入学試験で魔力測定水晶を壊されました。責任を取るのは教師の私です。
「......ごめん、先生。また俺なんか、やっちゃいました??」
「ああああああああっっっ!!!!」
ここはレースイット魔法学園の入学試験会場。その中心では、粉々に砕け散った巨大な魔力測定水晶と、それを呆然と見つめる試験官が立ち尽くしていた。
砕けた水晶の破片を、おろおろと拾い集めている黒髪黒目の平凡な少年。
彼の名前はカイル。この物語の主人公――ではない。
主人公はこの僕、『試験官』であるエリックだ。
年齢26歳。青い髪に額縁眼鏡をかけているいかにも平凡な教師だ。
このレースイット魔法学園に赴任して2年目。
今日、初めて任された入学試験で――代々受け継がれてきた由緒正しき魔力測定水晶を、受験生に破壊されてしまった。
教師人生最大級の大失態である。
「魔力測定用の水晶が壊れたぁ!? あいつ平民だぜ!? 魔力なんか大したことねーだろ!!」
「ガラクタだったんじゃないの? 平民ごときに壊されるなんて……」
「あたしの魔力の数値、妙に低かったもん! やっぱり壊れてたのよ!」
「次の人どうすんの!? 測定できないじゃん!」
受験生たちの怒号が飛び交う。
当然だ。王国でも屈指の名門校の入学試験で、測定器が壊れましたでは話にならない。
そんな騒ぎの中心で、当の本人であるカイルはというと、
「えっと……本当にすみません。俺、何か悪いことしちゃいましたかね?」
などと困ったように頭をかいている。
いや、お前が壊したんだよ。その隣では、可憐な少女が両手を胸の前で組み、瞳を潤ませていた。
「さすがカイル様……」
もう一人の銀髪の少女も頬を染める。
「これほどのお力とは……。やはり私がお仕えするお方……」
……なんだあの2人。従者か?奴隷か?
とにかく、僕には判断がつかなかった。
「カイル様なら神話級の魔道具くらい壊せて当然です!」
周囲は勝手に持ち上げており、とてつもない温度差を僕は感じていた。
試験会場はますますざわつき始め、試験どころではなくなってきた。
僕は深呼吸すると、拡声魔法を発動した。
「ただいまをもちまして、魔力測定試験を中止します!! 原因を必ず究明したうえで、後日再試験を実施します! 本日は皆さん帰宅してください!」
「えええええぇぇぇぇぇぇ!!」
悲鳴とも怒号ともつかない声が会場中に響いた。
「貴族の日程を変更させる気か!」
「先生責任取れー!」
……泣きたいのはこっちである。
あの水晶は試験前に僕自身の魔法で耐久強化まで施した。
並の魔導士なら10人で同時に魔力を流しても壊れない代物だ。
それなのに――カイルからは、僕にはほとんど魔力を感じられなかった。
なのに、なぜ壊れた?
(どうしよう……。理事長のところへ報告しなければ……)
胃が痛い。人生が終わる音が聞こえる。
そう思いながら一歩踏み出したその瞬間、視界が真っ白になった。
「……え?」
次の瞬間、目の前には純白のドレスをまとった女性が立っていた。
金色の髪に吸い込まれそうな碧眼。背中には光の羽。
どう見ても、人間ではない。
「はいはーい!! エリック君! 突然ごめんね! 私は女神のリステと言います!! ちょっとお願いがあって君を呼びました!」
「め……女神様ぁぁぁ!? 一体何のご用件でしょうか!?」
僕は反射的に土下座しかける。
「今日、水晶を破壊したカイル君なんだけどね!あの子、異世界からの転生者なのです!!」
女神は満面の笑みで親指を立てる。
「……イセカイ? テンセイシャ?」
「ここ、ゲルニカ大陸とは異なる世界から転生してきた人!」
「はぁ……。」
「そして困ったことに彼は――無自覚チート系主人公なのですっっ!!」
数秒考えるがよく分からない。
「......。つまり?」
「自分がどれだけ強いか分かってないのに全部無双しちゃう主人公!そして、本人は女の子にモテモテ!」
「それは本人の責任なんですか?」
「半分くらい私の責任!」
えっへん、と胸を張る女神。いや威張るところなのか。
「無自覚チート系主人公にはちゃんとした評価が必要なのです!主人公には主人公たらしめる『理由』や『納得』が必要なんですよぉ」
「それなら、そもそもチート能力を与えなければ……」
「それはそれ☆というか転生者の時点でチート能力を与えなけばいけません。女神ってば難儀な立場ですよねぇ。でも、ここで無自覚チート系主人公で女子にモテモテハーレムだと物語として心証が悪いですっ!きちんと導く大人が必要なのですっっ!!あなたがそれをやってください以上です」
女神はめちゃくちゃ早口でまくし立ててくる。随分と勝手だ。
「そもそも僕は今、水晶を壊された件でクビになるかもしれないんですが」
