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さらばケモナー

作者: keisei1

「と。ということで僕達二人は転生してしまったわけだが」



 高校生の友坂ともさかあきらは服についた、土埃を軽く両手で払って、隣で泥塗れの顔を必死で拭う、医達いたちせんに話しかけた。彰と千は親友で同級生だ。

 千は自分の置かれた境遇にいたく不満なご様子で、しかめっ面で、彰に視線をやる。適応力、順応力、果ては諦めの良さでは、彰の方が大いに優れているようである。


 眉をしかめ、やや仏頂面の千は彰を、少し問い咎めるように口を開く。



「お前のせいだかんな! 彰。お前が柵のないビルの屋上で、押し合いなんてするから!」


「転落死しちゃった」


「軽く言うな! ド阿呆!」



 一しきり、千から罵声を浴びたのち彰は、一通り状況を把握しようとする。彼は目の前に広がる、薄らと緑色に染まる草原を見渡して、口元に手をやる。空はどこまでも澄みきり、その瑞々しい空気は、彰と千の鼻孔を心地よくくすぐる。



「これは俗にいう『異世界』という奴ではないかい? 聞いたところによると、異世界に転生した人間には、ハーレム作ったり、最強伝説作ったりして、果ては魔王を打倒したり出来る特権があるはずなんだが。だがしかし!」



 さすが相性抜群、以心伝心の彰と千。千がその言葉を合いの手で受け継ぐ。



「何も気配がないな。一切。それらしきものが。人けもほとんどないし。奴隷市場とか村人Aとか出てくる気配もない」



「そう。それに、何やら、契約して、時に手助けしてくれる神様らしきものにも、僕達は会わなかった」



 いい加減、この漠然として、無目的な感覚のあるシチュエーションに、千は痺れを切らしたのか、両手を広げて天を仰ぐ。



「彰! どうすりゃいいんだ! 俺達は! 食料もなけりゃ、水もない。この世界の通貨ももちろん持ち合わせてない! このままじゃ餓死で二度目の転生決定だぞ!」


「二度目があればね」


「冷静に言うなし!」



 彰の平然とした受け答えに千は、地団駄を踏んで苛立つ。感情を精一杯、思いっきり露わにして、その短く刈った髪をクシャクシャにする千とは対照的に、彰は遠方に目を送る。


 するとそこには、頭部は蛇であり、身体は龍の姿をした「蛇竜」とでも言うべき、おぞましい化け物、モンスターが、少女に今にも襲い掛かろうとしているのが見えた。



「こ、これは!」



 そう口にして、一先ずは淡々と事実を受け入れていく彰よりも、闘争心旺盛、血気盛んな千の方が激しく反応する。



「おおおいぃいいぃ! あの少女はもしかすると案の定、体よく、どこかのお姫様か、女王様かもしれないぞ! 彼女を助ければ、あわよくば!」



 ややフライング気味の解釈をする千よりも、やはり彰は冷静だ。今にも蛇竜に襲われようとしている少女の容貌を、しっかりと確かめる。



「どこかの王女様。にしては彼女、頭にケモノ耳がついてるぞ。おまけに臀部でんぶには尻尾らしきものがついてるし」


「んなの関係ねぇよ! とにかくあのはどこかしかの国の王女様、プリンセスに違いない! 彼女を助ければ俺達の旅路、冒険が始まること請け合い! それにウハウハな報酬も期待出来候!」



 短絡的に、前のめりに気分を高揚させる千とは裏腹に、長いサラリとした髪の毛を掻き上げる彰が、千に尋ねる。



「で、どうするよ?」


「『で』って何が。助けるに決まってんだろうよ! あの娘を」


「そう言えば千。お前ケモナーでもあったからな」


「うるさいな! こんな時に俺の趣味嗜好、性癖なんて関係なし!」



 騒ぎ立てる千を見て、彰は今一度確認するように、両手を広げて、千に問う。



「助けるのは、というか助けたいのは山々だし、大いに結構だけど、どうやって『あいつ』を倒す? あの巨大な蛇とも龍ともつかない化け物さんを」



「そりゃ、一気呵成で素手で! ってわけにはいかないな。と。そうだ!」



 そう言うが早いが、千は閃いたのか、自分の手にしていたバッグから、掌大の大きさのナイフを二つ取り出す。



「このナイフで何とかやってみよう! 目指すはハーレ、いや俺つえええ! の最強伝説!」


「そうそう。千。お前、サバイバル生活に憧れてたから、ナイフを持ち歩いてたんだったな」


「そう! その通り! さぁやるぞ!? やらないのか!? やるんだな!? 彰」


「もちろんやるつもりだが! はなはだ心もとないな」



 そう口にすれど、彰もモタモタする男でもない。彰と千は二人して、ナイフを手に握ると、蛇竜に近づき、足を伸ばしていく。猫耳、尻尾の少女と言えば、臆して動けないというほどでもないが、体のバランスを失っている。彰と千の二人は蛇竜に立ち向かうべくして、ナイフを大きく振り上げる。


