第7章「真実の共有」
統合まで残り三日となった水曜日、茉莉花は最後の理論的検証を行っていた。大学院の研究室で、統合の手順を数式で表現し、成功確率を計算している。
どれだけ計算しても、成功の確率は決して100%にはならなかった。未知の要素が多すぎるのだ。特に、統合中に現れるであろう負の存在の妨害については、予測が困難だった。
「でも、やるしかない」
茉莉花は独り言を呟いた。
その時、研究室のドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは指導教官の山田教授だった。
「茉莉花、少し話があるんだが、時間はあるかな?」
「はい、もちろんです」
茉莉花は計算を中断して、教授と向き合った。
「君の最近の研究について、興味深い報告を受けているんだ」
山田教授の表情は真剣だった。
「パラレルワールド理論の実証的研究ということだが、どの程度まで進んでいるんだい?」
茉莉花は迷った。どこまで本当のことを話すべきか。
「理論的な枠組みは完成しています。あとは実証実験を行うだけです」
「実証実験?」
山田教授が身を乗り出した。
「それは非常に危険なのではないかな?もし理論が正しければ、実験の結果によっては現実に深刻な影響を与える可能性がある」
教授の指摘は的確だった。確かに、統合の実験は成功しても失敗しても、現実に大きな変化をもたらす。
「教授、もし理論的に、パラレルワールドが実在していて、それが不安定になっているとしたら、どうしますか?」
茉莉花は仮定の質問として尋ねた。
「そうだな…」
山田教授は深く考え込んだ。
「科学者としては、まず現象を正確に観測し、理解することから始めるだろう。そして、可能であれば安定化の方法を探る」
「安定化の方法を実行するとしたら、どんなリスクが考えられますか?」
「最悪の場合、実験そのものが破滅的な結果を招く可能性がある」
教授の答えは重いものだった。
「しかし、何もしなければより確実に破滅が訪れるなら、リスクを承知で実行するしかないだろう」
茉莉花は教授の言葉に勇気づけられた。科学者として、そして人間として、正しい判断をしていることを確信できた。
「教授、もしそうした状況に直面したら、私を支援していただけますか?」
「もちろんだ」
山田教授は即座に答えた。
「君の研究が本当に重要なものなら、全力でサポートする」
茉莉花は深く頭を下げた。心強い協力者を得ることができた。
「ありがとうございます。近いうちに、重要な発表をすることになるかもしれません」
「楽しみにしている」
山田教授は笑顔で研究室を出て行った。
その夜、茉莉花は鈴を使って最後の打ち合わせを行った。
「いよいよ三日後ですね」
茉莉の声に緊張が混じっていた。
「準備は万全ですか?」
「物理的な準備は完了しています」
茉莉花が報告した。
「統合の間も確認し、必要な道具も揃えました」
「私の方も、心理的なサポート体制を整えました」
茉莉が続けた。
「統合中に意識が不安定になった場合の対処法も準備しています」
「私は地域の安全確保に集中しています」
莉花も報告した。
「統合中に発生する可能性のある物理的異常に対して、住民の避難計画を立てました」
三人の準備は完璧だった。しかし、それでも不安は残る。
「一つ、重要なことをお話ししたいことがあります」
茉莉花が口を開いた。
「統合の真の目的について」
「真の目的?」
莉花が疑問を示した。
「三つの世界を救うことではないんですか?」
「それも目的の一つです」
茉莉花が説明を始めた。
「でも、より深い目的があります。私たちが統合されることで、同じような問題を抱える他の存在を助けることができるようになるんです」
茉莉花は花想庵の店主から聞いた話を詳しく説明した。世界分離現象は稀ではあるが、定期的に発生している。そして、統合を成功させた存在は、他の分離された存在を支援する使命を負うことになる。
「つまり、私たちの統合は、より大きな救済活動の始まりということですね」
茉莉が理解した。
「それは素晴らしいことじゃないですか」
莉花も賛成した。
「多くの人を助けることができるなら、喜んで協力します」
茉莉花は二人の反応に感動した。個人的な利益ではなく、より大きな目的のために行動する意志を持っている。
「でも、そのためには完璧な統合が必要です」
茉莉花が続けた。
「中途半端な統合では、他の存在を支援する力は得られません」
「分かりました」
二人が同時に答えた。
「必ず、完璧な統合を実現しましょう」
その時、三人の会話に割り込むように、不穏な声が響いた。
「完璧な統合だと?」
それは絶望の声だった。しかし、以前より強力で、憎悪に満ちている。
「お前たちの計画は全て聞いていた。そんな危険な野望を実現させるわけにはいかない」
続いて調和の声も聞こえてきた。
「私たちは一時的に休戦した。お前たちの統合を阻止するために」
絶望と調和が再び手を組んだのだ。以前の混沌よりもさらに強力な連合を形成している。
「今度は逃がさない」
絶望が宣言した。
「統合の儀式を始める前に、お前たちを永久に分離してやる」
三人の周りに強力な分離の場が展開された。これまでで最も強力な攻撃だった。
「みんな、心で手を繋いで!」
茉莉花が叫んだ。
三人は精神を集中して、心の絆を強化した。しかし、絶望と調和の連合の力は予想以上に強力で、三人の絆を徐々に切り離そうとしてくる。
「このままでは…」
茉莉の声が遠くなっていく。
「負けるわけには…」
莉花の声も薄れていく。
茉莉花は必死に抵抗した。しかし、一人の力では限界があった。
その時、思いがけない助けが現れた。
「茉莉花、聞こえるか?」
それは山田教授の声だった。
「教授?なぜここに?」
「君の研究データを詳しく分析していたら、異常なエネルギー反応を検出した。何が起こっているんだ?」
茉莉花は驚いた。まさか教授が、パラレルワールドの現象を科学的に検出できるとは。
「説明は後でします。今は、私たちを信じて、応援してください」
「分かった。君たちの研究を全面的に支援する」
山田教授の支援により、茉莉花の力が強化された。そして、茉莉と莉花との絆も回復していく。
「ありがとうございます、教授」
茉莉花は感謝を込めて言った。
「一人ではできないことも、仲間がいれば可能になるんですね」
三人の絆が復活すると、絶望と調和の攻撃を跳ね返すことができた。
「まさか…外部からの支援を得るとは」
絶望は動揺していた。
「だが、これで終わりではない。統合の当日に、必ず阻止してみせる」
「その時は、さらに強力な手段を用いる」
調和も警告した。
二つの存在は消失したが、その威嚇は現実のものだった。統合の日には、これまで以上の困難が待ち受けているだろう。
「でも、私たちにも協力者がいることが分かりました」
茉莉が前向きに言った。
「一人ではできなくても、みんなで力を合わせれば、きっと成功できます」
「そうですね」
莉花も同意した。
「今回の経験で、絆の大切さを改めて実感しました」
茉莉花も深く頷いた。統合の成功には、三人の絆だけでなく、周りの人々の支援も必要なのだと理解した。
残り二日。最終的な準備を完璧に整えて、運命の日を迎えよう。




