その騎士が聖剣を折った理由
嫌な予感はしていた。
剣の練習をしたいのに両親に引きずられて神殿に連れて来られ、そこで光魔法の適性が出た時から頭の中で警報が出ていた。
案の定、その予感は当たっていた。
「アラン、お前は珍しい光魔法の適性がある。練習頑張るように」
「愛しているわ、アラン。会いに行くからね」
父が光魔法の練習に勤しむようにと言い、母が抱きしめる。
そして両親は俺を神殿に置いて馬車に乗って去って行った。
***
俺、アラン・ラザフォードは帝国のラザフォード伯爵家の次男として生まれた。
剣の才能があった俺は帝国騎士になりたいと思っていた。
そんな俺の人生設計が狂ったのは八歳の時。魔法の属性適性を調べるために神殿に訪れて光魔法の適性が判明してからだ。
この世界には魔法があって「火」「水」「風」「土」「雷」「光」の六つの属性があって、中でも光魔法は希少だ。
そして光魔法の適性がある人間は神殿で暮らすことが決まっていて、神官か神殿騎士になることを望まれる。
つまり、光魔法の適性がある俺は帝国騎士になるのが難しいということだ。
「俺は帝国騎士になりたいんだぁぁぁ!!」
「まだ言ってるの?」
叫ぶと友人のリンデンが苦笑いを浮かべる。
リンデンは俺と同じ年で、侯爵子息だ。同じ年と言うこともあって部屋も同室だ。
「神殿騎士もあるんだからそれ目指したら?」
「俺は帝国騎士になりたいんだよ! 帝国騎士の方がカッコいいだろう!」
「どっちも同じじゃない?」
「まったく違う!」
「うーん」
首を傾げるリンデン。どうやらリンデンには俺の気持ちが伝わらないようだ。
「光魔法の適性がなんだって言うんだ。俺は帝国騎士諦めないからな!」
「じゃあ頑張りなよ。応援するよ」
俺の決意にリンデンが後ろからそう投げかけた。
***
そうして神殿で暮らして三ヵ月経った頃、あいつと出会った。
「アラン、リンデン。彼女はベルティーユだ。デリア伯爵家のご息女で今代の聖女だ」
神官長から紹介されたのはそいつは赤い髪が印象的で、今代の聖女らしい。
「ベルティーユ・デリアと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶するそいつを見て一目で分かった。
俺と真逆の性格で馬が合わない、と。
その予感は当たっていて、俺と物静かで礼儀正しいベルティーユは見事に反目し合っていた。
講義で居眠りをすると注意し、木に登って掃除をサボると探し出して箒を渡し、食事で嫌いな食べ物を残そうとすると世話役の神官に報告するなど真面目なベルティーユはいつも俺に突っかかってきた。
そうなればいつも喧嘩に発展してリンデンがいつも仲裁に入っていて、ベルティーユとは一生仲良くなれないと思っていた。
それが変わったのはベルティーユと出会って一年経った、九歳のある日。
希望者だけが参加する剣の訓練が終わってもベルティーユは一人残って訓練に勤しんでいた。
「…………」
素振りをする姿を遠くから見る。
正直、ベルティーユは剣の才能がない。なのにベルティーユは毎日剣の訓練をしている。
無駄なことしていると思う。才能がないのは本人だって分かっているはずなのに、一日も欠かさずに訓練に勤しんで。
「何してるんだ? あいつ」
呆れながらベルティーユの元へ足を進める。
「お前、何やってるの?」
「! ……アラン様」
こっちに気付いたベルティーユが金色の瞳を広げて素振りを止める。
回りくどいのは嫌いなのではっきりと告げる。
「自分でも分かってると思うけど、お前、才能ないよ」
「っ……」
はっきりと才能がないと伝えるとベルティーユが唇を噛み締める。
「だからやめたら?」
「……それはできません」
「へぇ? 神殿騎士目指してるって?」
抵抗するベルティーユに片眉上げて尋ねる。
どうせ興味本位で始めたのだろう。俺みたいに、本気で帝国騎士になりたくて練習しているんじゃないのだから。
「いいえ。でも、私は聖女で聖剣の担い手ですから」
「……聖剣?」
予想外の返答が来て繰り返すとベルティーユが眉間に皺を寄せる。
「聖女は聖剣の担い手ではないですか」
「いや、それってただの言い伝えだろう?」
「……はぁ、いつも講義を居眠りしているからそんなこと言うのです」
「うぐっ。し、仕方ないだろう眠くなるんだから!」
痛いところを突かれて大声で言い返す。俺は座学が苦手なんだ。
言い返すとベルティーユが説明する。
「……聖女は帝国の守護者で先代が亡くなれば十年以内に新たな聖女が生まれるのは知ってますか?」
「それは……知ってる」
ベルティーユの問いに頷く。神殿に来た頃、教師役の神官がそんなこと言っていた気がする。
ベルティーユの先代に当たる聖女は俺が生まれる前に亡くなっているので会ったことない。
「聖女は並外れた魔力と光魔法の適性を有します。そして、聖女は聖剣を持っています」
「つまりお前が?」
「信じられないのならご覧になりますか?」
そう言うとベルティーユが練習用の剣を鞘に収めて手を広げる。
すると──どこからかキラキラと黄金の粒子が発生し、ベルティーユの手に白銀の剣が現れる。
「は?」
「これが聖女のみ行使できる聖剣です」
軽々と片手で聖剣を持ち上げるベルティーユにあんぐりと口を開ける。……これが、聖女が持つとされる聖剣?
