プロローグ
それはまだ俺が八歳の頃、学校のある授業でのことだった。
ライ・オルガスにとって、すべての始まりとなった日だ。
俺の暮らすフレンス王国では、学校に入学した翌年に初めて、自分のステータス画面を見ることができる『ステータス』の魔法を教えられる。貴族の家柄なら、それ以前にこっそりと親から教えられることもあると聞くが、あくまでも王国の法律上では八歳で取得するようにとなっている。
ステータスの魔法は取得が極めて簡単で、魔力を持たない人でもこれを使えない人はいない。
そもそも、自分のステータスを開閉するこの魔法が使えないとなると、人生のあらゆる面で困ることになるだろう。
ステータス。それは自分の『レベル』と『能力値』、なにより神が人間に与えた『才能』を一目で確認できる魔法の画面である。
人々はこれを見て自分に向いている職業がなにか判断するし、あとどれだけ努力すればレベルが上がって強くなれるのか、スキルの熟練度を上げられるのかを確認する。就職するときも、もちろん人柄の前にこのステータスを確認される。人生のあらゆる面で重要視され、つきまとうのが、このステータスというものなのである。
だから全員が、このステータスの魔法を教えてもらえる日を楽しみにしていた。
俺もそれは同じだった。自分にはどんなスキルがあるんだろう。実はなにかの能力値がすごく高いかも知れない。と、昨夜は興奮のあまり眠れなくて孤児院のシスターに怒られたものである。
そして今、先生からステータスの魔法を教えてもらい、緊張しながらその呪文を唱えようとしていた。
オープン――その一言ですべてがわかる。
「どうか戦闘系のスキルがありますように。それか魔法スキルがありますように」
声に出して念じながら、オープンと口にする。
すると目の前に光り輝く半透明の魔法の画面が現れて、
「すげぇ!」
「ニルドが剣士スキルAだって!」
「え? Aランクってそのスキルの最高ランクなんだろ!?」
と、教室の前の方でクラスメイトたちの歓声が上がっていた。
その中心で胸をはっているのは、クラスで一番大柄で我が儘なニルドだった。
彼は自分のステータスを見せびらかすようにクラスメイトたちに見せては、スキル覧に表示された『剣士:A』を声に出して確認させていた。
「ぐぬぬぬぬ」
正直に言ってうらやましい。Aランクのスキルを手に入れることができる人間は、一〇〇〇人に一人ほどと聞いている。しかも剣士スキルとなれば、将来、王国騎士団への入団が約束されたも同然だ。
「すごいわね、ニルド。剣士スキルAだって」
俺が自分のステータスを確認することも忘れて、ニルドに嫉妬の視線を向けていると、ふわふわとした金色の髪がまぶしい女の子が話しかけてきた。
幼馴染みのシスティナだ。
システィナは同じ孤児院で育った仲だが、親を先の戦争で失った俺とは違って、孤児院の院長として教会から派遣されてきたシスターの実の子供である。とはいえ、俺にとっては他のチビたち同様に妹のような存在だ。システィナにしてみれば、俺こそが弟みたいな存在らしいが。
「ねえ、ライはステータスどうだった?」
「そうだ。俺、ステータスを見ようとしてたんだった」
システィナに話しかけられ、ようやく当初の予定を思い出す。
覗き込もうとしてくるシスティナの視線から隠しながら、改めて自分のステータス画面を見る。
……あれ?
