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オッサンたちの新しいステージ

「その消極的な呪いは僕の「しん」みたいなものを僅かに、けれども確実に盗んでいったんだ。ねえ、これってそこの厨房で暮らす上品なネズミにできるような芸当じゃあないんだよ。」

俺は、虚空を見つめ、芝居がかったセリフを吐いた。

「で?結果はどうだったんだ?」

カズヒロは、パソコンのモニターから一時も目を離さずに、さほど興味も無さそうに俺に聞いた。

「玉砕。」

俺は口を尖らせた。

「だろうな。」

カズヒロの体制は先程から微動だにせず、指先だけが忙しげに動いていた。

パソコンの画面にはアニメが流れて、画面にはたくさんのWが大量に流れている。

これじゃあ、アニメが見えないじゃないか。これのどこが楽しいんだ。

人が真剣に、恋バナをしてるってのに。

バイト先のカスミちゃん。特別かわいいってわけじゃあないけど、笑うと笑顔がくしゃくしゃっとなるのが好きだ。

俺は柄にもなく恋をした。内向的で女の子なんてどうやって口説いたらいいのかわからない俺が、考え付いた渾身の告白はカスミちゃんを苦笑させて困らせたのみに終わった。

「よくわからないけど。ごめんね。」

呪いやネズミってのはまずかったな。それは告白に例える言葉としては不向きだ。

「だいたいさ、お前ごときが、女の子に告白ってだけで恐れ多いんだよ。」

カズヒロの言葉がグサグサ俺をえぐる。こいつに相談したって傷口に塩を塗られるだけだった。


カズヒロは〇コ動を見終わって、はじめて俺に向き直って口を開く。

「そもそも俺なんて、3次元はもうどうでもいいから。俺はすでに、次のステージに入ったんだからな。」

カズヒロは不敵に笑った。次のステージ?何のことだ。

カズヒロは俺のいとこで、今年30になる。

カズヒロは、いい年をして、痛車に乗っている。

さすがに大学の前で、この車でこの男に声を掛けられた時には、死ぬほど視線が痛かった。

俺が思うにたぶん、カズヒロには絶対彼女がいないし童貞だと思う。

ぶっちゃけキモオタなのだ。

「なんだよ、次のステージって。」

ついにカズヒロはアニメを見すぎてトチ狂ってしまったのか。

「俺、魔法使えるようになったから。」

カズヒロの告白に俺は呆れてしまった。

「いや、マジやめて。ウケる。」

俺が腹を抱えて笑っていると、カズヒロは真剣な顔で言った。

「信じてないのか?男が30まで童貞でいたら、魔法使いになるって話。」

いやいや、アレはただのネタでしょう。ヤバいな。もうカズヒロんちに遊びにくるのはやめよう。

カズヒロは兄貴のアキヒロと二人暮らしで、俺は何かといえば、ここに溜まっていた。

いとことしてはだいぶ年上なんだけど、こいつらは中身は永遠の中二だ。俺達は仲がよかったが、俺はそんなにオタクではない。ここは居心地が良かった。漫画はたくさんあるし、アニメも品揃えは充実していた。

ということは、俺もやっぱオタクなのか?俺はどうしても、このキモオタ達と一括りにされるのが嫌でいつもこいつらとは違うと自分に言い聞かせていたのだ。

「見てろ。」

カズヒロがそう言うと、壁の美少女アニメのヒロインのポスターにむかってしゃべり始めた。

「まどかたん、起きてる?」

わ、こいつ本格的にヤバイ。おばちゃんに早く病院に連れて行くように言わないと。

するとアニメのポスターの美少女が瞬きをした。

俺は死ぬほど驚いた。

「なぁに?カズくん。起きてるよ。」

しゃべった!嘘だろう?

俺が驚愕の表情で見ていると、カズヒロがドヤ顔で俺に向かって言った。

「な、ホントだろ?俺、魔法使いになったんだ。」

俺は信じられなかった。

「ね、まどかたん。キスしよ。」

「えー、カズくんのいとこが見てる。恥ずかしいよぉ。」

か、会話してる。しかも、美少女は恥ずかしそうな表情を浮かべている。

カズヒロが、ポスターにちゅっとキスをした。うっわ。キッモ!

壁の美少女がみるみる顔が赤くなった。これはすでにもうホラーだ。

その時、突然、部屋のドアが開いた。

「フフフ、カズヒロ。その程度で満足しているのか?」

そこには見たことも無い美少年が立っていた。

「あんた誰?」

俺は突然の見知らぬ訪問者にびっくりして尋ねた。カズヒロは平然としていて、むしろ不機嫌だった。

「兄貴、勝手に黙って人の部屋あけんな。ノックくらいしたらどうだ?」

その美少年に向かって、カズヒロが言った。

はぁ?嘘だ。アキヒロはこんな美少年ではない。カズヒロと同類、キモオタの非モテ、しかもオッサンだ。

アキヒロはカズヒロより10も年上だから、確か40になるはず。これまた、結婚も、たぶん恋愛もしたことないだろう。俺の推測では、年齢=彼女居ない暦。それがこんな美少年なはずはない。

「お前は、アキヒロがこんな美少年であるはずがない。そう思っているだろう?」

俺にアキヒロが言うので

「当たり前じゃないか。別人だ。」

と答えた。するとそのアキヒロと名乗る美少年は

「俺は童貞で40を迎えたからな。妖精になったのさ。見ろ、この美しさ。真の童貞だぞ?」

と肩をキザにすくめた。

「俺は妖精だから、もっと高いステージにいるのだ。さあ、まどかたん、おいで。」

するとポスターの中からまどかたんがフワっと浮き出てきた。

幽霊!思わずそう思ったが、あのアニメの顔のまま、等身大で出てきた。

こうして見ると、アニメのキャラがそのまま等身大で出てくると、人間としてのバランスと比べると

ずいぶんと不安にさせられる。はっきり言ってキモい。

等身大のまどかたんは、美少年の腕にすっぽりと包まれた。

「俺のまどかたんに何をするんだ!」

カズヒロがアキヒロに掴みかかった。

「悔しかったらお前も早く、俺のステージまで追いつくことだな。童貞を極めろ!」

そこから取っ組みあいの兄弟喧嘩が始まった。

「やめろ!カズヒロ!アキヒロと名乗る美少年!」

俺は喧嘩の仲裁に入った。

「イテっ!」

俺はテーブルの角に頭をぶつけた。

カズヒロとアキヒロが喧嘩をしているうちに、まどかたんが俺に迫ってきた。

「まどか、あなたのほうがいいわ。」

そう言いながら、等身大の美少女アニメのバランスで俺に覆いかぶさってきた。

やめろ!やめてくれ。


俺はそこで、目がさめた。

ま、まさかの夢オチぃ?

俺の両隣には、むさくるしいオッサン二人がいびきをかいて寝ており、

俺の体の上には、等身大のまどかたんのポスターが壁から剥がれて落ちていた。

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