神様の逆鱗⑪
内なる情念を爆発させたかのような咆吼をあげ、メルフレイヤが勢いよく大地を蹴った。
彼女は火の玉となって真っ向からライさんにぶつかっていく。その姿、破壊力は、流星が尾を引いて真横に落ちていくかのようだった。ライさんの巨体が吹き飛ばされ、無理矢理空へと打ち上げられる。
メルフレイヤは追いかけることはせず、四肢で大地をつかみ、ライさんに向かって口を開いた。
炎渦巻く口内に、光の粒が集まっていく。
次の瞬間、ライさんに向かって赤熱の閃光が放たれた。
これまでよりも赤々と燃えた炎は光そのものであり、ライさんに避ける暇すら与えずその身体を貫通していく。
「ライさん!」
「大丈夫だ!」
私の声にライさんは答えながら、翼をはためかせ、追いすがってくる熱線の軌道から逃れる。
逃げ場を塞ごうと、メルフレイヤはさらなる攻撃に出る。
炎をまとった翼をさらに大きく広げると、そこから細い熱線をいくつも射出した。それらは獲物であるライさんに当たるまで、途中で折れ曲がりながらも勢いを落とすことなく追いかけ続ける。
ライさんは細い熱線を自分の火炎の息吹で迎撃しつつ、空を切り裂きつつ追いすがってくる熱線からなおも逃げ続ける。
そうしているうちに、やがて熱線の勢いはおさまり、空に解けるようにして消え去った。
「次はこっちの番だ!」
攻防が入れ替わる。
今度はライさんが上空からメルフレイヤめがけて突っ込んでいくと、彼女の懐に身体をねじ込み、そのまま空中へと放り投げた。
すかさず、そのタイミングで返礼のブレスをお見舞いする。
だがメルフレイヤの熱線とは異なり、ライさんの放つブレスはメルフレイヤにダメージを与えられなかった。命中の寸前、斜線が見当違いの方向へねじ曲げられてしまっている。――メルフレイヤの悪運の守りは健在だ。
空間すらねじ曲がるほどの幸運という名の守り。メルフレイヤは上空で悠々と羽を伸ばすと、その場でくるりと一回転、無数の炎を地上めがけて雨のようにばらまいた。
「リカさん!」
「大丈夫です!」
先程のライさんのように答え、私は未だ嗚咽をもらすフィリーアを抱えて爆撃から逃れる。
「私のことはお気になさらず! メルフレイヤを叩き落としてやってください!」
「ああ!」
ライさんは一瞬力を溜めると、弾かれたように上空へと飛び上がった。
そのまま空中で二人は幾度となくぶつかり合う。炎と炎がお互いの間で交わされ、そのたびにライさんの身体のどこかで血の華が咲く。
二人ともがドラゴンの姿を取っているが、そのポテンシャルには差があった。炎の威力は間違いなくメルフレイヤの方が上であり、防御の面でも悪運の守りのあるメルフレイヤの方が遥かに有利だった。
さらに言えば、ライさんは影に覆われていたときよりも間違いなく弱体化していた。今のメルフレイヤの身体を覆う炎がその役割を果たしているように、あの得体の知れない影が攻守共にライさんを強化していたのだ。
私のしたことはライさんの勝率を下げただけだったのではないか?