そして、その剣身と柄の素材の素晴らしさに気付いてしまったらもう、興奮を止めることできない。
「すっげー! これかなりいい素材でできてるじゃん!!」
「神代にできたと言われてますからね」
興奮する俺にベルティーユが静かに告げる。神代の産物だからこんなに素材がいいのか。
「なぁ、少し持ってもいい?」
「いいですが──あ」
「あんがと! ──ってうわ!?」
許可を得てベルティーユから聖剣を借りるが、その重さに驚いて身体がふらつくのを堪える。
「な、なんで重いんだ? お前軽々と持ってたじゃん」
「それは聖女が正当な使い手だからです。他の方からしたら重いようですが、私たち聖女からしたらスプーンのように軽いんです」
そして俺から聖剣を取り返すと軽々と持ち上げる。ベルティーユの言う通り、本当に軽いようだ。
「聖剣を唯一行使できる聖女は魔王が現れた時に倒す役目を有してます。だから私は聖剣を使いこなせるように練習しないといけないんです」
「……手にまめができても?」
「はい」
俺の問いにベルティーユが当たり前のように頷く。
講義を居眠りするサボり魔の俺でも、ふんわりとだが知っている話がある。
それが魔王と聖女の戦いだ。
数百年ごとに現れる魔王は、魔物を凶暴化させて町や人々を傷つける。
そして、そんな魔王を倒せるのは聖女のみということ。
「…………」
ベルティーユは聖女だ。真面目なベルティーユは自分の代に魔王が現れても大丈夫なように備えているんだろう。
苦手な剣の練習も欠かさずに、手にまめができても。
「……光よ、力を貸したまえ。傷を癒やせ」
光魔法を唱えてベルティーユの手のまめを治癒する。
「アラン様……?」
「そんな状態で練習しても上達しない。それと、軸がズレてる。剣はこう持つんだ」
「え、えっと……」
戸惑うベルティーユを無視して姿勢、剣の持ち方について助言する。
困惑しながらも俺の助言に真面目に耳を傾ける。
「これでちょっとはマシになったな」
「あ、ありがとうございます」
「別に。お前がちゃんとした理由で練習しているからな。……悪かったな、才能ないなんて言って」
「アラン様……」
気まずくなって顔を背けながら謝る。
思えば、ベルティーユとは喧嘩ばかりでまともに会話なんてしたことなかったなと今更ながら思い知る。
そんな奴からの突然の謝罪。どう思うのだろうかほんの少し不安になる。
だが、そんな俺の不安は杞憂だった。
「……いいえ。治癒とご指導ありがとうございます」
感謝の言葉を紡ぐベルティーユは嬉しそうに笑っていて、息を呑んでしまった。
一年間、毎日顔を合わせてきた。喧嘩もたくさんしてきた。
だけど、今日のベルティーユはなぜかいつもと違って見えた。
***
あの一件以来、ベルティーユとは少しずつ仲良くなった。
剣の助言をし、ベルティーユは俺に講義の課題に力を貸してくれるようになった。
そんな俺たちの変化にリンデンに「いつの間に仲良くなったの?」と笑われた。
それから十年後。
十九歳になったベルティーユは今代の聖女として皇族や大きな災害で怪我した人を癒す聖女として活動し、俺は神殿騎士として働いていた。
帝国騎士になることもできたが、神殿に来た当初より帝国騎士になりたいという思いは薄れ、神殿騎士として神殿の警備に帝国騎士団と共に魔物討伐の遠征などに行っていた。
「アラン、北部でまた魔物がたくさん現れたみたいだ」
