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2 淫魔の息子

「お母さんね、実はサキュバスなのよ……」

「は?」


 ユウトは悩んだ。

(正気か?)

 こういう時、救急車を呼ぶべきだろうか。精神科案件でも救急車は来てくれるのだろうか。黄色い救急車を呼べばいいんだっけ? 119番じゃなくて#9110だっけ? ユウトは悩んだ。


 とりあえず、スマホの緊急通報を使うか悩んで、ひとまず検索だけでもしようとスマホを取り出すと、母はそれを制止した。


「駄目よ、ユウト。ほらご覧なさい」

 背中からバサッと生々しい、コウモリのような翼が広がり、母のスカートの裾から尻尾が飛び出していた。



「へ!?」

 ユウトは困惑する。母に促されて触ってみると、それは確かに血の通った暖かさと手触りがして、生々しい『生』の肌触りだった。作り物ではない、本物にしかない実在感があった。



(自分が狂っているのかもしれない)

 そう思ったユウトは自分の手をつねってみたが、たしかに多少痛い。少なくとも夢ではないようだった。


「サキュバスって、あの? ゲームとかに出てくる?」

「そうよ、そのサキュバス。うちはね、代々サキュバスの家系なのよ……」


「どういうこと? 父さんもサキュバスとかなの?」

 本当に困惑しかない。いきなり自分が人外とか言われても困る。


「いいえ、お父さんは普通の人間よ。お父さん、精力が強くて素敵だから、婿養子に入ってもらったの……♡」

 そうなんだ。全然知らなかったけど全然聞きたくない話だな、とユウトは思う。


「お父さん本当に夜は素敵で……お腹いっぱい食べさせてくれるの♡」

 もっと聞きたくない話が飛び出てきた。最悪だ。たしかに母は食事を作ってくれるが、母が食べているのはめったに見なかった。気にはなっていたが、そういうことだったのか……。


 実の母のそういう顔を見て、げんなりしつつもユウトは疑問を解くために質問する。

「……代々サキュバスの家系って、どのくらいから続いてるの?」

「昭和22年くらいからかしらね」

 思ったよりも新しかった。


「ほら、戦後って人がいっぱい死んだし、満州で生まれて満州から帰国してくる人達がいっぱいいたから、戸籍を買うのにちょうどよかったのよね、時期が」

 のっけから繰り出される重いパンチにユウトは顔をしかめる。

 まさか自分の戸籍が買ったものだなんて聞きたくなかった。


「今のお金で100万も詰めばきれいな戸籍が買えたのよ。今じゃちょっとそのお金じゃきれいな戸籍は無理なのよね、時期が良かったわ」

 明らかな犯罪をさも懐かしげに、フリマアプリで中古品でも買うかのような気軽さで言う母のメンタリティに、ユウトはかなり引いている。


「お母さんね、魔界にいたんだけど魔界ってもういい男は発掘され尽くしてるしつまらないのよね。それで、人間界に来ようと思ったの。ちょうど、政情が混乱してていい感じだから日本に来たのよね。本当にあの頃は良かったわ。アメリカ人も日本人も食べ放題で……」

 母はユウトのドン引きする視線も気にせずにうっとりと回想をしていた。


「昔の話はいいとして、俺にその話が何の関係があるんだよ、母さん」

「そうね、それで、サキュバスって本当は子供も産まないし、産んでも女の子なのよ」

「えっ!?」

 そんな事言われても自分は男だし、付くものも付いているし、ちゃんと使えるし……。ユウトは疑問をいだいた。


「だって、女の子を産まないと家系が続かないじゃない?」

 まあ確かにそうだ。男を誘惑する魔物なのだ、女であるほうが都合はいいだろう。


「でもね、つよしさんの精子のY染色体、本当に強かったみたいで、貴方が男に生まれてしまったのよね……」

 因みに婿入り前の父の名前は精野強せいのつよしという。もう名前からして強い。


「お父さんはサキュバスを満足させるだけの精子量を超えて超満足させて孕ませてくれる超絶倫のエリート精液の持ち主だけど、まさか染色体まで強いなんてさすがに思いもよらなくて……」


