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 燃え盛る屋敷の中にベイラとラスコトールが消えて、数日が過ぎた。


 もはや屋敷の跡形もないほどに黒い消し炭と化した屋敷の前で、リネットたちは無言で立ち尽くしていた。


 薄っすらと白い煙が時折細く伸びて、そして消えていく。

 あんな騒ぎが嘘のように、空は青く澄み渡っていた。その美しさとは対照的な真っ黒に焼け落ちた屋敷の残骸とが、なんとも物悲しい。


 ラスコトールが過去に冒したすべての罪は、白日の下にさらされた。すでに関わった者たちすべてが死んでしまっている以上、それを確かめる術も裁くこともできないけれど――。

  住処を失ったレイナルドは、記者たちから身を隠すためユリシアの妹がいる療養院にこっそりかくまってもらっているらしい。


 レイナルドがユリシアと顔を見合わせ、肩をすくめた。


「ま、今動いても騒ぎになるだけだしな。落ち着いたら小さな家でも借りて何かできることを探すよ。ユリシアも、状況が落ち着くまで手伝ってくれるっていうし。べリビア製菓の後始末もまだかかりそうだしな」


 ラスコトールの過去の悪行が明らかになったことで、べリビア製菓は倒産する運びとなった。よってレイナルドは創業者の一人息子として、その最後を見届けることになった。


「そっか……。ユリシアも妹さんとゆっくりできる時間ができてよかったね。近くにいたとはいえ、今までは自由に会えなかったんだし」

「ええ、これもベイラ様のおかげ……。ベイラ様が事前に、この先かかるだろう費用を療養院にすでに収めていてくれたからなんだもの……。そのベイラ様を助けられなかったことが、悔やまれてならないわ……」


 表情を曇らせたユリシアに、リネットもうなずいた。


「うん……。色々と思うところはあるけど、それでもラスコトールの犠牲になったのはベイラだって同じだもの……」


 結局ベイラは、命の残り火すべてをラスコトールへの復讐に使い果たした。ふたりの亡骸は、まるで折り重なるように寄り添い合っていたという。

 もしかしたらベイラは、最期までラスコトールへの忠誠を捨てきれなかったのかもしれない。一度は心の底から恩人だと信じたラスコトールを、真実を突きつけられてなお恨みきれなかったのではないか。

 

 そんな複雑なベイラの心中を思うと、どうにもやりきれない。


 後悔の念にかられるリネットの肩を、ファリアスがそっと叩いた。


「あれがベイラの出した答えなら、仕方ないさ……。自分の罪の深さは、誰よりもベイラ自身が知っていたからな。せめて最後にラスコトールを道連れにすることで、せめてもの償いをしたかったんだろう……」


 レイナルドが苦々しくでもどこかほっとした顔で、小さくうなずいた。


「そうだ。これでもうあいつの犠牲になる人間はいない……。ベイラがすべてを終わらせてくれた。おかげで俺は自由になれたんだ。ま、複雑な思いはあるけどな……」

「……」


 レイナルドにとってはベイラは母親を殺した張本人であり、それを差し向けた父親へ復讐を果たしてくれた存在でもある。その複雑な心の内を思うと、かける言葉などない。

 せめてこれからのレイナルドの人生が、レイナルドの母親が願ったような自由で幸せなものであれと願うだけだ。


「……でもま、これでお前もやっと国に帰れるな、リネット。ずっと帰りたくてひんひん泣いてたもんな。そこのファリアスに会いたいってさ!」

「へっ!?」


 突然変わった風向きに、リネットの顔が一気に真っ赤に染まった。


「な……!! そ、そんなこと言ってない! ひんひん泣いてなんかないしっ!!」

「へぇ? その割にそいつと再会した時には、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして泣いてたような? 俺の見間違いか?」


 ふと後ろのファリアスをのぞき見れば、その耳が真っ赤に染まっていた。

 悔しさと恥ずかしさでリネットがぐむむと言葉を返せずにいると、マダムとアニタがカラカラと笑った。


「でもなんだかんだいって、レイナルドとリネットちゃんだっていいコンビっぷりよぉ? うっかりかわいい秘書兼相棒をレイナルドに取られちゃったりしてねぇ?」

「そうそう! このままこの国に残ってレイナルドの秘書になるなんてリネットが言い出したりしてさ」


 マダムとアニタの冷やかしに、ファリアスの顔が一気に赤から青に変わった。


「……まさかリネット、君は本当にそんな事を考えているんじゃ……? いや、しかし皆君の帰りを今か今かと待っているし、それに……」

 