「なあ、システィナ。ステータス画面って何語で書かれてるんだっけ?」
「聖ハレヤ語よ。これまでの一年、みっちり教わったじゃない? もしかして忘れちゃったの?」
「そんなわけないだろ? 馬鹿のニルドにだって読めたんだぞ?」
「じゃあ、なんでそんな質問したのよ?」
気の強いシスティナはむっとした表情をしたあと、「あっ」となにかに気付いて気まずそうに視線をそらした。
「そ、その、戦闘系のスキルがなくたって落ち込むことないわよ。商業系のスキルを上手く使って騎士として大成した人もいるって話だし」
システィナは俺の夢が騎士として成功し、お金持ちになることだと知っていた。そして騎士として大成するのに、戦闘系、もしくは魔法スキルが必要不可欠であることも。俺の態度が自分のステータスを信じたくないからだとでも思ったのか、慌てたようにフォローの言葉を並べ立ててくる。
「それに騎士だけが道じゃないわ。なんのスキルも与えられない人はいないわけだし、それがどんなスキルであれ、熟練度を上げていけば、きっとその道で成功してお金持ちになれるわよ」
「農耕スキルEとかでも?」
「な、なれるわ!」
「いや無理だろ農耕スキルEじゃ。畑の実りが少しよくなるだけって聞いたぞ」
「なれるの! もしなれなかったら、私が一生養ってあげるわよ!」
なぜか怒り出して、システィナは「オープン」と唱えた。
「ほら! 私、お母さんと一緒で聖職者スキルあったの! それに加えて治癒魔法スキルも! どっちもBランクだし、これなら教会内で結構いいところまで行けるわ! それでライのこと養ってあげるというか、そ、その、け、けけけ、けっ……して、あげるというか……」
自分のステータスを見せてきたシスティナは、耳まで真っ赤になっていた。最後の方は聞こえなかったけど、なんて言ったんだ?
「と、とにかく、農耕スキルEしかなくても元気出しなさい!」
「え?」
「えっ?」
顔を見合わせる俺たち。そこでようやく俺は、システィナの勘違いに気がついた。
「俺、別に農耕スキルしかなかったわけじゃないぞ」
「な、なによそれ! あんな言い方するから、それしかなかったんだと思ったじゃない!」
「そもそも農耕スキル自体、たぶんない」
「たぶんってどういうことよ? もう、隠してないでステータス見せなさいよ!」
「こら! 人のステータスを勝手に見るのはよくないんだぞ! えっち!」
「うるさいわね! 私とライの仲じゃない!」
システィナは背中にくっついてきて、強引にステータスを見ようとしてくる。
騒ぐ俺たちを、クラスメイトたちが生暖かい目で見てくる。頬をぴたりとくっつけるようにして言い合っている俺たちは、仲のよい兄妹のように見えていることだろう。おもしろくない顔で見ているのは、ニルドくらいのものだった。あいつ、システィナのことが好きみたいだからな。
「どれどれ」
「あっ」
少し他のことに気を取られていた所為で、システィナにステータスを見られてしまう。
……今更だけど、クローズでステータス画面を閉じればよかったじゃないか。
「なにこれ?」
システィナが俺のステータスを見て、それから先ほどの俺のように首をかしげた。
「やっぱり、俺のステータスっておかしいよな?」
「おかしいというか、うん、おかしいわね」
俺たちは自分たちのステータス画面を見比べてみることにした。
まず、正常なシスティナのステータス画面には、聖ハレヤ語で以下の表記がされていた。
システィナ・レンゴバルト
レベル:3
経験値:32 次のレベルまで残り19
【能力値】
体力:43
魔力:56
筋力:7
耐久:7
敏捷:8
器用:13
知力:55
【スキル】
聖職者:B 熟練度13
人を正しき道に導く才能。神聖魔法、治癒魔法の効果上昇。
治癒魔法:B 熟練度1
怪我を癒し、体力を回復させる魔法を扱える。
【マジック】
ヒーリング……軽傷を治し、体力値を回復させる。消費魔力25。
一方、俺のステータス画面は……
fagga;aeg ;aakd;a
g akjegake
rga;aga;ka5ega ea;gaeo
o;gkalaae eeega
shlmi
raia3eda
agajle e
aehp@q
mazchh
tuiolkui;p
a l eyukiae
oiuy ,ae
msfaeayg
lguhe2dgka
聖ハレヤ語とは似て似付かない文字が羅列されている。
しかも文字は時間が経つごとに刻一刻と移り変わっていき、固定されることはなかった。
システィナと至近距離で顔を見合わせて、まったく同じタイミングで首をひねった。こんなステータス画面は今まで見たことも聞いたこともない。
「だ、大丈夫なのこれ? なにかの病気じゃないの?」
「怖いこと言うなよ。すぐに普通のステータスに戻るって……たぶん」
「ひ、ヒーリングかけてみようか?」
「大丈夫だってば」
「せめて先生に相談してみようよ」
「……わかったよ」
システィナが泣きそうな顔をするものだから、俺は手を挙げて、一番頼りになる人に報告することにした。
「先生、ステータス画面が読めないんだけど」
この一言が、俺にとって辛く険しい道へ続くこととは知らずに……。
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