そう不安が脳裏を過ぎったとき、戦いながらライさんが不意にこちらを見た。大丈夫だよ、間違ってなんかいない、そう瞳が語りかけてくる。
「おぉおおおおおおお!!」
そしてそれを証明するように、ライさんは熱い雄叫びをあげて左手を前にかざした。
その腕に収束していく漆黒の輝き。そのままライさんが右手を振るうと、輝きは刃の形の衝撃波となってメルフレイヤの放った炎を吹き飛ばしてしまった。
さらにライさんは右手を横に伸ばして、メルフレイヤへと突撃していった。
その右手にも漆黒の輝きは集う。
輝きはまっすぐ伸びて、ライさんの一番得意とする武器になる。
そして一閃――すれ違いざまに振るわれた黒の光剣が、メルフレイヤのまとう炎を切り裂いた。
悪運の守りに阻まれて、メルフレイヤ自身には届いていない。恐るべきはその幸運であり、しかしライさんは笑ってみせた。きっと、悪運の守りを突破するための作戦を思いついたのだろう。
「いいだろう。運がよくて攻撃が当たらないっていうなら――」
つまりは――いつものライさんの得意技だ。
「当たるまで、斬る!」
振るう刃に、迷わずおのれの運命を託す。ライさんは両手から漆黒の剣をのばし、空を縦横無尽に駆けめぐって、次々にメルフレイヤに剣を叩きつけていく。
刃は歪む空間に阻まれて届かない。ならばその空間をまずは切り裂かんと、ライさんは逸らされた攻撃を無理矢理軌道修正し、空間を横から薙ぎ払った。その間にメルフレイヤに炎を叩きつけられるが気にしない。
ライさんが攻撃する。メルフレイヤの幸運が阻む。ライさんがメルフレイヤの幸運の守りを吹き飛ばす。メルフレイヤはさらなる幸運をもって守りを築き上げる。
そんなやりとりが幾度となく繰りされるほどに、ライさんの身体が血と火傷に覆われていく。
だが怯まない。前へ前へと、ライさんの攻撃はより苛烈になっていく。
「なぜ?」
獣だったときよりも、よほど恐るべき執念をもって攻め立ててくるライさんに、メルフレイヤは困惑も露わに問いを投げかける。
「殺意を感じない。なのに、なぜそこまで戦えるのですか?」
「決まってるだろ。――俺は、好きって言われたんだ」
ライさんは即答した。
「生まれて初めて愛の告白をされたんだ。しかもその人はすごく綺麗な人で、優しくて、でも不器用で、そんなところも可愛い人なんだ」
照れもなく誇らしげに語りながら、ライさんは渾身の力をこめて刃を叩きつける。空間に阻まれても、そのまま力ずくで押し込んでいく。その力はメルフレイヤが困惑するほどに、想像を遥かに超えて強壮だった。
「そんな素敵な人から、こんな俺が好きだなんて言われたんだぞ? ならさ、それならさ」
そこまで力を出せる理由を、ライさんは叫ぶ。
「男として、今ここで格好悪いところ見せるわけにはいかないだろうがッ!」
ライさんが雄叫びと共に最後の一押しをした瞬間、振るった刃がなにかを貫き、メルフレイヤの身体を切り裂いていた。
飛び散る血潮。それを見て、メルフレイヤは悲鳴のような雄叫びをあげた。
咄嗟に自分を守るべく、メルフレイヤは辺り一面に炎をばらまく。
向かってくる炎を切り裂き、ライさんはさらに刃をメルフレイヤに叩きつけていく。幸運など知らぬ。悪運など知らぬ。そう言わんばかりに、すべてを力ずくで叩き破っていく。
そう、これがライさんだ。メルフレイヤの悪運の守りが理不尽なまでに凶悪だというのなら、それを超える理不尽の権化がここにいる。
「メルフレイヤ! お前はたしかに強いしその悪運もすごいが、今は負ける気がしない!」
ライさんは上段からの大振りの一撃で、メルフレイヤを地面に叩き落としてみせた。
「ライさん……」
私は色々な思いで胸に詰まらされる。
私の告白は余計なことではなかったと、ライさんは言ってくれたのだ。私の告白が力になっているのだと、そう証明してみせてくれたのだ。
なら、今私が言わなければならない言葉は決まっている。
「ライさん! がんばってください!」
