エンドロールのその後で
〜fin〜
暗転、目の前が真っ暗になる。次に僕の前に現れたのは、映画の終わりを告げる三文字だった。
何があったか知らないがどうやらこれで、僕の人生という名の映画は終わりらしい。よくもまあ18年間も長々と、一時の休みもなく上映し続けたもんだ。背中越しに後ろをこっそり見渡してみる。暗がりに並んだ席はがらんとしていて、観客は僕一人だった。その真ん中に陣取った僕は、巨大なスクリーンに目を戻した。
目の前ではレクイエムのような物悲しい曲とともに、エンドロールが流れ始めている。主演は、もちろん僕。僕・時也役:斎藤裕介。それから母・雅子役:長谷川安穂とか、妹・千秋役:高橋のぞみとか言った具合に僕の人生という名の映画の配役が紹介されていく。長々と文字を眺め続けるのは退屈だった。僕は席を立ち、早々に映画館を後にしようかとも思ったけど…もしかしたら、エンドロールの後にオマケ程度の特典映像が流れるかもしれない。そう考え直し、浮いた腰を再び降ろした。
それから間もなく、僕は心地よい眠気に誘われ船をこいでいた。何せ18年分の映画のエンドロールだから、それだけで相当の長さだ。朦朧とした意識のまま、映像を見逃すまいと必死に目を凝らす。すると、暗がりの中ある文字が僕の目の奥に飛び込んできた。
片思い相手・藤原透子役:遠藤かおる
その文字に、僕の意識は覚醒した。そのまま文字は上に流れていき、すぐに見えなくなってしまった。けれど他の俳優さんたちが紹介されている間も、消えていった先ほどの文字がずっと僕の頭を離れなかった。
そういえば…僕の人生という名の退屈な映画の中で、あの子は片思い相手だったのか。結局主人公の僕も観客の僕も、そんなことには気がつかず終わりを迎えてしまった。あの時の主人公の感情の揺れ動きの表現…あれは、そういう感情だったのか。
僕はがっかりしてポップコーンを取り落とした。何だかひどく勿体無いことをした気分だ。あの時自分の気持ちに気がついていれば…きっと僕は、違う行動をしていたに違いない。ここで終わりと知っていれば、きっと想いを打ち明けていただろう。本当はこの映画も当初は、70年か80年ぶっ通しで上映する予定だったのだ。何があったか知らないが18年で終わってしまうのは、観客の僕にとっても心残りだった。
やがて配給会社や制作委員会のロゴが通り過ぎ、もう一度画面が真っ暗になった。僕は固唾を飲んでスクリーンを見つめた。特典映像が始まるとしたら、このタイミングだ。静寂が館内を覆い、このまま何もなく幕は上がるかと思われたその時…突然スクリーンが明転し、僕の目の前は眩い光に包まれていった。
「…也くん!時也くん!」
「えっ??」
目を覚ますと、不安そうな表情の女の子が僕を覗き込んでいた。ここは…どうやら美術準備室らしい。窓の外は夕日が輝いている。どうやら今は放課後、僕らは二人で部活動に励んでいたようだ。
「大丈夫!?」
「君は…かおるさん」
「違う、私は透子よ!大変!時也くん、頭打って混乱してるみたい!」
「僕…僕は時也か?裕介じゃなくて?」
僕を憐れむような目で眺めて、女の子が息を飲んだ。起き上がろうとすると、後頭部に鈍い痛みが走った。
「待ってて!今保健の先生を呼んでくるから」
「行かないでくれ、かお…透子さん」
走り去ろうとする彼女の腕を、僕はとっさに掴んだ。一人になりたくない。彼女は驚いた素振りを見せたけれど、僕の腕を振り解きはしなかった。僕は安心して彼女の目をじっと見つめた。彼女もまた、不思議そうに僕の目を見つめた。
「どうしたの?どこか痛む…?」
「思い出したんだ…。もしまた君に会えたら、絶対伝えようと思ってて…」
「ちょ…!?」
慌てる彼女に、僕はぐっと顔を近づけた。そのまま彼女の息遣いが、心臓の音が聞こえるところまで近づいていった。顔を真っ赤にして、彼女がぎゅっと目を瞑ったのが見えた。まだ僕の手は振り解かれなかった。
僕はもう知っている。知っているのなら、ちゃんと想いを伝えなければ。
僕もそっと目を閉じた。
暗転、目の前が真っ暗になる。
〜fin〜