「またか?」
神官になったリンデンがそう呟いて眉間に皺が寄る。
ここ数ヵ月、魔物の発生報告が急増している。それは神殿はもちろん、皇族に帝国騎士団も把握している。
「考えたくないけど魔王かな」
「よせ、そんな話」
不穏な単語を発するリンデンに止めるように言う。
現在、神殿に帝国騎士団が原因を調べているが、神殿内でも魔王の発生は噂になっている。
その話は当然、聖女であるベルティーユの耳にも入っている。
正直、俺自身も魔物の発生報告に嫌な予感がしている。
先月も帝国騎士団と共に遠征に出たが以前より明らかに強くなっていた。
それでも先月の遠征には聖女であるベルティーユも同行していて聖剣を使用していたので怪我人も殆どいなかった。
「なぁに、そのうち治まるさ」
「アラン……」
リンデンが困ったような顔を浮かべる。
親友が困った顔している理由は分かっている。俺が、そんな呑気な発言と真逆の顔をしていたからだって。
***
嫌な予感は当たるものだ。
神殿と帝国騎士団の調査の結果、魔王が現れたことが明らかになり、ベルティーユに魔王討伐の勅命が下された。
「ベルティーユ」
「あら、アラン。久しぶりね」
回廊で見つけたベルティーユを呼び止めると、ベルティーユが俺を見て微笑む。
最初は俺を様付けしていたが、長い時間と共に過ごすうちに互いに「アラン」「ベルティーユ」と呼び捨てするようになった。
身分として向こうは聖女であるのは分かっている。でも、ベルティーユは昔と変わらない呼び方をしてほしいと言われたから俺もリンデンも呼び捨てにしている。
「もう行くのか?」
「そうね。旅支度はさっき終えたから明日の朝に出発する予定よ。少しでも民の不安を減らさないと」
窓を見つめるその横顔は覚悟を決めた顔だが、金色の瞳の奥はどこか揺れている。
「……一人で行くのか?」
「ええ。神官長様には仲間を連れていきなさいと言われたけどみんなを巻き込むわけにはいかないから。断ったの」
「はは、お前らしい」
笑うとベルティーユが微笑む。
「ごめんね、明日は早いからもう寝ないと」
「そうだな。見送りくらいはするよ」
「……見送り、してくれるの?」
「なんだよ。来たら悪いのか?」
驚いたように呟くベルティーユに不満の声を上げる。なんだ、人が厚意で言ってるのに。
ムッとするとベルティーユが首を横に振る。
「ううん。お寝坊さんのアランが見送りに来てくれるの嬉しくて」
嬉しそうにはにかんで笑う姿に、なぜか心が乱される。
「ありがとう。おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ」
就寝の挨拶だけ交わして別れる。
「……怖いくせに、素直じゃない」
ベルティーユは戦いを好まない。
真面目で自分の役割を分かっているから口にしないが、本当は遠征も行きたくないのは知っている。
だから神官長は言ったのだろう。仲間がいた方がベルティーユの心のためにもなるから。
なのにあいつは、みんなを危険に巻き込むまいと断って。
元来た道へ歩いていると、少し離れたところでリンデンが壁に背中を預けていて俺を見る。
「それで、見送りだけ?」
「はっ、そんなわけないだろう?」
「そうだよね」
笑う親友に俺もニヤリと笑った。
「……どうして」
出発しようとしていたベルティーユが驚きの声を上げる。
