序
2050年日本将棋界、コンピューター将棋の著しい発達によりタイトル保持者でさえ勝つことが稀である時代が到来していた。
結果少しずつ将棋ファンは減少していきタイトル戦のテレビ放映も名人戦を残すばかりとなっていた。それに伴って対局料、賞金額もへり、ごく一部のトッププロしか食べていけない現状にあった。
里谷タスキは3段リーグを突破し祝賀会を済ませ、帰宅した。母は帰宅したタスキに今日からプロね、おめでとう。と声をかけたがタスキはありがとうとぼそりと言い自室に入りベッドに横たわった。(夢にまで見たプロ棋士になったんだ。でもいやに冷静な気分だ。)
将棋界はプロとプロの養成所のようなものに別れていて、4段以上がプロと認められる。奨励会がその養成所のようなものに該当し、3段リーグという3段の者が10数名いるリーグを突破した者がプロの資格を得られるのだ。
タスキは携帯電話を手に取ると電話帳から中村京子を検索し電話をかけた。短い発信音の後、もしもしと元気な声が聞こえた。
「タスキ、4段昇段おめでとう。これからはライバルだね。早くタイトル取りたいね。」
京子は電話にでたとたんまくしあげた。
「京子、タイトルなんてほど遠いよ。やっとだよプロになれたのだって。京子には棋風もちがうけどまだまだ足元にも及ばないよ。」
「でも今の将棋界のこと知ってるでしょ。タイトルの一つくらいとらないと、、、。」京子は声を落として言った。
「やっとプロになって思ったこと。嬉しい気持ちはほんの少しで、子供の頃テレビで見て憧れていた将棋界とはまるっきり違うということ。つまりその、、、。」
そこでタスキは口をつぐんだ。
「そうね、、、コンピューター将棋が圧巻している時代、、、。もうすぐ寝るね。おやすみ。」
京子はそう言うと電話を切った。
(おやすみ)タスキは携帯電話に向かってつぶやくように言った。
京子とは小学生の時からの仲だった。彼女は当時から才能が抜きんでていて、中学2年で女流プロとなった。将棋界は男女で別れていて、実力的に男の方が優位であったが、京子はその後女流タイトル戦を総なめし20才になったばかりで男子の三段リーグを突破し日本で二人目の女子の4段となったのだ。つまり同い年の京子とは22才でプロになったタスキからみればプロの世界ではタスキの2つ先輩にあたることになる。京子は幼なじみみたいな存在で、恋愛感情と呼べるものが良い意味でなかった。気兼ねなく話したり練習対局の後ご飯を食べにいったり友達と呼べるような存在だった。タスキはプロに昇段した今、他のプロと同様にライバルとなる京子に少し寂しい感情に似た気持ちになった。(これからは今までのようにはいかないかもしれない。)
3週間後、タスキはプロ初戦を新人王戦にて迎えた。相手はタスキと同じ4段でタスキにとっては負けられない相手だった。先手はタスキで、2六歩と飛車先をついた。後手3三歩。その後、後手が四間飛車の構えに先手のタスキは棒銀とした。序中盤駒得したタスキが難なく勝利した。
その後プロ第二戦、第三戦もタスキは勝利し、あと一勝すれば新人王戦の決勝にでれるところまできた。しかし、決勝前日体調を崩し、三番勝負二連敗し、あっけなく新人王の座につけずに終わった。
それから半年が経った。タスキの将棋の成績は勝ったり負けたりでぱっとしなかった。毎日晩酌は欠かさなくなっていて、つい先日他のプロ棋士に勧められたらタバコの本数も増えていた。タイトル戦も初戦敗退や行っても三回戦止まりで、研究会を除けば、暇な日が少なからずあった。そんな日はパチンコ屋でぼーっとしていたり、競馬新聞片手に競馬場へ足を運ぶような状態だった。京子とも連絡はめったにとらなくなっていた。一方、京子はタイトル戦の後一歩まで行くなと活躍していた。スポーツ新聞などでは、京子は羽生をもしのぐ才能を持っているなどと見出しに書かれる程期待されていた。そんなおり、京子から電話があった。二ヶ月ぶりの着信に躊躇しつつ電話に出た。もしもしとタスキが言う前に京子はいつもの調子でまくしたてた。
「タスキ、聞いてくれる?」
「え?またタイトル戦の感想戦?」
「違うの。あの、言いづらいことなんだけど。日本将棋連盟が危ないの。噂だけど。でも本当みたいで。」
「え、どういうこと?」
「それがね、、、」
そこで京子は一呼吸置くと静かに話し出した。