 母はため息を着いた。

 ため息を付きたいのは俺だよ、と思いつつユウトは母に疑問をぶつける。


「でも、俺ただの人間じゃない? 父さんの血を継いでるんじゃない?」

「いいえ………ユウト気がついてないの? サキュバスの血をしっかり引いてるから男にモテてるのよ」

「は????」


 確かにユウト女の子にはモテない。それはユウトにも解かる。

 しかし、さっき急に謎の集団告白をされただけで今までは男からも避けられていたんだが!? と疑問は募るばかりである。

 それに、サキュバスの男版というのがいたはずだ。俺はそっちの可能性もあるのではないだろうか。


「えーと、サキュバスの男版って、女の子にもてるとかじゃないの?」

「それはインキュバスよ、別の生き物。アライグマとレッサーパンダくらい違うわ。だって、食べ物がぜんぜん違うのよ?」


 衝撃の事実だった。

「ち、ちなみに女のインキュバスとかもいるの……?」

「稀にいるわよ。大体女子校の王子様や歌劇団の男役をして同性ハーレム作って幸せそうにしてるわ」


 ず、ずるい。俺もどっちかって言うとそっちに生まれたかった……。

 心からユウトはそう思ったが口には出さなかった。


「でも、さっきいきなり集団告白されただけで今までモテてたわけじゃないんだけど」

「……あなたが気がついてなかっただけ。思い返してみなさい。学校の先生とか、修学旅行とかなんかやたらと触ってくるのいなかった?」


 ユウトが過去を思い返すと、確かにやたらと熱心に逆上がりを教えてくれる体育教師とか、苦手な算数を居残りしてでも教えてくれる先生がいた。塾の先生も優しかった。確かに全員男性である……。


 修学旅行でも、ユウトは男子のどの班に入るか中々決まらなかった。

佐久蓮さくはすのはいる班のじゃんけんやるぞー!』

 男子の班合計3つで、最初はグーから始まりあいこでしょ!が25回続く熱戦だった。よそ見をしているうちに終わっていたが最終的に二つの班の班長が泣いていた気がする。


 今思い起こせば、ハブられていたのではなく奪い合いをされていたのかもしれない……。



 修学旅行でも、やたらと背中を流したがる同級生や、髪の毛を乾かしてくれたがる同級生がいた。親切だなと思っていた。

 昼休みは一人で弁当を食べていて、たまに誰か誘ってくれると翌日からその子が男子たちに強い視線で睨まれている。それは、俺という汚物に触ったからだと思っていたが、もしかしてそういうことなんだろうか……。