「いや、魔王って今回見逃したら次は数百年後だろ? 魔王ってどんな姿してるのか気になって。だから俺も行く」
「僕もアランと同じ」
「二人とも何言ってるの!? 神官長様は!?」
「あー、なんか『そんなに見たいなら行け』って言ってな」
「そうそう。だから神官長様のお言葉に甘えたんだ」
「リンデン、そこはアランを止めるべきでしょう!」
笑う俺たちにベルティーユが怒るが知らぬ顔だ。
俺一人ならベルティーユはうるさいが、真面目なリンデンがいたらうるさいのが半減するのでそれを利用する。
「ベルティーユ、お前が強いのは知ってる」
金色の瞳をまっすぐと見つめて告げる。
真面目なベルティーユは剣の才能がなくても努力を続けて強くなった。
「でも、今回はいつもの遠征と違う。俺は魔剣を持ってるから力になれるはずだ。──仲間だろ、心配くらいさせろ」
「……っ、本当に……アランもリンデンもバカよ」
「あはは、そうかもね。でも、一人で行くより心強いでしょう?」
「……そうね。ありがとう、二人とも」
嬉しそうに微笑むベルティーユに俺の口許が緩んだのは内緒だ。
***
道中の旅は意外と平和だった。
魔物の襲撃は何十回もあったが遠征経験が役に立って連携もすぐ取れて大きな問題もなく魔王城まで辿り着いた。
魔王城の魔物は道中の魔物と比べて強かったが三人の連携で突破した。
そして、最後の戦いも決着が着いた。
『ぐはっ……!!』
聖剣を持ったベルティーユが魔王に止めを刺す。
魔王は刺されたところから身体が砂に変わっていき、勝利を確信する。
「ベルティーユ、怪我はないか!?」
「アラン、大丈夫よ。……これでようやく終わったわ」
ベルティーユが安堵の息を零す。任務を終えてほっとしているのが分かる。
弱音も吐かずにやり遂げて、ベルティーユは本当に大きな大役を成し遂げたと思う。
「……! ベルティーユ、後ろ!!」
「え──」
しかし、安心したのも束の間。
リンデンの叫びと同時にベルティーユの腹に黒い光線が素早く貫通し──ベルティーユの口から血が零れた。
「ベルティーユ!!」
「ア、ラン……」
「待ってろ、すぐに治す! 光よ、力を貸したまえ。傷を癒やせ!」
倒れるベルティーユを抱きかかえて光魔法を唱える。
だが、治癒魔法を唱えてもベルティーユの腹の傷は塞がらない。
「な、んで……」
『ふははは! 魔王たる我を消すのだ、貴様も一緒だ聖女!』
消えかけの魔王が狂喜を上げて叫ぶ。
「アラン、僕も治癒魔法をかける!」
『無駄だ、それは最後の力をすべて使った呪いだ。聖女は死ぬのだ。ふははは──……』
笑い声を上げていた魔王は完全に砂になって消滅した。
「魔王は消滅した。安心しろ、必ずお前を助ける」
「……うん……」
息が荒いベルティーユに治癒魔法をかけ続ける。リンデンもいれば傷も早く塞がるはず。その後に解呪だ。
治癒魔法をかけてると、ベルティーユの側に落ちていた聖剣が、ゆらり、と動き出す。
そして、宙を浮いたと思えばベルティーユの心臓に剣先を向けて振り下ろした。
「何やってるんだ!」
反射的にベルティーユを自分の方へ引き寄せると聖剣が石畳とぶつかりカキンと鳴る。
「まさか、ベルティーユを敵と……?」
「はぁ!? なんでだよ!」
「……魔王は呪いをかけたと言っていた。それが原因としたら……」
リンデンの推測に血の気が引く。そして、最悪の展開を想像する。
敵と認定した聖剣が聖女を生かすのか──?
