第3章 ふたりだけの約束と、世界の声
第3章 ふたりだけの約束と、世界の声
それから数日。
わたくしたちは、できるだけ目立たぬように、静かに言葉を交わし、ささやかな時間を重ねておりました。
けれど、その幸福は、いつまでも続くものではなかったのですわ。
「――レティシア、お前の最近の振る舞いについて、王宮でも噂になっておる」
父、侯爵エルノアがそう言って厳しい視線を向けたのは、夜会の直前のことでした。
「まさか騎士風情に心を許してはおるまいな」
わたくしは言葉を飲み込み、ただ黙って頭を下げました。
(父に知られてはならない――カイルを、守らなくては)
その日から、わたくしはあえて彼に近づかぬようにしてしまいました。
声をかけず、視線も避け、あの庭園にも足を運ばず。
けれど、心は泣いておりましたの。
会いたい、話したい、触れたい。だけど、貴方が傷つくのが一番怖い――
そんなある夜、わたくしは誰にも見られぬようひとりで庭園に立っておりました。
なのに――
「レティシア様」
振り向くと、そこにはカイルが立っておりました。
以前と変わらぬ真っ直ぐな瞳で、わたくしを見つめて。
「どうして……ここに……」
「君が来る気がした。何も言わずに離れていった君に、会って確かめたかった」
その声に、わたくしの胸は張り裂けそうになりました。
「……カイル、わたくしは……貴方を守りたかったのです」
「違う。君は“守るために離れる”ような人じゃない。俺は、そんな理由で置いていかれたくない」
カイルはわたくしの手を強く握りました。
「どんな困難も、ふたりで越えるって言った。あの誓いは、嘘だったのか?」
わたくしは――その手の温もりに、言葉をなくして、ただ首を振るしかありませんでした。
「……いいえ。あれは、本当の、わたくしの気持ち」
カイルはほっとしたように微笑み、そっと額を合わせてくれました。
「なら、信じてくれ。俺は君を離さない」
夜風がふたりの髪を揺らし、静かに、けれど確かに、心が再び結び直されました。
この先に何があろうとも――
わたくしたちは、また“ふたりだけの約束”を胸に刻んだのでございます。
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「レティシア、あなたに申し伝えねばならぬことがある」
ある朝、父侯爵エルノアが重い口調でわたくしを呼び出しました。
「隣国の王子、ゼノ・クラウス殿下との婚約が国より正式に命じられた」
その言葉に、わたくしの心は凍りつきました。
「わたくしには、すでに――」
反論しようとしたわたくしを、父は厳しく遮ります。
「お前の個人的な感情など、国家の前には意味をなさぬ。王族の命令だ。逆らうことは許されん」
わたくしは深く息を吸い、涙をこらえながら答えました。
「……わたくしは、カイル様を愛しております」
その言葉に、父の顔に微かな苛立ちが走りました。
しかし、わたくしにはどうしようもない運命が待ち受けていたのです。
その夜、宮殿に現れたのは、まるで闇夜の獅子のような気高さと冷たさを併せ持つ、ゼノ・クラウス殿下でした。
「レティシア、君に会えて光栄だ」
彼の声は甘く、優雅で、しかしどこか底知れぬ強さを秘めていました。
「どうか、わたくしの申し出を聞いていただきたい」
彼の瞳がわたくしを真っ直ぐに捉え、その執着がじわりと伝わってきます。
「わたくしには、すでに愛する人がいます」
わたくしは震える声で告げました。
「それは存じている。だが、運命とは抗えぬものだ」
ゼノは静かに微笑み、手を差し伸べました。
「逃げ場などない、レティシア。共に歩まねばならぬ」
その言葉に、わたくしは固く涙をこらえました。
誰も知らない。わたくしの心は、今もカイル様だけを求めていることを――。
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侯爵エルノアから告げられた婚約の話が、わたくしの胸に重くのしかかっておりました。
カイルとの未来を願いながらも、家と国の命令には逆らえない――その狭間で揺れていたのです。
そんな折、宮殿の夜にひっそりと現れたのは、隣国の若き王子、ゼノ・クラウス殿下でした。
彼は高貴で威厳に満ち、しかしその瞳の奥には執着と冷たさが宿っておりました。
「レティシア、君との婚約は国の決定であると同時に、私の強い願いでもある」
彼の声は穏やかでありながらも、揺るがぬ意思を感じさせました。
「わたくしには、すでに愛する人がおります」
わたくしは震える声で拒絶しました。
ゼノ殿下は微笑みながらも、その瞳は冷たく、こう言い放ったのです。
「それは承知している。しかし、愛は時に、手放すことなく育てるものだ」
「私のもとを離れられないことも、すぐに理解できるだろう」
逃げ場のない状況に、わたくしの心は締めつけられました。
「どうか、この婚約を受け入れていただきたい」
彼は静かに、しかし強く、わたくしの手を取ろうとしたのです。
その瞬間、わたくしの胸に一筋の決意が走りました。
この運命に抗い、カイルへの想いを貫くため、何としても戦うと――。
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ゼノ・クラウス殿下の言葉が、わたくしの心に重くのしかかっておりました。
「手放すことなく育てる」――その言葉の裏には、逃げ場のない縛りと、容赦なき執着が見え隠れしておりました。
しかし、わたくしの胸は今も、カイルへの想いでいっぱいです。
彼の笑顔、強さ、そして何より、誠実にわたくしを守ろうとしてくれるその姿が忘れられません。
そんなある日、カイルからの知らせが届きました。
「レティシア様、あなたの安全のためにも、そっと会いたい」
彼の声は変わらず優しく、しかしどこか切実でございました。
わたくしは密かに宮殿の庭園へと赴き、カイルと再会を果たしました。
「カイル……わたくし、もう逃げられないかもしれませんの」
震える声で告げると、彼はぎゅっとわたくしの手を握り締めました。
「どんな困難があっても、俺は君を守る。逃げる必要はない、俺と一緒に戦おう」
その言葉に、わたくしは涙をこらえきれませんでした。
しかし、その時――遠くから足音が近づいてきます。
ゼノ殿下の護衛が、わたくしたちを探しに来ていたのです。
「これ以上は危険だ、レティシア」
カイルはそう言い、わたくしを安全な場所へ連れ戻そうとしました。
逃げ場のない状況の中、わたくしたちはどうにか強く結ばれた絆を守りながら、未来を掴むために歩み続けるのです。
最後まで読んでくれてありがとうございます!