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ギリアムが去ったあと、リネットは真っ先に使用人頭のモリスンのもとへと向かった。長くユイール家に勤め上げてきたモリスンならば、きっと色々な家族の事情にも通じているに違いない。
モリスンは目に涙をにじませ、小刻みにうなずいた。
「あんまりにもギリアム様がお辛そうで、もし何かできることがあるのならやってみようって思ったんです。それでモリスンさんたちにもご協力いただけないかと……」
「そうかい……。ギリアム様がそんなことを……。きっと長い間、さぞ心を痛めておいでだったんだろうねぇ……。もちろんだとも! あたしらにとっちゃファリアス様は孫みたいなもんだし、ホランド様やローナ様たちだって大事なお方なんだ。もちろん協力するさ。あたしたちからも頼むよ!」
そう言ってモリスンは、子ども時代のファリアスについて教えてくれた。
幼い日のファリアスが広い屋敷の中でいつも所在なさげにひとり過ごしていたことや、その寂しさを埋めるようにモリスンやゴトーたち使用人によく懐いていたこと。心に抱えた孤独のせいか、気づけば誰にも頼らず弱みを見せない青年に成長したことを。
特に悪夢に悩まされるようになってからは、使用人たちにも心配をかけまいとひとりで苦しみを抱え込むようになってしまったのだと話してくれた。
「でもねぇ、リネットちゃんがきてくれてから目に見えて明るくなって本当にあたしたちも安心したんですよ! もうひとりで悩まなくていい、秘密を共有してともに頑張ってくれる相手がいるってわかって、安心したんだろうねぇ。それが嬉しくてさ」
「そう言えばゴドーさんも以前に言ってました。前はもっとひとりで悩みを抱え込んで自分たちにもちっとも頼ってくれなかったのに、最近では随分頼ってくれるようになったし相談もしてくれるようになったって……」
「そうだろう、そうだろう! 本当にリネットちゃんがきてくれて助かったよ。あのまんまじゃ遅かれ早かれ体を壊しちまってたろうからねぇ。えーと、そうそう。ギリアム様とホランド様の関係だけど……」
モリスンは記憶をたどるように、ぽつりぽつりと話してくれた。
「確かにホランド様はギリアム様とはぎくしゃくしておいでではありましたかねぇ。でも嫌っているという感じには見えませんでしたけどねぇ。男同士だし、あれくらいは珍しくもない気もしますけど……」
「なるほど……。ホランド様とローナ様はどうでした? モリスンさんから見て仲が悪そうだったとか、別居する前に何かもめていたとか……?」
その問いに、モリスンは大きく首を横に振った。
「さあねぇ。私は特にそんな空気は感じませんでしたけど……。もちろんローナ様もホランド様も感情を表に出される方じゃないし、口数も少ないせいで仲睦まじいって感じじゃあありませんでしたけど。でも私の目には、ローナ様がある時から急に心を閉ざしてしまわれた気がするんだよ。そのすぐ後に別居されたから、きっとその頃に何かあったんじゃないかって気もするんだけど……」
「そうですか……。ふぅむ……」
どうやらファリアスの無表情っぷりは生来のものであるらしい。ギリアムを含めた家族全員が皆同様に感情が表に出ない性質となれば、当然ファリアスにもその血が受け継がれているわけで。そこにさらに子ども時代の経験が重なって、他人に自分の感情を出せなくなったのだろう。
(ということは今のファリアス様って、昔のファリアス様と比べたらものすごく感情豊かなのかも……? 少しは私が役に立ってるってこと、かな。ならちょっと嬉しいかも……)
思わずにやけてしまう顔を慌てて引き締め直し、リネットはモリスンにたずねた。
「となると、その辺はさすがに当人同士じゃないとわからなそうですね……。でもそんな突っ込んだ話、簡単に身も知らずの秘書に教えてくれるわけもないし……。そもそも会ったことだってないのにどうしたら……」
ホランドとローナは、結婚当初から不仲だったというわけではないらしい。ということは何かをきっかけにして心が離れ、別居にいたったということだ。けれどそれを確かめる術は当人たちに聞くより他ない。
とは言えただの秘書であるリネットには、ホランドにもローナにも会する機会などない。となれば――。
「モリスンさん! もしかしてローナ様が立ち寄りそうな行きつけのお店とか知りませんか⁉ 私、ローナ様と一度お話がしてみたいんです‼ ホランド様に会うのは難しくても、ローナ様になら偶然を装ってばったり会うことができるんじゃないかと……!」
ファリアスと同じく仕事漬けのホランドには、仕事絡みでもない限りまず会う機会はない。でもローナになら、買い物中ばったり遭遇した体を装えば会う機会を得られるかもしれない。
そんな思いつきに、モリスンも目を輝かせ手をポンと打ち合わせた。
「そりゃあいい考えかもしれないね! えーと……ローナ様の行きつけのお店、ねぇ。あぁ! それなら大通りにある『ミラリューズ』って陶器なんかを売ってるお店がありますよ! あそこならちょこちょこ顔を出されてるはずですっ」
「『ミラリューズ』なら知ってるっ。マダムのカフェの近くだもの! ようしっ! そうと決まればさっそく次のお休みにでも行ってみようかしらっ」
リネットの言葉に、モリスンがならばとにっこりと笑みを浮かべた。
「なら明後日の午後なら私も休みだし、ふたりで行ってみようじゃないか! あそこは月の終わりに仕入れた品を店に出すから、それに合わせてローナ様もお店にいらっしゃるかもしれないよ」
「本当ですかっ!? モリスンさんが一緒にきてくれたら心強い! ぜひお願いしますっ」
リネットは目を輝かせ、モリスンと笑顔でうなずきあった。
「ふふふふっ! なんだか探偵の真似事みたいでわくわくしますねぇっ。私もローナ様にお会いするのは随分と久しぶりですし、楽しみですよっ。うまく運ぶといいですねぇ!」
「はいっ! よろしくお願いしますっ。モリスンさん!」
こうしてリネットはモリスンとともに、さっそくローナ行きつけの店『ミラリューズ』へと足を運んでみることにしたのだった。