神殿の講義では聖剣は聖女に危害を加えないと教えられた。
だが、現に聖剣は聖女であるベルティーユの心臓を一刺ししようとしていた。
「僕が結界を張る。アラン、ベルティーユの治癒を任せる!」
「任せろ!」
結界は俺よりリンデンの方が優れている。
リンデンが結界を張っている内にベルティーユの呪いを解呪する必要がある。
「待ってろ、ベルティーユ……!」
「私も……治癒魔法かける……」
荒い呼吸でベルティーユが自身に治癒魔法をかける。膨大な魔力を持つベルティーユも治癒に加われば傷も早く塞がるはずだ。
予想通り、ベルティーユも治癒魔法をかけると傷が塞がっていくが、いつもと比べると遅いのは、魔王の呪いのせいか。
思案していると結界からピキッと音がして目を見開く。──結界に、ヒビが入っている。
リンデンの方を見ると結界を破ろうと聖剣が暴れ回っている。
そして、ついに結界が壊れる。
「光よ、力を貸したまえ。光の矢で敵を攻撃せよ!」
リンデンが即座に光の矢が十数本生み出して操り、三方向から攻撃する。
だが聖剣はそれをすべて避けて空気の衝撃波を放ち、リンデンが壁に激突する。
「リンデン!!」
壁にめり込んだ気を失ったのか反応がなく、リンデンの額から一筋の血が垂れる。
リンデンは優秀な光魔法の使い手だ。
だがそのリンデンも聖剣の前では歯が立たないのは、それだけ力の差があるということ。
ゆらり、と聖剣がこちらに向く。苦戦を強いられるのは明らかだ。
それでも、逃げるわけにはいかない。
「やってやるよ。かかって来い!」
「アラン……もういいわ」
剣を構えるとベルティーユの静かな声に思わず振り返る。
「リンデンを連れて逃げて」
「は……?」
「呪われたのは私だけ……。二人は見逃してくれるはず。だから逃げて」
逃げろと言うがそんなの到底受け入れられるわけない。
「そんなことできるわけないだろう!?」
「逃げなさい。聖女の命令よ」
腹を抑えながらも、毅然とした様子で命じる。
気を失っているリンデンの命を救うのならここで逃げた方がいい。
だが、そうしたらベルティーユはどうなる?
「……俺が聖剣を止める」
「何言ってるの……? やめて!」
「いいからお前は呪いを解呪しろ!」
振り返ると静かに様子を見ていた聖剣に笑ってみせる。
聖剣の暴走を止めて、リンデンもベルティーユも救ってみせる。
「頑張ってくれよ、相棒」
使い慣れ親しんだ魔剣を構え直す。
聖剣は剣先を俺に向けて突撃してくるので光魔法で強化した魔剣で受け止め、剣撃が始まって鉄と鉄がぶつかり合う音が廃城に響き渡る。
「おい気付けよ! それとも視力が落ちたってか!? このバカ剣……!!」
苛立ちから悪態を吐くが、目の前の聖剣は俺の言葉が聞こえないように攻撃を続ける。
重い剣撃を最大限逸らして威力を弱めて大きく後ろに下がって肩で息をする。
「はっ、さすがは聖剣様だな!」
数少ない俺の攻撃をすべて避け、高速で攻撃し続けて防戦するのに精一杯の状況に追い込まれている。
それでも、逃げるわけにはいかない。逃げたら、この聖剣は間違いなくベルティーユを殺す。
後ろに下がって聖剣と距離を置くと後ろから弱った声が聞こえる。
「アラン……もういい。もう戦わなくていいから……」
「俺の事はいいから自分の解呪に専念しろ、ベルティーユ!」
呪いで弱っているのに、俺の身を案じるベルティーユに苛立ちが募る。
そして額にこびりついた汗を手で拭うと剣先を聖剣に向ける。
「ベルティーユは殺させない。かかってこいよ、邪剣」
意地の悪い笑みで挑発すると、聖剣がゆっくりと剣先を上に向けて黄金の粒子を纏い始め、頬を引きつる。おいおい、攻撃性能上げるんじゃねーよ……!