「おう! リカさんの応援があれば百人力だ! 今の俺ならなんだって出来る気がする!」
ライさんが剣を天に向かってかかげる。
すると無数の黒剣がライさんの周りに生まれ、いっせいにメルフレイヤめがけて降り注いだ。刃の切っ先は悪運の守りをすり抜けるように貫通し、メルフレイヤの身体を地面に縫い止めて動きを封じた。
そこへ天にかかげた剣を、ライさんは力いっぱい投擲した。
流星となって駆け抜けた剣は、メルフレイヤが覆っていた炎をすべて吹き飛ばす。
そのあとに残ったのは、人間の姿に戻ったメルフレイヤの姿だ。
「傷が、血が、命が、零れていく……」
傷だらけになったメルフレイヤは、流れ出る自分の血を見て、悲哀と喜悦とが入り交じった声をもらす。
「あ、愛、わたしは愛を感じている。そう、愛を、愛を、だから……」
血潮が燃える。メルフレイヤの身体は、瞬く間に再び燃え上がった炎によって覆われた。
「まだ、まだ終われない。死んでないなら終わらない!」
炎のドラゴンとなって蘇ったメルフレイヤが、ライさんに向かって熱線を放つ。
だが今のライさんは通じない。再び右手に剣を握ったライさんは、その切っ先からメルフレイヤ以上の閃光を解き放った。輝きは熱線を真っ向から吹き飛ばし、再びメルフレイヤの炎を消し飛ばしてしまった。
「まだ!」
それでもメルフレイヤは炎のドラゴンとなって蘇る。何度も、何度も、蘇る。
「まだ、わたしは、死んでいない!」
死んでいない以上は戦いは終わらない。死という願いが果たされない以上は、メルフレイヤ・クルーリオは止まらない。
燃え上がる炎は彼女の魂が形になったもの。その魂が折れないかぎり、彼女の炎は消えることはなく、そして魂が折れることはあり得ない。
なぜなら――彼女は愛に生き、愛に死ぬと決めたからだ。
「これは……?」
そのとき、私の脳裏に知らない光景が過ぎった。
それはある一人の女の人生。メルフレイヤという一人の人間が送った人生の情景だった。
「メルフレイヤの記憶が流れ込んでくる……!」
メルフレイヤは他者の感情を操る。その力の一端か、彼女の熱にあてられ、強制的に彼女という存在を脳裏に焼き付けられていく。
狂気の愛を、共有させられる。
メルフレイヤ・マルドゥナ。
ドラゴンの捜索という使命を帯びたマルドゥナ家に生まれた彼女は、使命に殉じる道を選んだ姉とは違って、その使命に対して反抗心を抱きながら育った。
『先祖なんて知らない。嘘吐きの一族と呼ばれても構わない。ドラゴンなんてどうでもいいし、そもそもドラゴンなんてものは本当は存在しないでしょう?』
貧乏な家。使命を継承せよと口うるさい両親。ドラゴンという存在に恋いこがれ、自分とは遊んでくれない姉。そんな家庭環境では、ある意味では仕方がなかったのかも知れないが、物心ついたときには彼女はそういう風に思うようになっていた。
『お姉様はお馬鹿さんだわ。青春を犠牲にして、ありもしないものを追いかけて、ああ、なんて可哀想なのかしら』
冒険者になった姉をメルフレイヤは哀れんでいた。
そしてそんな姉に見せつけるように、あるいは馬鹿な夢から目覚めさせようとして、自分は恋多き青春時代を送った。
そんな中で、メルフレイヤは心から好きになった男性について、彼の生まれた国に嫁ぐことを決めた。
彼の国は遠い場所にあって、もう故郷には帰ってこられないかも知れない。家族とも今生の別れになるだろう。でも、それでもいいと、そう思える相手と彼女は巡り会えたのだ。
そして――マルドゥナの使命を完全に捨てることにも抵抗はなかった。
なぜなら、姉は見送りに来てくれなかった。
今生の別れになるそのときにもかかわらず、自分よりもドラゴンを優先した姉を見て、メルフレイヤはマルドゥナという名前に決別する決意を固めたのだった。
『さよなら、お姉様。さよなら、愚かなマルドゥナ。あなたたちとは違って、わたしはちゃんと幸せになってみせるから』