「あ、それなら頑張って修理してください~」
「どうやって?」
女神はにこりと笑った。
「そこです!!なのであなたには前世のITエンジニアとしての知識と、ある程度の前世の一般常識。そして特定の事柄についてだけ答えてくれる専門AI入りのタブレットをプレゼントします!それ以外の機能はありません」
「……は?」
「あ、AIはCo〇ilotとGe〇iniです!チャッピーはいません。全部無料版です」
女神は得意げに続ける。
「なんか、妙に現実的な気がする!!」
「じゃ、頑張ってね☆」
「え、ちょっ待っ――」
「ではではー!」
世界が再び白く染まった。
◇
気がつくと、僕は魔法学園の廊下に立っていた。何故か手には――タブレットがあった。
そして頭の中へ、エンジニアとしての膨大な知識が流れ込んできた。記憶はないけど、前世は相当苦労していたんだなということも分かった。
そして、異世界では無自覚チート系主人公が結構嫌われている(?)ってことも。
僕は迷わず、タブレットでCo〇ilotを開く。何故かって?前世の僕はMicro〇oft信者だったから。自分の中の知識が叫んでいた。
『この世界にある魔法って何があるの?』
『いい質問ですね!魔法の世界観って奥が深いよね。ではまず、この世界の魔法には全部で5つの属性が~~』
そして、ずらずらと文字列が出力されていく。うん、ちゃんとしているようだ。
だが、出力された文字列の最後にこう書いてあった。
『残りの質問回数はあと9回です。1週間後にリセットされます』
「え!?画像生成でもなく文章なのに!?随分と使い勝手が悪いですね......」
そして、試しに今日の夕飯は何がおすすめかを質問すると『カテゴリエラーで答えられません』と出てきた。
どうやら相当限定した内容しか答えてくれないようだ。
◇
それから僕は理事長室へと向かった。
重厚な扉を叩くと、中から低い声が返ってくる。
「入りたまえ」
部屋の中央には、この学園の理事長である白髭の老人が座っていた。
机の上には、砕けた魔力測定用の水晶の破片が既にあった。
「エリック先生。何か申し開きはあるかね?」
「......ないです。ですがーー必ず修復してみせます」
「できるのかね!?」
「修復であれば可能です」
「......わかった。3週間の期限をやろう。それまでに修復し、再試験を実施したまえ。我が校の評判をもう二度と落とすな」
「かしこまりました」
僕は自室に戻り、構造解析の魔法とAIへの質問の合わせ技で構成物質をリストアップしようとする。
『この水晶を修復するために必要な素材を教えて』
数秒後、回答が表示される。
『推定回答です。魔獣種ベルグウルフの皮、魔晶鉱石、星樹の樹液、導魔銀。そして、その他補助素材六種』
「……よし」
構造解析魔法で不足分を補完しながら、1つずつ素材を書き出していく。
それからは、文字どおり地獄の2週間だった。
ベルグウルフの皮を手に入れるため森へ向かえば、「教師なら戦えるでしょう?」と受付嬢に笑顔で送り出され、結果として僕は魔獣に3時間ほど本気で追い回された。採れたのは皮ではなく筋肉痛だけだった。
魔晶鉱石を求めて鉱山へ登れば、酸素の薄さに意識が遠のき、何度も壁にもたれながらツルハシを振るう。魔法で身体能力を強化しても息は上がるし、汗は止まらない。
星樹の樹液は、AIが示した場所へ行ってみると木が1本もない岩山だった。
『位置情報に誤差がありました』
「いや、誤差で済む距離じゃない!」
結局、周辺を1日かけて現地調査し、ようやく目当ての巨木を見つけた。
AIは便利だが、現場確認を怠ってはいけない。これは、どこの世界でも共通らしい。
最後に足りなかったベルグウルフの皮は、意地を張るのをやめて冒険者ギルドに頼みこんだ。
「お願いします! 教育の未来が懸かってるんです!」
「先生がそこまで頭下げるならなぁ」
ベテラン冒険者たちは苦笑しながらも、討伐済みの皮を相場より少し安く譲ってくれた。
世の中、最後に頼りになるのは人との縁なのかもしれない。
そうして2週間の果てに、必要な素材はようやくすべて揃った。
机いっぱいに並べられた素材を見渡す。
「さて……ここからが本番だ」
僕は新たな水晶の核へ手を当て、巨大な魔法陣を展開した。
あのチート主人公によって測定用水晶が破壊された理由は明白だ。外部からはわからない――身体の内側に秘められた魔力量が、測定限界を遥かに超えていたのだ。
結果、水晶は処理しきれずにオーバーヒートした。
ならば発想を変え、測定処理を循環させるしかない。
許容量を超えそうになったら例外処理として別領域へ受け渡し、そこで続きを計算する。
魔力量が65536を超えようが、いくつであろうが関係ない。
――必ず評価してやる!!
