タップするだけの仕事
ゲームに集中すると、周りが見えなくなる…。
ある日、一定条件で広告を観なきゃ駄目だが、基本無料のタップして実績を解除していくゲームを遊んでいた時に、「無言でスマホをタップし続ける貴方の姿が気持ち悪い…」という理由で、彼女にフラれた。
「……気持ち悪い、かぁ…」
まぁ、確かに、己の姿を客観的に見たら、気持ちが悪い…かもしれない。…が、言い過ぎでは? と思う。
こっちは、ストレスとかあっても、ゲームで気を紛らわして当たらない様にしてる、っつうのに……。
「ゲームを遊んでるだけで、生活に困らないぐらいに稼げる仕事とかって、ねえかなぁ…」
まぁ、そんな甘い仕事ねえか。
最近流行りのゲーム実況者とかって、人気が出なかったら副業で生計を立てなきゃだし。仮に人気が出たら、ゲーム以外の仕事も依頼されるだろうし…。
つか、ゲームは好きな時に遊んで、辞めたい時に中断出来るから魅力的なワケなのに。人気になる為に、好きじゃないジャンルも遊ばなきゃならないのかと思うと……うん。俺に、向いてないな。
「ありますよ」
「! ………えっ…? 」
声がした方へ振り返ると、ふくよかな40代から50代ぐらいの男性が目の前にいた。
「ッ!? ………えっ、とぉ…」
「ゲームをしただけで、稼げる! 好きな時間に、何処の場所からでも出来るから、今のお仕事を辞めずに、副業にしてる方も多い! 」
「……勧誘なら、お断りします」
そんな、旨い話があるワケ無い。この話に乗っかって、ついて行った先で、なにをされるかわからない。俺は男性に背を向けて、歩き出そうとした。…が、「待ってください!!! 」と、何処か必死そうな声に後ろ髪を引かれる思いに駆られ、肩越しへと振り返る。
「……本当に、勧誘はーー」
「コレです! このゲームをするだけなんですっ!! 」
「……コレは? 」
思わず、画面に見入ってしまった。見た事がないゲームだが、唆られるモノがある。
「この画面の、ボタンっぽい処がありますよね?其処を、タップするだけで、報酬が入ります」
「タップ…する、だけで? 」
「はい! “タップするだけ”です。ストアページで、このアプリをダウンロードしたら、初回起動の時に、会員登録の手続きに入りますが、其処を入力し終えたら、直ぐにゲームを楽しめますので、好きなタイミングで始められて、ゲームを中断したい時も貴方様の都合で止める事が出来て、タップ数に応じて報酬が得られる…如何ですか? 」
「………かっ…会員費? みたいなヤツとかは…」
「基本、無料で御座います。アプリを入手する際も無料です」
「………」
旨い話なんて、あるワケがない。なにか、カラクリがある筈だ。なにか……………っ!
「個人情報が、狙いだろ? 」
「……へっ? 」
「きっ…聞いた事があるぞ! 無料でアプリが出来たり、ただゲームで遊んだだけで、現実のマネーが入手出来るのは、登録者に報酬を支払う以上に、個人情報をどっかに売り捌いた方が、利益がある! じゃなきゃ、如何してそんな、ただゲームを遊んだだけで、その分の金が貰えるんだよ!? 現実は、そんな甘くねえっ! 」
…カッコつけて口にした言葉は、グサリと俺の精神力にクリティカルヒットした。
そんな事が解ってるクセに、「無言でスマホをタップし続ける貴方の姿が気持ち悪い…」といった理由で、俺をフった彼女の顔が思い浮かぶ。
「……貴方様は実に賢い! 」
「!? そっ…それじゃ、なにか裏があるんだな?! 」
「ええ。ですが、貴方様が心配する様な、個人情報を流出させる様なモノでは御座いません」
「…じゃっ…じゃあ、なんでそんなーー」
「高確率で登録者様が不利益になってしまう様な事では御座いませんので、お話する事ではありません。…ですが、貴方様の気が乗らないのなら、私も無理強いはしたくない所存なので、此処でお引き取りさせていただきます」
「……。」
もし此処で断ったら、もうこの話を持ち掛けられる事はないーーそんな気がした。
「…本当に、個人情報の流出はないんだな? 」
「はい」
「……わかった。じゃあ、タップした分の報酬額を教えてくれ」
「! …わかりました。本社を信用してくださり、有難う御座います!! 会員様がゲームであり、仕事がし易い環境を整える為、本社は出来る限りのサポートをしていくので、宜しくお願いします! 」
以降、俺は起きてから少し…バイトの休憩時間、睡魔が襲ってくるギリギリまで、タップをするだけで給料が入ってくるという、ほぼ怪しさしかない仕事にハマっていた。
最初は、タップしたって、金なんか入らない…そう思って、十数タップをして、其の儘アプリを再び開く事はないと思っていたが、一週間後、ネットマネーが振り込まれていたのだ。
こんな、美味しい話があるのなら、ハマらないわけがない。しかも、ギャンブルとは違い、賭けに負けてもノーリスクというワケだから、積極的にゲームを続けられる。
「タップを頑張っただけで、こんなに収入が入るんだもんなぁ。辞められねえよ」
旨い話には裏がある。ーーその現実から、俺は目を背けていた。自分さえ好ければ…そう思っていたから、こんな現実にしてしまったのだ。
“高確率で登録者様が不利益になってしまう様な事では御座いませんので、お話する事ではありません”
高確率ーーそれは即ち、“絶対的な安全”を保証するが出来ない、というワケで…。
結論から言えば、自国は、これから戦場と化すという事だ。
俺がずっとタップしていたアレは、兵器のエネルギーを溜めていたものらしく、それでどっかの国を攻撃していたらしい。国連がソレを許す筈もなく、近い間に自国は報復を受けるとの事だ。
「なんで、こんなコトに、なっちゃったんだろう、な…? 俺は只…只……」
楽しくゲームで遊んでいただけ、なのに…。
タップするだけのお仕事があったら…と考えたら、気付いたらこんな不穏な内容になりました。