第2章 秘密の時間と忍び寄る影
第2章 秘密の時間と忍び寄る影
その夜から、わたくしたちは月明かりの下で過ごす時間を増やしました。
宮殿の庭園は、誰にも邪魔されず、まるでわたくしたちだけの世界のように感じられました。
「レティシア様、今日はどんな一日でしたか?」
カイルが優しく尋ねると、わたくしは少し照れながらも答えます。
「貴方に会えると思うと、一日が楽しみで仕方ありませんの」
彼の頬が赤く染まり、微笑む様子を見ていると、わたくしも自然と笑みがこぼれました。
しかし、そんな幸せな時間にも影が忍び寄っていました。
貴族たちの間で囁かれる噂、そして、王都の権力争いの渦中にいるわたくしの家族の問題。
「レティシア様、お気をつけてください。宮殿内には、あなたの評判を落とそうとする者がいます」
忠実な侍女の言葉に、わたくしは固く頷きました。
「わたくしは負けませんわ。カイルが傍にいてくださる限り」
そう誓い、カイルの手を握り返しました。
ふたりの間に芽生えた愛は、ただ甘いだけではなく、未来への決意と強さも秘めていたのです。
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ある晩、宮殿の大広間で行われた舞踏会。
煌びやかなシャンデリアの灯りが踊り子たちを照らし、華やかな笑い声が響き渡っていました。
わたくしは絹のドレスを纏い、貴族たちの中で静かに微笑んでいました。
しかし、その華やかな空間の中にも、鋭い視線がわたくしに注がれていることに気づきました。
「レティシア様、今宵のご様子はいかがです?」
知らぬ間に隣に立った伯爵が、皮肉を含んだ微笑みで話しかけてきます。
「貴女の評判は、そろそろ城中に広まっているようですよ。騎士カイルとの関係も、噂になっているとか」
その言葉にわたくしは一瞬息を呑み、しかし冷静に答えました。
「噂とは、風のようなもの。時に美しく、時に危険ですわね」
伯爵は軽く笑い、「そうですね」とだけ返すと、別の話題に移っていきました。
しかし、その言葉は重く胸にのしかかり、カイルのことを思わずにいられませんでした。
果たして、わたくしたちの未来はこの困難を乗り越えられるのでしょうか。
舞踏会の終わり、わたくしは庭園へと向かい、月明かりの下で一人、考え込んでいました。
すると、カイルが静かに近づき、そっとわたくしの手を握ってくれました。
「どんな噂も、俺が全部受け止める。君が笑っていられるよう、必ず守る」
その言葉に、わたくしは胸が熱くなり、涙がこぼれそうになりました。
「ありがとう、カイル。あなたがいれば、わたくしは怖くない」
そう囁くと、彼はわたくしの髪にそっと触れ、ゆっくりと微笑みました。
その夜、わたくしたちは固い絆で結ばれたのでございます。
未来がどうなろうとも、この愛だけは揺るがないのだと、心に誓いながら。
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舞踏会の喧騒が遠ざかり、宮殿の庭園は再び静けさを取り戻しておりました。
煌めく星々と月明かりだけが、わたくしたちを見守っているようでございます。
「レティシア様」
そっと近づくカイルの声に、わたくしは振り返りました。
彼の瞳には、舞踏会の疲れを忘れさせるほどの優しさが宿っておりました。
「貴方の側にいると、どんな不安も小さく感じられますわ」
わたくしはそう告げ、少し恥ずかしそうに目を伏せました。
カイルは微笑みながら、そっとわたくしの頬に手を当てました。
「僕もだ、レティシア。君の笑顔が、何よりも大切だ」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなるのを感じました。
「……でも、わたくしたちの関係は、まだ誰にも知られてはいけませんのね」
わたくしの声は、どこか切なげに揺れておりました。
「そうだね。だが、君と僕の間に嘘はない」
彼はゆっくりと手を伸ばし、わたくしの手を握りました。
「いつか、誇りを持って君の傍に立てる日が来るまで」
カイルの瞳は強く、揺るぎない決意を映しておりました。
わたくしは小さく頷き、彼の手をしっかりと握り返しました。