自分はマルドゥナの呪いから解放されたという優越感を胸に、故郷に背を向けて、家に背を向けて、メルフレイヤは愛のために生きる道を選んだ。神様の前で愛を誓い、ステータスの名前を変えて、夫と幸せな家庭を築きあげた。
……けれど、その幸せは長くは続かなかった。
きっかけは小さな戦争だった。
あるいは、故郷を離れてすぐに聞こえだしたその声がきっかけか。
『ねえ、あなた。戦争になんて行かないで。わたしを一人にしないで。わたし、怖いの。夜、眠るたびに耳元で獣の声がする。逃がさないって、そうわたしを責める獣の声がするの』
そう言って引き留める彼女を置いて夫は戦地に向かい、そのまま帰らぬ人となってしまった。
『嘘吐き。必ず帰るって約束したのに』
彼は嘘を吐いた。彼は自分の愛を裏切ったのだ。
『そう、裏切った。なら、わたしもこの愛を終わらせないといけない』
だから一切の疑問が入る余地のない当然の帰結として、彼女はそう結論を出した。
『これは真実の愛ではなかった。ただ、ステータスが変わっただけの、その程度の愛だった。……きっと、わたしを愛してくれる人は別にいる。そうよね?』
彼女は誰かに問いかける。誰もいないはずの闇に問いかける。
『愛に生きると決めたの。なら、愛を探さないといけない。そうでしょう?』
是、と答える誰かに背中を押され、彼女は色々なことをした。色々な人と接した。色々な人を愛そうとした。
その中で気付いた。愛すべき人は戦場に多くいることに。心臓の鼓動を大きく震わせてくれる人が、戦場にはいくらでもいたのだ。
そう、この胸の高鳴りこそが愛だろう。それはただの死への恐怖だと誰かが言ったが、そんな言葉は嘘だと思った。
だって本当にこの感情が恐怖だというのなら、戦争に参加するのに尻込みしているはずだ。戦地に足を踏み出せないはずだ。
けれど、そこへそこへと身体が突き動かされるのだから、この感情が恐怖であるはずがない。この感情に従うことに、罪も罰も感じない。
愛だ。戦場にこそ、愛はある。殺し合いの中にこそ、わたしの探し求めている真実の愛はあるのだ。
だから戦う。彼女は戦う。込み上げてくる愛を成就させたくて、相手と殺し合う。相手に殺されることだけがこの胸の高鳴りを終わらせることだと、理由はないけどわかるから、彼女は戦った。
戦って、殺してしまって、戦って、殺して、戦って、殺して、殺して、殺して、気が付けば彼女は『大導師』なんて言われるようになっていた。
そのころには獣の唸り声は聞こえなくなっていた。いや、最初からそんなものは存在しなかったのかも知れない。
そんなことよりも、早く誰かに殺して欲しい。強い人と巡り会い、この心臓の動きを止めて欲しい。
生まれながらの使命から解放され、自分なりの人生を必死に生き抜いて、そうしてようやく見つけた自分だけの夢……。
『愛が欲しい。死が欲しい。終わりが欲しい』
そう思って、そう願って、今、メルフレイヤは此処にいる。
炎のドラゴンとなって、此処にいる。
「だからお願い。わたしを愛して。わたしを殺して」
メルフレイヤは濁った瞳でライさんを見て、これまで幾度となく口にした自分だけの願いを、今もまた再び口にする。
「あなたを愛しているの。あなたが強いから愛しているの。あなたが■■■を殺せるから、わたしはあなたを心の底から愛しているの」
その言葉の途中に、不意に雑音が混ざる。
それは獣の息づかいに似た、彼女ではない誰かの声。
その声に聞き覚えがあったのか、あるいはライさんもメルフレイヤの記憶を垣間見たのか、攻撃の手を止めて静かに問いかける。
「メルフレイヤ。お前は、俺がドラゴンだから愛してるっていうのか?」
「ドラゴン? 違います。ドラゴンなんて関係ありません。たしかに、あなたがドラゴンだと聞いたときには宿命を感じましたが、わたしはもうマルドゥナの呪いとは決別しているのです。わたしはあなたが彼を殺せるから愛しているのです」
「彼?」
「彼? 違います。誰ですか? わたしは、あなたがわたしを殺せるから好きになりました。ドラゴンなんて知りません。ドラゴンなんて、本当は存在しないのですから」