黄金の粒子はこれまでの遠征と旅で何度も見てきた。
その粒子を纏って戦えば弱い魔物なら一振りで百体を瞬殺し、巨大な魔物も一撃で絶命させたのを幾度も目にしたから。
「はは、これは光栄だ。本気で向かってくるなんてな」
引きつりながらも笑うと聖剣が黄金の粒子を纏いながら一回転して俺に向かってくる。
可能な限り威力を弱めて受け止めるも石畳が音を鳴ってヒビが入るのが分かる。
苦しい。重い。様々な思いが浮かびながら聖剣の攻撃に耐える。
「……っ、認めるわけいかないんだ」
十年以上、ずっと近くで見て来た。
真面目で身分関係なく礼儀正しく、聖女の仕事を頑張るベルティーユを。
実は辛党だって知っている。神殿内に咲く花を育てることが好きなことも。
本当は遠征だって怖がっていたことも、全部知っている。
それでも、それを隠してあいつは世界のために戦ってきた。
それなのに、どうして殺されないといけないんだ。
抵抗する俺に、聖剣はさらに力を加えてきて、踏ん張ることができず石畳にめり込む。
「がっ……」
肺が痛い。口の中から血の味がある。全身が痛い。
これまで味わったことない痛みに動けないでいると、目の前に影ができる。
「やっぱり、巻き込むんじゃなかった」
ベルティーユだ。
「私を殺せばいい。でも、アランとリンデンは殺さないで」
ベルティーユが、俺を守るように聖剣の前に立つ。
「ベ……テ……」
「ありがとう、アラン。私を守ろうとしてくれて。すごく嬉しかった」
そして振り返ったベルティーユの顔は十年前、息を呑んだ時と同じくらい美しかった。
「さようなら」
死を受け入れるベルティーユを見て、自身に治癒魔法をかけて手を伸ばす。
「ふざ、けるな」
「……え」
ベルティーユの心臓を刺そうとしていた聖剣の剣身を両手で掴む。
両手から血が零れるが、どうでもいい。
「言っただろう。ベルティーユは殺させないって」
例え、神代からある剣でも、ベルティーユに危害を加えるのなら容赦しない。
大量の魔力を使って自身に強化魔法をかけ──聖剣をへし折る。
そして折られた聖剣は、力を失くしたように崩れ落ちた。
「アラン……。せ、聖剣を折るって何してるの!?」
「この程度で完全に壊れるわけないだろう。どうせ再生するに決まってる。ま、折られてざまぁだけど」
「そんな話じゃないの! こ、こんな無茶してボロボロになって……!」
「そうだな。──なぁ、ベルティーユ。俺、たった今、良いこと思いついたんだ」
口の中に広がる血の不味さに我慢して、怒鳴るベルティーユの手を掴んで最後の魔力を使う。
詠唱すると、俺たちを囲むように魔法陣が浮かび上がる。
「この陣は……。ま、待って!」
さすが真面目なベルティーユ。すぐに分かったようだ。
だが、これで君を助けられる。
「俺はもう無理だ。だから俺がお前の呪いを請け負えばいい」
「や、やめて……! 私はそんなの望んでない!」
「俺は、それを望んでいる」
笑うとベルティーユが黄金の瞳から涙が零れる。
ベルティーユの呪いは俺に移ったから聖剣が復活しても大丈夫だろう。──そう思うと、ひどく安心して。
そしてこんな状況で気付いてしまった。自分の気持ちに。
遅い自覚に笑ってしまう。
「バカだな、俺」
「アラン……? アランっ!!」
ベルティーユが泣きながら呼びかけるが反応できない。
そして、意識を落とした。
***
目が覚めたら親友のリンデンが見えて瞬いた。……ここは、神殿の病室?
「アラン! 僕が分かる!?」
「リ……デ……」
乾いて声が出ない。
そんな俺の様子に気付いたリンデンが水差しから水を入れて俺に差し出し、受け取って飲む。
「……ありがとな。無事だったんだな、よかった」
「アランもね。君、半年も眠ってたんだよ」
「半年!?」
リンデンの報告に驚愕する。半年も眠っていたのか。
衝撃を受けているとドアが開く。
「リンデン、アランは今日も眠って──」
「……ベルティーユ」
現れたのはベルティーユで俺を見て金色の瞳を大きく開ける。
「アラン……! 痛みは!? 大丈夫!?」
駆け寄ってきたベルティーユは包帯を巻いておらず、ひとまずほっとする。
「平気って。心配しすぎ」
「当然でしょう……! 半年も眠ってたのよ!」
「……そうだな。悪かったな、二人とも」
二人に謝罪するとリンデンが笑う。
「目覚めてくれたのならいいよ。僕は神官長に報告してくるよ。ベルティーユ、説明頼める?」
「……ええ」
そう言ってリンデンは手を振って病室から消えていった。
「……俺、死んだって思ったんだけど。ベルティーユが解呪してくれたのか?」
「……いいえ。アランの呪いを解いたのは聖剣よ」
「は? 聖剣?」
神代からあるとされる代物だからどうせ再生するとは思っていたが俺をボコボコにした聖剣が解呪を?