「その日まで、わたくしは貴方を信じ続けますわ」
二人の鼓動が重なる夜、月は優しく微笑みかけてくれているようでした。
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翌日、宮殿の廊下を歩いていると、ふと耳に入ったのは冷たい囁きでした。
「騎士カイルが令嬢に肩入れしすぎているらしいぞ。あれでは規律違反だ」
「侯爵家と騎士団の間に波風が立つかもしれん」
わたくしの心はざわめき、胸の奥で何かが重く沈みました。
カイルが責められるのは、わたくしのせいなのかと、不安がよぎります。
しかし、その夜。庭園で待つカイルの顔を見ると、彼は微笑んで言いました。
「心配しなくていい。君のためなら、どんな批判も受け止める」
わたくしはその言葉に救われると同時に、改めて彼の強さを感じました。
「ありがとう、カイル。わたくしも、貴方のために強くなりますわ」
その言葉に、彼は真剣な眼差しでわたくしを見つめ、静かに誓いました。
「共に立ち向かおう、レティシア」
闇が迫っても、ふたりの絆は揺るがない。
そんな確かな未来を胸に抱きしめながら、月明かりの下でふたりは寄り添ったのでございます。
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「共に立ち向かおう、レティシア」
そう誓ってくれたカイルの言葉に、わたくしの胸はしんと震えました。
この想いが、いかに強く、深く、誰にも譲れぬものであるかを――今、確かに知りましたの。
風がやさしく髪を撫で、月が、わたくしたちの影を淡く重ねてゆく。
その静けさが、余計に心を締めつけました。
――わたくし、この人が、好き。
身分も過去も未来も関係なく。
ただこの人の心に触れたくて、傍にいたくて。
いま、わたくしは……。
「カイル」
わたくしは彼の名前をそっと呼び、まっすぐに見つめました。
「……? どうかしましたか」
彼が穏やかに問いかける、その瞬間。
わたくしは、彼の頬に手を添え、そっと身体を寄せました。
そして――ほんの少し、背伸びをして。
「――好きですわ、カイル」
その囁きとともに、わたくしは彼の唇に、静かにキスを落としました。
柔らかなぬくもり。
それは、とても短くて、けれど永遠のように愛おしい瞬間。
彼は驚いたように瞬きをし、わたくしを見つめ返しました。
「……レティシア」
その瞳には、驚きよりも深い感動が浮かんでおりました。
「ずるいですわよね、貴方から言ってくれないから……わたくしから、いただきましたの」
照れ隠しのように笑うわたくしに、カイルは目を細めて微笑み、今度はそっと――その額に、口づけを落としてくれました。
「ありがとう。……君のすべてを、何よりも大切にする」
その言葉に、涙が溢れそうになるのをこらえながら、わたくしは静かに頷きました。
夜空は澄みわたり、星たちがまるで祝福するように瞬いていました。
誰にも言えない秘密の恋は、確かなかたちで、ふたりの心を結んだのでございます――。
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ふたりの間に言葉はもう要りませんでした。
ただ、静かな鼓動が、互いの胸の奥で重なり合ってゆくのを感じておりました。
「レティシア……」
カイルはそっと、わたくしの名を呼びました。
まるで、それだけで想いのすべてを伝えようとするように。
わたくしもまた、黙ってその胸に身を預けました。
温かく、広く、強く――どこまでも優しいその腕が、わたくしを包み込みます。
「わたくし……この腕が、すべてを拒んでも、信じますわ」
その囁きに、彼はわたくしの背を抱き寄せ、そっと頷きました。
言葉は風に溶けて、夜空の星たちが見守る中。
ふたりはただ、寄り添い、抱きしめ合いました。
この時だけは、誰の目も、誰の声も、届かない。
世界にふたりだけの静寂。
――それは、恋が「秘密」から「約束」へと変わる夜でした。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
改行が変になってないか心配です!笑