僕はそれから1週間、寝る間も惜しんで術式の調整を続けた。
1つ術式を書き換えては魔力を流し、1つ魔法陣を修正してはまた最初から試す。
分からない部分だけを厳選し、AIへ質問する。
『循環術式の負荷分散について』
『例外処理術式が暴走する原因候補』
『魔力飽和時の安全な排出経路』
返ってきた回答を鵜呑みにはしない。必ず自分でも検証し、魔法理論と照らし合わせる。
AIには限られた回数しか質問できない。あくまで『パートナー』という意識を持つのだ。
何百回と自分の魔力を流し込み、他の先生にも協力してもらった。
そして――再試験当日。
試験場の中央には、新たな魔力測定水晶が静かに鎮座していた。
透明な結晶の内部では、幾重もの魔法陣が淡く輝いている。
僕は思わず息をのむ。
「頼むぞ……」
壊れないでくれ。
「では次。カイル君」
「はい、先生」
会場の空気が張り詰める。前回、水晶を粉々にした張本人。
受験生全員の視線が、彼へ集中した。
カイルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「今回は……壊さないように頑張ります」
いや、頑張るのは水晶の方なんだ。
カイルが恐る恐る水晶へ手をかざした。
――ミシリと空気そのものが軋んだ。
膨大な魔力が一気に流れ込み、水晶内部の魔法陣が高速で回転を始める。
だが、水晶は壊れない!そして、赤と緑の光が連続で発光した。
(循環処理と例外処理!!頑張ってる!)
まるで我が子の初舞台を見守る親の気分だった。
数秒が、永遠にも感じられる。
そして――水晶は、壊れなかった。
眩い光が収束し、中央へ巨大な数字が浮かび上がる。
僕は震える声で読み上げた。
「魔力量……3645859です!」
一瞬の静寂の後、試験会場がどよめいた。
「さ、364万!?」
「嘘だろ!? 俺なんて500だぞ!? やっぱあの水晶壊れてんじゃねーの!?」
「っていうか前回、本当に水晶の限界だったのかよ!」
「いやもう、人間なのか?」
ざわめきは次第に大きくなり、収拾がつかなくなる。
僕は一歩前へ出た。そして拡声魔法を使って、会場中へ声を響かせる。
「皆さん!水晶は嘘をつきません」
静まり返った会場で、僕はゆっくりと言葉を続けた。
「この数字は事実です。皆さんは彼がそれだけの実力を持っているということを受け入れなければいけません」
僕は水晶へ視線を向ける。
「思い込みや身分や先入観ではなく、『数字』という名の純然たる事実が、そこにあるのです」
受験生たちは、水晶とカイルを交互に見つめていた。
数字は平等であるということに誰も反論できない。
僕はカイルへ向き直る。
「カイル君」
「は、はい!」
「確かにあなたは、とてつもない魔力量を持っています。自分がこの世界では、規格外の力を持っていることを自覚してください」
カイルは困ったように笑う。
「ですが、この学園はあなたを特別扱いしません」
「……え?」
「正しく、正当に評価します。力があるなら、その分だけ評価する。足りないところがあるなら、それも正しく評価する。それが教育です」
カイルは真っ直ぐ僕を見つめていた。
「そして、1つ付け加えておきます。あなたは闇属性魔法への適性が極めて低いことが分かりました。ですが、使えないわけではありません」
「えっ?」
「練習すれば使えるようになります。つまり、努力する余地がまだあなたにはあるということです」
チート能力があって、膨大な魔力があったとしても、努力できる領域もある。それを伝えられてよかった。
しばらく黙っていたカイルは、小さく笑った。
「……先生。なんだか……ありがたいです」
その笑顔は、試験開始前より少しだけ大人びて見えた。
僕は胸の奥のつかえが、ようやく取れた気がした。
言いたかったことが、やっと言えた。
無自覚チート系主人公にも、ちゃんと自分の立ち位置を理解してほしかった。
それが教師としての役目だと思った。
(僕は……役目を果たしたんだ。)
その瞬間だった。
頭の中へ、聞き覚えのある妙に明るい声が響く。
『エリック先生ぇ~。悦に浸ってるところ悪いんですがぁ――まだ「実技試験」がありますよ??』
「…………」
『今のままだと、実技試験で使う的が全部壊れちゃいますねぇ。あ、校舎も危ないかも?』
「……え?」
『頑張ってくださーい♪』
「…………あ」
そうだ。入学試験って、魔力量だけじゃ終わらない。
実技試験もある。カイルが本気で攻撃魔法なんて撃ったら、的どころか演習場ごと吹き飛ぶ。
僕は遠い目をしながら思った。
……さっさと教師やめよう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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