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02 パトリシア・ハースト(隆志視点)





「気がつきましたか?まだ熱が高いですから安静にして下さい」


ぼんやりとした俺の視界に映るのは看護師らしき人の影と白い天井と壁、点滴のパック。


硬いベッドの感触に『病院か』と結論付けて目を閉じる。


あの時、ガキが何やら喚き散らして、誰かに支えられるままに移動して・・・ヘリの音がしていたような気がするが・・・フワリとした浮遊感に意識を手放した。


ああ、やっぱりインフルエンザに感染してたか、マズイな。


時期外れに流行り出した今年のインフルエンザは研修先の病院でも蔓延していた。


気を付けていたつもりだったが、最近の気温の低下と湿度の低さに遣られたか。


あのガキは平気だっただろうか?


あんな事、しなきゃよかったのか?


バチが当たった、ってとこか?


でも、あの時、偶然見かけたアイツのあの顔を見たら我慢出来なかった。


法廷で冷酷なまでに感情を窺わせずに淡々としていたアイツが、幸せそうに笑っている姿を見たら、無性に腹が立って。


美人の嫁さんと可愛い子供と一緒の幸せそうな笑顔。


俺が一瞬で失くしてしまったもの。


不当な八つ当たりなのは十分に承知している。


でも、許せなかったんだ。


今の俺の何十分の一でもいいから、アイツに味遭わせてやりたかった。


家族を失った悲しみを。






それから熱が下がった俺は、あの日から既に3日が経ち、逮捕された訳ではない事を聞いて驚いた。


どうしてだ?


俺がした事は立派な犯罪だぞ?


攫ったガキだって言ってた通り、略取誘拐だ。


それに多分、あのガキは中学生ぐらいだから未成年誘拐にはなるんじゃないか?


そんな疑問を抱えていると、俺の病室にアイツがやって来た。


成島和晴、ヤツは俺を睨みつけると皮肉気に笑ってこう言った。


「やってくれたな」


俺はヤツの言葉を鼻で笑ってやった。


コイツは俺の本意を解かっているらしい。


「どうして、さっさと俺をブタ箱に放り込まないんだ?」


その言葉にヤツは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「・・・それはな」


ヤツが説明しようとした時、病室のドアが開いて、大きな声が響き渡った。


「あ~!ずるいわ、お義兄さん!あたしよりも先に隆志ちゃんに会うなんて!」


た、隆志ちゃん??


入ってきたのは俺が攫ったガキだった。







「あたしだって彼が治るまで会いたいのをじっと我慢してたのに、ずるいわずるいわ、職権乱用よ!」


義理の妹に詰め寄られてタジタジとなったヤツは見物だった。


「で、でもね、緋菜ちゃん。コイツは・・・」


「コイツなんて言わないで!あたしの大切なダーリンなんだから!」


ダ、ダーリンって、なんでだ?


呆然としてしまった俺は、ガキが俺のベッドに座り込んで、俺に抱きついて来るのをただ黙って受け入れる事しか出来なかった。


「心配してたのよ?熱が下がってよかったわ」


そう言ってガキは俺の頬に音を立ててキスをした。


そして囁かれた一言。


『話を合わせて』


「まだ怒ってるの?でも、隆志ちゃんだって酷いわよ。あたしをいきなり拉致したりするから、大騒ぎになっちゃったじゃないの」


ガキは俺に訳の判らない事を言い出して、義理の兄を振り返った。


「お義兄さん、いつまであたし達の邪魔をするつもりなの?」


義理の妹にそう言われたヤツは肩を竦めて病室を出て行った。


「どう言う事だ?」


俺は、俺に貼りついているガキを引き?して睨みつけた。






ガキはニッコリと微笑んだ。


「あのね、あなたはあたしの恋人なの。ちょっとした事で喧嘩をしちゃって、それで仲直りをする為に誰もいない場所で話し合っていたけれど、途中であなたがインフルエンザの熱で倒れた、と言うのが今回の筋書き」


何だ?それは。


「だって、こうでもしないと、あなた捕まっちゃうでしょう?」


今更何を言い出す。


「俺は捕まって当然の事をしたはずだがな」


日頃から目つきが悪いと言われている俺の睨みに怯みもしないガキに俺は呆れながらも、睨み続けたまま聞いた。


「それに俺はロリコンじゃない」


オマエはどう見ても中学生だぞ。


「失礼ね!あたしはこれでも高校3年生なのよ」


憤慨するガキの年を聞いて、俺は少し驚いた。


童顔にも程があるだろう?


いや、しかし、さっき俺に抱きついて来た身体はそんなにガキっぽくなかったか?


俺はガキの顔と身体をジロジロと見詰めた。


そんな俺の態度に腹を立てながらも、ガキは、成島緋菜とか言う小娘は、俺の置かれた立場を説明した。






小娘曰く、俺が熱を出してヘタっていた時、小娘の身体に仕込まれていた発信器を辿って警備会社がヘリで駆け付けたらしい。


あの音は空耳じゃなかったのか。


「あたし、実はお嬢様なのよ」


と言う小娘の家は旧家の資産家らしく、誘拐の恐れがあるので常日頃から万全の警備態勢が敷かれているのだと言う。


だから俺に脅えたり、無駄な抵抗をしなかったのか?



はっ、俺もつくづく運が無い。


「でも、あなたは運が良かったのよ?」


何故、そう言える?


「あたしじゃなく、お姉ちゃんを攫っていたら、あなたはタダじゃ済まなかったと思うわ」


アレでもお義兄さんは愛妻家だから、などとほざく。


「バカ、だから狙ったんだよ」


外しちまったがな。


俺の言葉に小娘は呆れていた。


「そんなに捨て鉢になってどうするの?」


関係ないだろう、お前には。


フイッと視線を逸らせた俺の手を握りしめた小娘は


「あたしがあなたに生きる希望を与えてあげるわ」


などと宣わった。


は?


「あたし、あなたの事が気に入っちゃったの。冷たそうに見えて優しい所とか、目つきが悪い所とか、頬の傷も素敵よ」


頭のイカれた小娘はそう言って俺の頬に在る傷を撫でた。


「これ、ご両親の事故の時の傷ですってね。お義兄さんに聞いたわ」


そうだ、俺だけが生き残った事故だったからな。


「・・・この俺が優しいだなんてどうして言えるんだ?」


オマエを攫った男だぞ?


「あなたはあたしの質問に丁寧に答えてくれたわ。そして自分の病気をあたしにうつさない為にあたしを解放しようとしたんでしょう?」


あなたは優しくて立派なお医者様になれるわ、などとほざいて笑った。


バカな小娘だ。


「放って置いてくれ」


俺は小娘の手を振り払った。


「いや!言ったでしょう?あたしはあなたが気に入ったの!好きになっちゃったんだもの、諦めないから!」


オイオイ、ちょっと待ってくれよ。


「俺はお前なんか好きじゃない」


迷惑だし、アイツの義妹なんてゴメンだ。


お嬢様の気紛れも大概にして欲しい。


「でも、あたしはあなたが好きなの。覚悟してね」


小娘はそう言って俺にキスをしてきた。


勘弁してくれ。


俺はどうやらとんでもない奴に捕まったらしい。














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