 ユウトは中学生活を思い返して暗澹とした気持ちになった。



「俺がサキュバスなことと女子に遠巻きにされてたのって、関係あるの?」

「直接はないわ。でも、あなたがモテモテだからライバル視してるとか、男の子にモテモテなのを見て自分が敵視されるのを避けたとか、色々な事はあるかもしれないわね」


 母はそういった後にいたずらっぽく笑う。


「あとは、男の子と男の子が並んでるのをみて栄養を取る女の子も少なくないわ」

 そう言ってユウトにとどめを刺した。もうモテないと断言されたようなものだからだ。


「あと、ユウトは知らないと思うけどユウトのクラスRINE、ユウト抜きのクラスRINEがあるのよ」

「へ!?」

 初耳だ。おれハブられまくりじゃん。


「いや、なんかクラスRINE、他のクラスに比べて事務的で会話も少ないなと思ってたけど……」

「さっき来た子たちに聞いてスクショも貰ったのよ」


 母が見せてくれたRINEのスクショには色々なことが書いてある。


『佐久蓮君に告白するのはファンクラブの許可を取った人だけなんだって』

『おれもファンクラブに入ったけど、告白権利勝ち取れなかったよ』

『どうやって決めたの?』

『書類審査とじゃんけん』

『あー。ファンクラブの人顔面偏差値高いよね』

『わかる、特に吉野山先輩の顔がいい。佐久蓮君と並んでるの超見たい』

『佐久蓮くんの貞操を守るために今まで皆で頑張ってたよね』

『佐久蓮くんと山田くんのカップル成立にりんごカード1500円を賭ける』

『いや、私は佐久蓮君に逢うためだけにコンビニバイト週8で入れてる河野先輩に一票』

『週8ってどゆこと!?』

『土曜だけ朝シフトと夜シフト入ってるらしいよ』

『ちょっとー、この美織様の活躍についてもほめてよ!』

『みおりん偉い! 腐女子の鏡! 肉まん一個進呈!』

『そこ鑑でしょ、そんなんだから国語赤点とるんだよ』


「…………」

 なんだ、このスクショは。ユウトは心の中に先程よりも巨大な宇宙が広がっていくのを感じる。

 あと、吉田さん、おれを振ったのってそういう理由だったんだ……。そっかぁ……。ショックのあまり、語彙がみるみるうちに減っていくのをユウトは感じた。


「あ、栄養で思い出したけど」

「栄養?」

 母のすこし素っ頓狂な言葉に、ユウトは確認の言葉を述べた。


「そう、栄養。思春期を迎えて、ユウトは徐々にサキュバスとして力を増しつつあるわ。たくさん食べないと大きくなれないでしょ?」

「まあ、そうだね……」

 炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル、タンパク質をバランス良く食べなくてはいけない。というのは家庭科で習った。



「サキュバスはね、男の精を……ぶっちゃけると精子を栄養として生きてるの」

「…………………………ええ」

 死ぬほど聞きたくない話だった。

 せめてただの嗜好品であって欲しかった。


「俺は普通に飯食ってるけど!?」

「まだ人間のご飯でも大丈夫。お母さんも90年くらい前は普通に食べてたしね」


 母の実年齢を推測できそうな情報を聞いて、ユウトはさらにダメージを受ける。クラスの誰のお母さんでも戦前生まれは流石にいないだろうな……。と、ユウトは切実な悲しみを抱いた。


「でも、懐かしいわね」

 母が慈愛あふれる眼差しでユウトを包み込む。


「ユウトが生まれた時、ユウトは一杯ミルクを飲む子でね」

 まあ、そりゃあそうだろうな。ユウトは思う。赤ん坊が他に何を飲むというのだ。


「ミルクの用意が大変でね……お母さんのミルクも、お父さんのミルクも一杯飲んであなたは大きくなったのよ」


 それを聞いたユウトは飲みかけていた紅茶で盛大にむせた。


「ユウトはお父さんのミルクのお陰で……」

「もう、もう辞めてくださいお母様」


「でもミ」

「死にたくなるからそれ以上はちょっと」

「二人での育児なのに……。大丈夫よ、直接じゃなくてちゃんと哺乳瓶で飲んでたから」


 ユウトは顔を両手で覆った。

 つらい。最悪の事態ではなかったけどそれでも酷い。



「ユウト、ちゃんと聞いて。あなたの人生に関わることなのよ?」

「いや、でも……俺別に、男とそういう事したくない……」

「あなた、最近ずっとご飯やおやつを食べているわよね?」

「うん、すごい腹減る」

「栄養が足りないからだとお母さん思うの」

「違う、ただ俺は成長期なだけで……」


 その時、玄関が開く音がして誰かが入ってくる音がした。

「ただいまー! ユウト、愛香マナカ、会いたかったぞ!」

「キャー、あなたおかえりなさい! 私も会いたかった!」


 母は父に抱きつき、お互いをぎゅっと抱きしめ合っている。

 二人は別に数日会えなかったというわけでもない、父は朝出勤して特に残業もせずに18時に帰ってきただけである。


「ん、どうしたんだ? 何か顔が暗いじゃないか、ユウト」

 父はそういうが、今のユウトは父の顔を見ることが出来なかった。


「いや、なんでもないよ……」

 父の顔を見ると父のミル……そこまで考えて、脳内で『あーあーあーあーあーあーあー』と絶叫して思考をかき消した。父は父だ。それ以上何も考えてはいけない。


「うーん、まあいいか。卒業おめでとう、ユウト! 肉でも食いに行こう!」

「うん……」

「そうね、お祝いしましょ!」





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