「数分して再構築した聖剣が意識を失った貴方の心臓に一刺ししたの。そしたら貴方の傷も呪いもすべて治ったの」
「心臓に一刺し」
とんでもない単語が聞こえたんだが。え、俺って聖剣に心臓ぶっ刺されたの?
「心臓を起点にした方が素早く解呪ができるからみたい。……聖剣は魔物を滅する剣で、人を亡き者にすることができないんだって。そんなの、講義で聞いてなかったわよね」
「真面目なお前が知らないのならそうだろうな」
つまり、ベルティーユの心臓を刺そうとしたのは呪いを解呪しようとしていたと?
「でも聖剣――俺との戦闘の時、黄金の粒子を纏い始めて攻撃性能上げて来たんだけど」
「それは邪剣って言われたからみたいよ」
「なんで知ってるんだよ」
「教えてくれたの」
ベルティーユがそう告げると聖剣がふわっ、と黄金の粒子を纏って現れる。
驚くと剣先を紙に向けて素早く何か書いて紙を俺の顔に押し付ける。
「な、なんだよ……。はぁ? 邪剣じゃない? バカじゃない? バカはお前だ、ってなんで文字書けるんだよ!? 剣先にインクでも付いてるのか!?」
「魔力を使って文字を書いてるみたい。聖剣ったらアランに文句言うために半年間ずっと文字を書く練習していたのよ」
「意味分かんねぇ!」
なんだ? 神代からある聖剣はペンの役目もできるのか? なら聖剣やめてもうペンに転職しろよ。俺をボロボロにしたお前は危険だ。文具店のガラスケースに飾られていろ。
「とりあえず、それでアランの怪我も呪いも消えたけど魔力の消費が激しくてずっと眠っていたの」
「なるほど……。そういうことか」
「……私はまだ許してないわ。どうして呪いを請け負ったの……? 私はそんなの願ってなかったのに……!」
あの激戦の後のように、金色の瞳からまた涙を零れる。
その涙を拭いたくて手を伸ばすも、身体が痛みを訴える。怪我は治せても痛みは治せないらしい。
それでも、ベルティーユの涙を拭きたくて痛みに堪えて手を伸ばす。
「私は……貴方が生きてくれたらそれでよかったのに……」
「俺も同じだ。お前に生きていてほしかった」
涙を拭うベルティーユに、あの時、気付いた思いを紡ぐ。
「愛してる、ベルティーユ」
俺の突然の告白にベルティーユがぽかんとした表情を浮かべる。
そんな彼女に笑う。
「愛してるから身代わりになってもいいって思った。お前がもう重責を背負わずに笑って過ごせるのなら代わりに死んでもいい、そう思ったんだ」
呪いを請け負う時に思ったことをすべて伝える。
ベルティーユのためなら、この命を差し出してもいいと思った。
俺の告白に、ベルティーユが唇を噛み締める。
「……お願い、もう二度としないで。……貴方が死ぬかもって思った時、私、胸が張り裂けそうだった」
「……ベルティーユ?」
聞こえた言葉に驚いていると、ベルティーユが俺を見る。
「私にも言わせて。──好き。好きよ、アラン」
そして微笑む彼女は、恋をした十年前と同じく美しかった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
活動報告にちょっとした裏話・設定を載せているのでよければご覧ください。
<人物について簡単に>
アラン・ラザフォード…帝国騎士に憧れていたが神殿騎士に。理由は無意識にベルティーユの近くにいたいと思っていたから。剣の技量の良さから帝国騎士団から話が来たが蹴っている。
聖剣は命の恩人だがボロボロにされたのでまた折ってやるのが目標。
なお、聖剣を折ったことは神官長にバレていて怒られ、ベルティーユを射止めたため皇子・貴族・神官・神殿騎士から妬まれる。
ベルティーユ・デリア…今代の聖女で真面目で礼儀正しい女の子。アランとは剣の指導で距離が縮まり、好意を持つようになる。仲間思いで神官に神殿騎士はもちろん、帝国民にも慕われている。
アランが好きだけど自分を幼馴染としか見てないと思って諦めていた。
実はリンデンに名前を言わずに相談にのってもらっていた。
リンデン…アランの良き理解者で神官。アランの勉強を見ていた友達思いの青年。
実はベルティーユの恋愛相談にものっていて、名前を隠していたがリンデンにはバレバレ。二人を見守る兄的存在。