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目が回るほど忙しい日が続き、風がわずかに次の季節を運んできた頃。
「ご結婚おめでとうございまぁすっ!! 末永くお幸せにーっ!!」
「いつまでも仲良くなっ!! フランツ、喧嘩はほどほどにしろよっ」
「すっごくきれいよっ。ミリー! 末永くお幸せにねっ」
バクの森には、にぎやかな歓声と祝福の声があふれていた。
たくさんのバクのバルーンが空にぷかりぷかりと浮かび、穏やかに揺れている。
バクの森の広場に設えた壇上には、婚礼衣装に身を包んだフランツとミリーのとびっきりの笑顔が弾けていた。
「ありがとう! 皆、本当にありがとうっ!!」
「いやぁ、俺すっごく幸せだっ! まさかこんなに盛大に皆に祝ってもらえるなんて……! 皆、本当にありがとうっ!!」
感極まり泣きむせぶフランツの背中を、ミリーが少し恥ずかしそうにけれどとても嬉しそうに叩いた。
ふたりの幸せそうな姿を、リネットとファリアスは少し離れたところで感慨深げに見やった。
「良かったですね! バクの森ウエディング第一号が大成功に終わって。きっと話題になりますよっ。バクの森ウエディング!」
満面の笑みでそう微笑みかければ、ファリアスも安堵の顔で大きくうなずいた。
「そうだな。一時はどうなることかとヒヤヒヤしたが……。フランツたちが式の打ち合わせ中、あれがいいだのこれはこうしたいだのと何度も揉めに揉めて……。危うく結婚話が流れるかと思ったよ」
喧嘩するほど仲がいいとはいうが、確かにふたりには何度もヒヤヒヤさせられた。
自信を身につけたフランツは、すっかり自分の意見をはっきり口に出せるようになった。そんなフランツはどこか頼もしく、新婦となったミリーもどこか嬉しそうではある。
けれどおかげで喧嘩も随分増えたらしい。まぁ内容はこれと言って深刻なものではなく、招待客に配るお菓子はオランジェがいいか、それとも焼き菓子の詰め合わせがいいか、とか。はたまたメインの席に飾る風船の色は赤がいいか、黄色がいいかとか。
「結婚式って大変なんですねぇ……。思いが深ければ深いほど、こだわりも譲れないものも出てくるし……。何よりその中で、お互いの考え方の違いとか気持ちの差みたいなのが見えちゃったりして……」
当人同士は喧嘩を繰り返す度に愛情が深まるらしく、結局は丸く収まるのだが。でもはたで見守るこちらの身にもなってほしい。式の予定が流れるのではないかとハラハラして、胃がキリキリしてしょうがない。
「もしかして、どのカップルもこんな感じなんでしょうか……? だとしたら、ウエディング相談に乗るのもなかなか過酷そうですね……」
「確かに……。これは、他に色恋事に詳しい相談のプロが必要か……? 正直君にも私にもとても手に負えん……」
「……」
思わず相談者たちに振り回されて半泣きになっている自分たちの未来を想像し、リネットとファリアスが顔を見合わせていると――。
「ふふふふっ!! 結婚なんてそんなものよ。まったく違う場所で育った見てきた景色も全然違う者同士が、一緒になるんだもの」
聞き覚えのあるその声に、リネットは顔を明るく輝かせ振り返った。
「ローナ様! ホランド様も……ギリアム様まで!! どうなさったんですかっ? 皆さんおそろいでっ」
ぞろぞろと姿を現したユイール家の面々に、リネットは思わず声を弾ませた。
「ふふふふっ!! なんたって、もしかしたらユイール社の未来に大きく影響するかもしれないウエディング事業の第一号ですからね。この人もお義父様も、今後のためにぜひ見ておきたいっておっしゃって」
珍しく頬をほんのりと上気させたローナが、一緒にきたギリアムとホランドをちらと見やった。
「なかなか盛況なようだな、ファリアス。これだけ広大な敷地があれば、招待客をさらに呼ぶことも可能だろうしな。大型の依頼にも対応できるかもしれん……。これはユイール社としても一枚噛むべきか……?」
考え込むギリアムに、ホランドがすかさず答えた。
「……すでに試算は出してあります。多種多様なニーズに応えるには、もう少し改良が必要かと。まずは全天候に対応できるよう、大小さまざまな挙式に応じて規模を変えられる施設の建設を……」
「うむ、確かにそうだな。ホランド」
「ええ。またとない商機を逃すわけにはいきませんからね。すぐに週明けの会議で詳細を……」
相変わらずにこりともせず、けれどその実和やかなやりとりをする父子にファリアスが苦笑した。と同時に、ギリアムの手に見覚えのある箱が抱きかかえられているのに気がつき、ぴくりと頬を引きつらせた。
「まぁ、助力を得られるというのなら願ってもないですが……。ところでその手の中の箱……、まさかまたもやパイなのでは……?」
ギリアムの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
「ん? あぁ、これはお前におみやげだ。いつものパイに加えて、料理長の新作も入っているそうだ。お前たちの感想をぜひ聞きたいと」
「……」
予想通りまたしてもパイを受け取ったファリアスは、満足気に去っていくユイール家の面々を見送り、やれやれとため息を吐き出した。
「ふふっ! 相変わらず皆さんお元気そうですねっ。ファリアス様」
くすくすと笑い声をこぼしながら、そう笑いかけた時。
「おーいっ!! リネット! ファリアスも、きてやったぞーっ!!」
背後から聞こえてきた声に、ふたりが同時に振り向いた。
「ミゲル! ハルトも!! ココナちゃんまで一緒にどうしたの? バクの森に遊びに?」
「ここで今日ド派手な結婚式をやるって聞いたからさっ。ココナが将来の参考に花嫁さんを見てみたいっていうから、デートに誘ったんだよ」
「ワンワンワンワンッ!!」
得意げに鼻をこすり胸を張るミゲルと、それに賛同するように元気な鳴き声で答えるハルト。
「デート……だと!?」
「あはは……。ミゲルったら、ませてるんだから……」
思わず顔を引きつらせるリネットたちをよそに、ココナがうっとりとはにかんだ。
「うふふふふっ! ココナ、感激しちゃったっ。花嫁さんとってもきれいだったわ。私もいつか大人になったらあんなにすてきなドレスを着てみたいっ!」
どうやらココナは結婚を夢見るお年頃であるらしい。少しはにかんだ笑みがとてもかわいらしい。
けれどまだ小さなミゲルとココナの方が、自分たちよりよっぽど色恋に積極的なのはどういうことか。
複雑な思いでふたりと一匹を見やっていると。
「あらあら、どうやら子どもたちの方がよっぽどあなたたちより積極的ねぇ? このままじゃ、ミゲルとココナちゃんに先を越されかねないわよ? おふたりさん」
少しあきれたような冷やかすようなその声に、ファリアスがげんなりした表情を浮かべゆっくりと振り返った。
視線の先にいたのは、もちろん――。




