そのまま沈んでて
ある日、ふとそれが現れた。
「こんにちは。お元気そうで何よりです」
丁寧なやつだ。
こっちは存在さえ忘れていたのに。
「覚えていますか。私のこと」
とりあえず無視する。
ほっとけば消えるだろう。
そう思って。
「覚えていますよね、だって私が来たのだから」
うるさいな。
覚えているよ。
それに分かっているよ。
ただ沈んでいただけって。
「どうします? どうします?」
煽るように言ってくる。
あーもう。
面倒くさいな。
どうにもしないよ。
今までと同じ。
「あっ、また忘れたふりをします?」
違う。
ふりじゃない。
本当に忘れていたんだよ。
そう思いながら。
私は会社を休んで海へ行った。
今度は一人で。
昔とは違って。
「あぁ、向き合いますか? 向き合うんですね?」
しつこい。
そんなことするわけないじゃん。
お前が一番わかってるだろ。
お前は私なんだから。
海岸をぐるっと回って人気のないところ。
十年前とまったく変わらないことに少し驚く。
同時に。
私が今ものほほんと生きていられるのは本当に偶然でしかないのだと知る。
「そうですよ。だから自首しましょう」
そう言って。
私を苛み続ける記憶の形は骨の姿をしていた。
それを見て安堵する。
『するわけないだろ。あんたはそのまま沈んでろ』
過去にそう告げる。
それと同時に消え失せる。
いや、消えたわけじゃない。
文字通り沈んだだけ。
けど、構わない。
実際に十年以上忘れていられたんだから。
『今は真っ当に生きてるんだ』
だから、気にしない。
罪の記憶なんて今を生きるのに邪魔なだけだから。
あぁ、本当に清々しい。
海の青さ。