 だがしかし、その次の瞬間、身を守るのが限界、何も抵抗出来ないと思っていた猫耳、尻尾の少女が何やら呪文を唱え始める。



「マンジュシャガ、マンジュシャガ、曼荼羅決済、分割NO、NO一括払い。お支払いはいつもニコニコ現金で!」


『何だ!?』


 

 そう口にして、顔を見合わせる、彰と千を置き去りにして、猫耳少女を呪文を唱え終えたらしい。掌に巨大な光の波動を作りだすと、蛇竜目掛けて放射した。


 ズババババッ! ズバーン!


 物凄い轟音、地響きを立てる、うねりのような音を立てて、少女の放った波動は、蛇竜を一撃で撃退してしまった。驚き、呆れ果てるのは当然、彰と千の方。二人はしっかりと構えたはずのナイフを、ダラリと降ろすと、少女が駆け寄ってくるのを目にする。


 猫耳、尻尾ありの少女は礼儀正しく、慌ただしい様子でお辞儀をして、二人に感謝の言葉を伝える。



「どこのどなたか存じませんが、助けていただいてありがとうございました! お二方の援護がなければ私は、自分を奮い立たせることもなく……!」


「いや、僕らは何もしてないんだが」



 そう言ってある意味、キョトンとする彰を置き去りに、千は早速というか、「我意を得たり」といった様子で猫耳の女の子、猫耳少女に話しかける。



「ねぇねぇ。君、どこかの国の王女様か何か? だとしたらその国は猫耳っ子で溢れてる、とか? 当然俺達にも報酬あるよね? 何かハーレムでも築く機会、チャンスをと!」



 そう一気に畳みかけられて、猫耳少女は困り気味だ。モフモフとした尻尾を少し手で触りながら応える。



「たしかに私はケモノびとの国『ようこそケモナーさん』の国の王女、プリンセスです。だけど私にはお二方にしてあげられることありません。というより数少ないと思われます」


「でしょうねぇ」



 淡々と彰は応じる。だがそれに納得出来ず、煮え切らないのは千の方だ。千はまたしても地団駄を踏み、猫耳少女に、言い方は悪いが、詰め寄ってみせる。



「でもさぁ。俺達二人が君を助けたのは確かなんだし、何がしかのお礼はあって、然るべきかと!」


「お礼、お礼。そうですね。はい! あります! 私は『ようこそケモナーさん』の王女でありながら、「偉大」と呼称こしょうされるほどの魔法使いでもあるのです! 私に出来ることと言えば、お二人をこの異世界から元の世界へ戻すくらいしか……」


「だぁー! つまんないな! 『ようこそケモナーさん』なんて名前の国なら、ケモナーを歓待、持て成すくらいのことは出来るでしょうに!」


「焦るな。千」


 

 余りの千の取り乱し振りに、彰がちょいと釘を刺す。それで千も少しは冷静になったのか、じっくりと猫耳少女、いや、今や彰と千の間で、「猫耳姫」にランクアップした彼女の回答を待つことにする。猫耳姫は自分の名を「クリアント」だと、自己紹介すると考え、考え、やはりというより、仕方なくか妥協案を出してくる。



「えっと、実はですね。私達の国『ようこそケモナーさん』では、異種間の、あの、何て言えばいいのかっ、交わり。いえ、はっきり言いますね! 姦淫は許されていないのです。だから、あの、お二人のお名前は……」


「千です!」


「彰です」


「そうですか。千さんと彰さんのご要望に、お応え出来るものは何もないかと。せめて出来るとすれば宿を用意し、整え、この世界の通貨を、僅かながらもお渡しすることくらいかと」



 と。ここまで話が進み、いつも冷静な彰が肝心なことをクリアントに訊く。



「ところでクリアント様。一国の主ともあろう方が、こんな危険とも言える草原地帯で、一人っきり何をなさってたんです?」



 その質問に大切なことを思い出したのか、クリアントは右拳で左掌を軽くポンッと叩く。



「ああ、そうでした! 忘れてましたわ。ありがとうございます。彰さん。私はですね。貿易交渉のために戦隊に守られつつ、隣国アリゾナンテへ向かっていたところでしたの。ですが!」


