカさんの柔らかい胸があ、あたってるんだけど!
さらにリカさんは俺の腕に頬を擦り寄せてきて、
「えへへ、ライさんと二人きりだ」
なんて、子供みたいなあどけない笑顔でつぶやく。
なんだろう? なんなんだろう?
リカさんが可愛すぎて怖いんですが!
たしかに、この前の戦いで俺はリカさんに告白された。リカさんが俺のことを好きなことに疑いはなく、こうしてくっついてくるのも親愛の表現なのだろう。
だがしかし、前までのクールなリカさんとは違いすぎて、俺の戸惑いが有頂天だった。
……いや、有頂天ってなんだ?
いけない。本格的に俺も混乱している。
「と、とにかく、リカさん。ここからリカさんの生まれたタトリン村までは、五日間くらいなんだよな?」
「はい。こちらからの道順は初めてなので、多少は迷うかも知れませんが、それでも許容範囲でしょう。食料も大量に積み込んでいますし、こうして二人仲良くくっついていれば、あっという間です」
「く、くっつき続けるんだ」
「はい。ずっとくっつき続けます。夜も一緒の毛布にくるまって寝ましょう」
「いやいやいや! それはまずい! 色々な意味でまずいって!」
こうしているだけでも心臓がバクバクして色々とまずいのに、一緒の毛布で寝るなんてしたら、俺としても我慢できる自信がない。
「それに見張りもしないとだし!」
「……それはありますね。里の周りの森はモンスターも出ますし」
「それは危険だな! よし、夜の見張りは任せてくれ! どんなモンスターが出ても、リカさんには指一本触れさせないから!」
「愛してます」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい。ライさんへの愛があふれすぎてついまた告白してしまいました」
リカさんはなぜかこのときばかりは前のようなクールな表情で言うのだった。
……いや、俺も男だし、正直なところ嬉しいよ?
こんな美人で優しい人に思ってもらえて、嬉しくないわけがない。
リカさんの態度が変わったのも、俺のことがそれだけ好きなんだと思えば、ひとつひとつの仕草が愛おしくてたまらない。
でも告白の返事は待ってくれなんて恥知らずなことを言った手前、素直にその愛情表現を受け止めることができないのだ。ここで流されてしまうのは、あまりにも最低だろう。けどリカさんが可愛いと思う気持ちはとめどなくあふれてきて……。
つまりリカさんが可愛くすぎてどうしよう? という状況なのである。
……この先、五日間もこの調子で大丈夫だろうか? いや、よくよく考えれば王都にまで帰るのを合わせれば、一ヶ月近く二人きりで朝から晩まで過ごすわけで。
どうしよう? フレミアが恋しい。あの空気読めない騒がしさが恋しすぎてたまらない。
フレミアがいれば、あたしをのけ者にしないでー、と言って今も俺とリカさんの間に飛び込んできただろうに。
「……あの、ライさん。ごめんなさい」
俺が真剣にリカさん可愛い問題に頭を悩ませていると、リカさんが唐突に、頬を赤く染めて謝ってきた。
「その、自分でもやりすぎだということはわかっているのです。浮かれてしまっている自覚はあるのです。ですが、今しばらくはご容赦ください。タトリン村に着くまでには、きっと、少しは落ち着くことができると思うので」
「リカさん……」
「あとライさんの返事を急かすつもりはありませんので、その点はご安心ください」
リカさんは顔を上げると、迷いのない綺麗な顔で笑った。
「私、いつまででも待ちます。ライさんが私のこと、好きって言って抱きしめてくれるそのときを」
そんなことを言われて、そんな最高の笑顔で言われて、それこそ抱きしめるのを我慢できたのは、泣きたくなるくらい嬉しくて、逆に身体を動かすことができなかったからだ。
俺は幸せものだ。心からそう思う。
だからこそ、早く彼女に返事をするためにも、やらないといけないことがある。
「――ようやく来ましたか」
帝都を離れて半刻ほど。
草原のただ中で、その女は俺たちが通りかかるのを待っていた。
黄金の髪を輝かせ、黄金の瞳をどこか陰らせながら、彼女は馬車を停止させた俺たちのところへ近付いてくる。
「……『聖女』フィリーア」
俺が名前を呼ぶと、システィナの身体に潜む『聖女』の意志は眉をぴくりと上げ、それから仲睦まじく寄り添う俺とリカさんを見て、少しだけ口元を和らげた。
「どうやら、迷いは晴れたようですね。リカリアーナ」
「はい。私はもう迷いません。最後のそのときまで、ライさんと一緒にいると決めました」
「そうですか……ええ、ならばわたくしも覚悟を決めましょう」
フィリーアは笑みを消すと、俺をまっすぐ見て言った。
「ライ・オルガス。あなたには今後、わたくしと行動を共にしてもらいます」
敵である俺を、それでも大切な人のために。
「システィナを助けるのに協力なさい」
この場を借りて感謝と謝罪を。
書籍版ですが、打ち切りにより全二巻という形になります。
応援してくださった方は申し訳ございません。そして、ありがとうございます。
WEB版の方は完結目指して続けていきます。
ただ、今は新作を完結まで毎日投稿することを目標としているので、そちらを優先し、こちらはゆったりとしたペースでの投稿になると思います。
それでもよろしければ、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。
今後とも宜しくお願い致します。