 急におろおろとうろたえだしたファリアスに、リネットは一瞬目を丸くしてそして噴き出した。

 

「ファリアス様ったら、そんなことあるはずないじゃないですか! 私の家族だってやっと仕事だって軌道に乗りはじめたのに。それに……」


 あとに続く言葉を、リネットはのみ込んだ。そして代わりに。


「そ……それに! なんたって私は、生まれ育ったあの国と町が大好きですしっ!!」

 

 気のせいか、マダムとアニタから注がれる視線が生温かい。きっとのみ込んだ言葉を見抜いているに違いない。

 そんな気持ちを知ってか知らずかレイナルドは一瞬表情を寂しげに曇らせ、気持ちを切り替えるように明るく告げた。


「さ、いよいよお前たちともお別れだな。もう港で船が待ってるんだろ? 日が暮れる前にそろそろ行った方がいい。騒ぎになるから、俺は港に見送りには行けないけどな。まぁ、あれだ。皆、本当に世話になったな。色々と迷惑をかけてすまなかった。マダムロザリーもアニタも……、ファリアス、お前も」


 その声ににじむのはすべてが終わった安堵と寂しさだった。


 別れはいつだって寂しい。それがたとえ、苦しみや悲しみをともなう出会いだったとしても。ほんの一時同じ経験をしたに過ぎないつかの間の出会いであっても。


「リネットも……本当にありがとな。お前がいてくれたからもう一度あがいてみる気になったんだ。辛い思いをさせて悪かった。でも本当にありがとう……。バク……」

 

 リネットの心が寂しさに揺れた。

 たとえ一時とは言え、何も信じられるものがない異国で運命をともにした仲間だったのだ。そんなレイナルドとの別れは、やはり寂しい。


「レイナルド……、私こそ色々とありがとう。あなたのおかげで私、また国に帰れるよ。私を救い出そうとしてくれて、私と一緒に戦ってくれて本当にありがとう……。元気で……ずっとずっと元気で、幸せでいてね! お母さんがあなたの幸せを願ったように、私もあなたの幸せを祈ってる!」


 リネットはにっこりと微笑み、レイナルドに手を差し出した。

 その手をしばし見つめ、レイナルドはリネットの手を自分の方へとぐい、と引き寄せた。


「わわっ!!」


 バランスを崩し、車椅子に乗ったレイナルドの体へと倒れ込んだリネットの体を、レイナルドがぎゅっと抱きしめた。

 慌てふためくリネットの耳元で、レイナルドがささやいた。


「本当は、このままお前をそばに置いておきたい。もともとお前は俺の花嫁としてここにきたんだしな」

「へっ!?」

「でもそんなことしたらあの男と同類だからな。だからあきらめるよ。……淋しいけどな。どうか元気で……いつまでもそうやって幸せそうに笑っていてくれ。リネット……」

「え……?? ええええ??」


 そして小さく笑うと、リネットの体をファリアスの方へとぽい、と突き放した。


「な……! おいっ!」


 憮然とした顔でファリアスがレイナルドをにらみつけながら、リネットを抱きとめた。

 そんなふたりの姿にレイナルドはにやりと笑ってみせた。


「ファリアス、せいぜいしっかりお気に入りのバクをつかまえとくんだな! じゃないとまたさらわれかねないからなっ」


 挑発するようなその言葉に、ファリアスが当然だとばかりに叫んだ。


「……!! 二度と離さないから心配はするなっ。それよりお前は自分の心配をしろ。この先色々と大変だろうからな。……でもまぁ、何か手が必要になった時はいつでも連絡してくれ。力を貸す」


 一転してやわらかな口調に変わったファリアスの言葉に、レイナルドの顔にも穏やかな笑みが浮かんだ。ふたりはしばし無言で見つめ合い、固く握手を交わした。


「……ふっ! あぁ、わかったよ。ありがとうな。お前も元気で。さよなら。リネット……、幸せにな。皆も道中気をつけて……」


 こうしてバイランドでの悪夢のような騒動は終わりを告げ、リネットは皆とともに国への帰途についたのだった。


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