『が?』



 彰と千は声を揃える。それとタイミングを合わせるように、クリアントは、笑顔で相槌を打つ。



「ですが! 戦隊は無法者集団『貧民窟ひんみんくつ』の方々にメッタメッタにやられてしまいまして。こうして、一人逃亡をはかっていたということです」


「なるほど。で、その貧民窟の連中はどこにいらっしゃるんです? もしかするとまだ近辺にいるとか?」



 するとクリアントは健気で、無邪気、屈託のない笑顔を浮かべて、彰と千の後方を指さす。



「ほら、あちらの方にいらっしゃいますわ。今にも私達に襲い掛かろうとして」



 二人が振り向くと、貧民窟団の団長と思しき、ガタイの大きな、それでいて屈強な男が、荒れくれもの達を率いて、こちらに向かってくるのが見える。それを、おいそれと目に留めたクリアントは、微笑ましげに二人に告げる。



「ねっ。だから獣人と愛の交わりをだなんて、ある意味、不健康なことは考えず、私の魔法で現実世界へ戻られた方がいいかと」


「だがしかし、クリアント姫様。あなたはどうするんです? あの頑強な男達を相手に一人で闘えますか?」


「えぇ。それは充分に。先程もご覧になったように私一人だけなら、身を守るための魔力、魔術力は充分に兼ね備えておりますわ。むしろ心配なのはお二方の身の危険。と、いうことで!」



 その言葉でクリアントの言外の意味を汲み取ったのか、彰は、いささか納得の行かない様子の千を宥めて、説得する。



「というわけで、千。短かったが、ここで異世界での僕達の冒険も終わり。現実世界での楽しい学園生活が待ってるぞ、と」



 そう言われて収まらないが、同意せざるを得ない千は、一つため息をつく。



「折角異世界に転生したんだったら、『いい思い』の一つや二つは経験したかったなぁ」


「まぁ、そう言うな。現実世界に生きて帰れて、なおかつ体も無傷なんて、こんなに嬉しいことはないぞ」


「それもそうだな。じゃあそこそこに頑張るか。目指せリア充」



 その決意、前向きな言葉をしっかりと汲み取った彰は、クリアントに、現実世界に帰してくれるように、頼み込む。貧民窟の軍勢は今にも、三人のもとへ到達しようとしている。クリアントは、彰と千の両手を握ると、何やらまた呪文を唱える。



「マンジュシャガ、マンジュシャガ、曼荼羅、まんだらけ、お家にいらない本やCDがおありになったらぜひ当店へ。全国区展開のTSUTAYAには向かわぬよう! では!」



 そうクリアントが呪文を唱え終えた瞬間、彰と千を大きな光が包み込む。ひと時の官能、心地よさが二人を襲う。そして気が付くと、彰と千の二人は、千の自宅の、千の自室に戻っていた。千は額の汗を、右手の甲で拭う。



「ふぅー。これでやっとというか、ようやくにして、現実世界に帰還と相成りましたか」


「そうだな」



 相も変わらず淡々とした様子の彰を前に、さすがの千は苛立たしさ爆発だ。左掌を胸元に翳す。



「あのなぁ。彰。もうちっと感情表現しろよ。曲がりなりにも、曲がりなりにもだよ? 一度は木っ端みじんに死んじゃった俺達二人が、無傷で現実に戻れたんだ。もっと派手に喜ぼうぜ!」



 すると彰は何を思ったのか、もとい何を目にして察したのか、千の背後を指さす。



「それより千。後ろ」


「後ろ? 後ろに何があるんだよ?」


 

 そう言って、千が訝しげに視線を後ろに送ると、そこには山のような「ケモナー愛着本」を抱えた、千の母親が立っていた。戦々恐々、畏怖した面持ちの千は、みるみる内に動揺する。



「げ! げげん! 母ちゃん! それにその本は! わ、わ、わ、わたくしの!」


「千ー。あんた学校に着ていく服がないとか言って、親からお金をせびっては、こんな本買ってたんだね。道理で服装にバリエーションが少なかったわけだ。いいかい? 今夜はみっちりとあんたを説教させてもらうよ」


「ひ、ひえぇえええーー! それだけはご勘弁を! 数々のフェチ、エロティシズム、ここに謝罪いたしまする!」



 その様相を黙々と見つめていた彰に、千はたまらず、思わず、救い、助けを求める。



「な、なぁ! 彰! こういう時、お前だったらどうする!? どうしたらこの窮地を乗り切れる!?」


「そうだな。とりあえずは『ケモナー決別宣言』でもするかなぁ」



 口元に手をあてがい、助け船を出した彰に、千は乗り込んだ。千は次いで大声でこう叫ぶのだった。



「これからわたくし医達千は『ケモナー』と決別致します! 来たれノーマルな性癖!」


「言うことはそれだけかい? 千。とりあえずは折檻だよ!」


「ひぇええぇええ! それだけはお許しを!」



 と、いうことで友坂彰と医達千の極短い、短い、異世界冒険譚は終わりを告げたのだった。最後、千のかような雄叫びを残して。




「さらば! さらば! ケモナーよ!!!」





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