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「ベイラ!!」

「ベイラ様っ!!」


 ヒュウウウウウゥゥゥッ……!!


 ベイラの両の手の平から、突然青白い光があふれ出した。光はみるみる大きくふくれ上がり、ベイラ自身と地面にへたり込んだラスコトールの体を包みこんでいく。


 それを見たアニタが慌てたように叫んだ。


「やばいっ!! ベイラ、こんの……馬鹿っ!! 皆っ、今すぐここから逃げるよっ!! このままじゃ全員巻き添え食らって死んじゃうよっ!!」

「なんですってぇっ!? ファリアス! レイナルドはあたしに任せて、あなたはリネットちゃんとユリシアを安全なところに避難させてちょうだいっ!」


 アニタの声に弾かれたように、マダムとファリアスが動き出した。


「わかったっ!! 行くぞっ、リネット! ぼうっとしてる暇はないっ。今すぐ敷地の外に向かって走れっ!!」

「でもっ!! ベイラが……!!」

「そうですっ!! ベイラ様を残して行けませんっ!! ベイラ様っ、ベイラ様ぁっ!!」


 ベイラへと必死に手を伸ばすユリシアの体をファリアスが抱きかかえ、リネットを追い立てるようにして敷地の外へと運んでいく。


「ベイラ様っ!! ベイラ様ぁぁぁぁっ!! 嫌ぁっ! 離してっ、離してぇぇっ!! このままじゃ、ベイラ様がぁぁぁっ!!」


 背後にぐんぐんと光が大きく広がっていくのがわかる。その力は凄まじく、辺り一帯の空気をビリビリと震わせていた。


「……!!」


 何度も振り向こうとするリネットを、ファリアスが止めひたすらに走らせた。

 ユリシアは大声で泣きむせびながら、繰り返しベイラの名を呼び続けていた。


 皆さまざまな思いをその胸に抱えただただ必死に走り、やっと屋敷の門の前までたどり着いたその時だった。


「……っ!? よ……よせっ!! ベイラ……、やめろおおおおおっ!? うわあああああっ!!」


 グァゴゴゴゴゴゴッ!! ガシャァァァァンッ!!


 ラスコトールの叫び声と同時に光が炸裂した。


「「「……!!」」」


 地響きと何かが割れるような崩れるような激しい轟音が周囲一帯に響き渡る。

 目もくらむような光と音に、リネットたちは屋敷の方を振り返った。


 そこで見たものは――。


「見てっ‼ ベイラが……」


 アニタの指差す方を見れば、ベイラがラスコトールの体を抱え上げ屋敷の窓を突き破り、中へと消えていくところだった。


「あいつ、あの男と心中する気なんだ……!」

「なんてこと……。いくら過去は取り返しはつかないからって……!」

「くっ……!! なんと愚かな……」

「……!!」


 声にならない悲痛な声で皆が見守る中、続いて大きな火柱が上がった。


 ドオオォォォンッ‼


 一斉に屋敷中あちらこちらの窓が粉々に砕け落ち、空からバラバラと破片が降り注ぐ。そこから轟々と火柱が立ち上り、空を赤く染めていく。


「ベイラ様っ、ベイラ様ぁぁぁっ! 嫌ぁぁぁぁっ!!」


 ユリシアが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その場に崩折れた。


「……っ!!」


 リネットはファリアスに体を抱きかかえられ、言葉もなくその胸に顔をうずめた。

 レイナルドは複雑な表情を浮かべ舌打ちし、マダムとアニタは苛立ちに顔を歪め目の前の光景をただ見つめていた。


 リネットたちの眼前で、ラスコトールが築いた城は燃え盛る炎とともに崩れ落ちていく。

 その中にベイラとラスコトールを抱いたまま――。



 ◆◆◆


 立ち込める煙と炎の中、ラスコトールは薄れゆく意識をなんとか保ちながら苦しみもがいていた。


 自分の体の自由を奪うかのように体の上にもたれかかるベイラを、なんとか押しのけようと格闘する。けれどすでに力尽きたのか、その体はびくともしない。


(くそっ‼ ベイラめ……。なぜこんなことに……)


