プロローグ:あなたのトラブルを歓迎します
トラブルメーカーという単語がある。
どこへいっても問題をおこすような人間を指す不名誉な言葉として知られるそれは、物語の主人公であったり主要人物だったりして中々楽しそうだ、なんて思う人も多いだろう。
それが他人事ならば、だが。
藤原桃也はそのトラブルメーカーである。
それも対人関係特化の。
荷物を抱えた老婦人を助けようと声をかければ遺産目当てと罵られ。
小さな子供が泣いているので声をかければお巡りさんに肩をつかまれ。
真面目に学校のテストを受けてもカンニングされたと疑われる。
最後のは少し違うが彼の日常は概ねこんな感じであった。
たまに、ではなく毎日こんな目にあっていれば平穏な生活がしたいと思うだろう。
それは桃也とて変わらない。
変わらないのだが彼は考えた。
どうせなら、と。
「せめて誰かの役に立つトラブルにしてほしいよな」
それは彼が波乱万丈な生活に憧れる年若い学生であり、生まれつき騒動の中心にいたがために"平穏な日常"というものに思い至れずに呟いた言葉だったのだが。
「だったら、わたしの手助けをしてくれないかな?」
その呟きがそんなトラブルメーカーを求めて止まない相手の耳に届いてしまったのは、運がいいのか悪いのか。
「え?」
いや、それこそトラブルメーカーであるが故の運命だったのかもしれない。
気がつくと桃也は暗い場所にいた。
正確には何も見えないので暗い、としか表現しようがないのだが。
身体の感覚は無く、けれど意識だけははっきりしていた。
望めば意識を向けた方向を向くこともできる。
暗くて何も見えないのだが。
「やぁ友よ」
「……だれ?」
「わたしの名前はディスコルディア」
「でぃすこ? ずいぶん愉快な名前だな」
「そこで区切らないで欲しいな……」
暗い場所に響く声へ応対する。
肩がぶつかったとかいうしょうもない理由で拉致られかけたこともある彼にとっては、周りが見えない状態で話しかけられるなど日常茶飯事であった。
その声がかわいらしい少女を連想させるものであったことも、彼の緊張を和らげる一因ではあるのだが。
「君にしてみれば突然のことだろうに、ずいぶん余裕があるんだね?」
愉快そうに、笑うように、声が響く。
「ええまぁ、おれの勘がつげてるんで。多分死にはしないだろうと」
「え、あ、うん。殺す気はないけど。興味本位で聞くんだけど、君の勘が死にそうって告げた時はどんな時なのかな?」
「最後に感じたのは、赤の他人と間違われて刺されそうになった時だな」
ちなみに恋愛のもつれからの犯行で、桃也の後ろが姿がその渦中の人物と似ていたから間違えたらしい。完全にとばっちりである。
「まぁ素敵」
「素敵、か?」
「うん、わたしが見込んだだけのことはある。その惨事を呼び込む才能はすばらしい」
ひどい言われようである。
トラブルメーカーだの問題児だの、不良だのヤンキーだのといわれることも多いが品行方正にいきてきたというのに。
すこしの会話でどっと疲れた桃也だが、ひとつ聞き逃せない単語があった。
「才能? ろくでもない事に巻き込まれるだけだぞ、欠点だろ」
「とんでもない、いまのわたしが一番もとめているのはその才能だよ!」
かつていただろうか、自分のこの体質をそんな風にいってくれた存在が。
実の親ですら"おまえよく生き残ってるよなぁ"と呆れて口にするほどトラブルを起こしている自分のことを。
「もしわたしに手を貸してくれるのなら、なんでもお願いを叶えてあげるよ。わたしの願いが達成されたその時に」
冷静に考えれば子供でもわかっただろう。
トラブルを起こすことを才能と呼び、成功報酬としてなんでも願いをかなえるなどという存在がまともなはずがない。
しかし残念なことに彼は冷静ではなくなっていた。
その言葉は彼の全てを肯定してくれたかのように感じられてしまって。
「いいぞ、おれの体質を才能だなんていってくれたのは初めてだ! こっちこそ何でも力になってやるよ!」
ついでに彼はちょろかった。
「では契約しましょう、わたしの願いが果たされるまで君はわたしに付き従う。わたしの願いが果たされたなら、わたしは君の願いを叶える」
「ああ、どんとこいだ!」
その返事を口にした瞬間、世界に色が広がった。
目の前に広がるのは木、木、木。
むせ返るような緑の匂いはそこが自然のなかである証明だろう。
失っていた身体の感覚も戻り、しかしそのほとんどは目に注がれた。
眼前の、白い肌、浅葱色の髪、金色の瞳の少女の口から、先ほどまで聞こえていた声が響く。
「さぁ、一緒にこの世界を争乱の渦に叩き込みましょう♪」
地球とは別のこの世界の人類が一丸となり、長い時間をかけてようやく滅した悪神を"小銭ないなら10円くらい貸すわ"くらいの気軽さで復活させてしまったことを彼はまだ知らない。
争乱を撒き散らすトラブルメーカーとそれを糧に生きる女神様の物語、はじまりはじまり。
ちなみにこの主人公とヒロイン、まだ自己紹介すらしてません。
世界観や登場人物の説明は次回から、きっと、たぶん。