「……お前、今の自分の姿に気付いていないのか?」
「わたしの姿? わたしの今の姿は――」
雑音が混ざる。獣の声がする。
「……あれ? 今、なにかおっしゃいましたか?」
「…………」
「ああ、よくわかりません。よくわかりませんが、わたしの選択は間違っていない。絶対に、間違ってなんていない。だから、そう、わたしは愛に生き、愛に死ぬという自分の夢を果たしましょう」
絶対的な自己肯定。メルフレイヤは壊れた人形のような笑みを浮かべて両手を広げる。
そんな彼女を、足下から沸き上がる炎が覆い隠していく。
赤々と燃え上がる紅蓮の炎。そこに黒い影がゆらゆらと揺らめき、穢すように混ざり込んでいく。
「……メルフレイヤ」
私は彼女を哀れまずにはいられなかった。
記憶を知ったからか、これまで見ることのできなかった彼女のステータスの一部を、私は覗き見ることができていた。
それは彼女のスキルのひとつ、悪運スキルの項目だ。
そこの部分だけが、まるで彼女の罪を知らしめようとしているかのように浮き彫りになる。
悪運:B 熟練度999
死を回避する力。
熟練度100ボーナス……戦闘時の幸運UP。金運DOWN。
200ボーナス……戦闘時の幸運UP大。金運DOWN大。
300ボーナス……戦闘時の幸運UP。恋愛運DOWN。
400ボーナス……戦闘時の幸運UP大。恋愛運DOWN大。
500ボーナス……戦闘時の幸運UP。強者以外との対人運DOWN大。
600ボーナス……戦闘時の幸運UP大。使命を果たさないかぎり家庭運0。
700ボーナス……戦闘時の幸運UP極大。使命からは逃げられない
800ボーナス……戦闘時の幸運UP極大大 絶対 ニ 逃がさナイ
900ボーナス……戦闘時の幸運UP極大大ハヤク死ヲ死ヨ死ガ死ネ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死愛死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!」
理性を手放し、汚れた咆吼をあげるメルフレイヤ。そのステータス画面を埋め尽くす死への渇望により、炎はどす黒く変色し、彼女の姿はさらに巨大になって空を覆い隠していく。
それは獣だったときのライさんのような、けれどよりおぞましく醜悪な姿。
ドラゴンに呪われた果てに辿り着く、マルドゥナの怪物の姿だった。
巨大な炎の怪物となった彼女は、地上にいるライさんに向かって口を開き、すべての力を振り絞った最後の一撃を放とうとする。
集う輝きは闇の輝き。空に黒い太陽が現れる。
その輝きはあまりにも強すぎて、メルフレイヤ自身すら焼き焦がしている。
「……そうだな。もう終わらせよう」
私たちを背中に庇い、黒い太陽を見上げ、ライさんは剣を構えた。
剣に集う漆黒の輝き。それはメルフレイヤの呼び寄せた影と同じようでまるで違った。どこまでも冷たいメルフレイヤのそれとは違って、温かな輝く闇だった。
「真実の愛とは殺し殺される中にある。それがどうあれ、お前の結論なんだな」
ライさんはメルフレイヤを哀れんだりはしなかった。その眼差しにあるのは侮蔑であり、敵意である。
「けど俺は違う。愛は向けてもらえれば嬉しくて、強くなれて、もっともっと生きたいって心から思えるものなんだ。だから、お前の愛は響かないし届かない」
メルフレイヤは告げられた言葉に、なんの反応も示さなかった。
全身全霊を注ぎ込み、自分すら崩壊させる力を、操り人形のように解き放つ。
「つまり早い話が」
迫ってくる破滅の輝きを前に、ライさんはメルフレイヤから向けられた告白への返答を下した。
即ち――
「俺からの返答は、心の底からのお断りだよくそったれぇええええええ――!!」
拒絶の答えと共に、渾身の力をこめて剣が振るわれる。
地上から放たれた漆黒の閃光は、落ちてくる黒い太陽を真正面から切り裂き、その愛の在り方ごと、メルフレイヤの炎を消し飛ばしていくのだった。