 煙で一寸先も見えない。炎の熱で体全体が燃えるように熱い。このままでは死んでしまう。


 その瞬間、ラスコトールは思い出した。

 妻が死んでいったのも、こんな燃え盛る火の中であったことを。


(このままでは炎に焼かれて死んでしまう……。嫌だ……。そんなことはさせぬ……。私はまだ何も手に入れていない……。何も……。幼い頃からずっと渇望してきたのだ。それを何も手に入れぬまま死ぬわけには……)


 ラスコトールという男の人生は、幸せとは程遠いものだった。


 姉ばかりをかわいがる両親と、なぜか自分を異常なまでに執着する姉。歪んだ家族の中で、何が愛情なのかもわからぬまま育った。


 そんなある日、姉は近くの沼で溺れ死んだ。いや、――殺したのだ。


『ラスコトール……。あなたがいけないのよ……? お父様とお母様が私にあんなに期待をかけるのは、あなたのせいなんだもの……。あなたが生まれてこなければ、きっと私は誰とも比較されたりしないでもっと楽に息ができたのに……。だからあなたがいなくなれば……』


 あの日姉はそう言いながら、自分のまだ小さく細い首に手を伸ばした。


 その意味と姉の目にひそむ狂気に気がつき、とっさに姉の体を跳ね除けようとした。けれどその弾みで姉の体は大きく傾き、そして――。


 水の中でもがき続ける姉の姿に、心に闇が生まれた。いや、とっくに自分も真っ暗な闇に覆われ狂っていたのかもしれない。

 気がつけば手を伸ばしていた。姉の頭を押さえつけるように――。


 沈みゆく姉の顔をいまだにはっきりと覚えている。大きく見開いた絶望のあの表情を。


 その後の人生は、渇望の連続だった。


 幸い優れた商才を持っていたために興した会社は成功を収め、一代で巨額の富をその手にした。

 けれどついぞ愛というものはわからぬまま、手に入れられぬまま――。


 が、ついにほんの一時ではあったが、愛と呼べるものを手に入れた。けれどそんな日はすぐに終わりを迎えた。


『なぜ私をこんなふうに閉じ込めるのです……!! この子だってこのままでは外の世界を知らずに成長してしまいます。そんなこと絶対に正しいことではありませんっ!!』

『私を自由にしてくださいっ!! 私とこの子を愛しているとおっしゃるのなら、なぜ普通に愛してはくださらないのです!! こんな扱いは愛などではありませんっ!!』


 やっと手に入れた愛を二度と失ってなるものかという執着に苛まれていたラスコトールのやり方に、妻は反発した。


 だから妻と子を完全なる監視下に置こうと考えた。逃げないように永遠に籠の中に閉じ込めてしまえばいいと。

 なのに――。


 ラスコトールの脳裏に、かつてあんなにも愛したはずの黒い塊と化した無惨な姿がよみがえった。


(レイナルド……。お前は……私の……たったひとりの、息……子だ。絶対に失うわけには……。これは愛ではないのか……。いや、そもそも愛とは一体何なのだ……? 愛とは……、私のこの思いは一体なんだ……? 愛とは一体……)


 ラスコトールの意識が遠のいていく。


 炎がまるで意志を持っているかのようにラスコトールへと火の手を伸ばし、その体をベイラもろとものみ込んでいく。


(あぁ……。何も……何もわからない……。愛とは……。レイナルド……)


 崩れ落ちる梁や豪奢なカーテンが、ラスコトールの上に容赦なく降りかかる。

 轟音とともに屋敷が形を失っていく。


 ふたりの体もろとも、過去も真実もすべてを消し去るように静かに、激しく――。


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